3rd.襲撃
「セフィア元帥」
「元帥はなし。普通にセフィアって呼んで」
走り出すバイク。レクスは両手を広げ、ハンドルを握って風を切り、セフィアは髪を風に靡かせつつ、楽しげな面持ちで立っていた。
「では、あの、セ、セフィア」
「何?」
互いにマイク越しに会話が通る。風にも邪魔されない音質は高いようだ。
「座らなくても大丈夫なのですか?」
速度は大して出ていない。セフィアの服は多少激しく靡くが、影響は無いようにセフィアは時折マスタライズを弄っていた。
「ベルトがあるから平気。むしろもっと飛ばして。このままじゃ日が暮れるってば」
セフィアは自分とマスタライズをベルトで固定していた。揺れの少ない、ある程度舗装された道を走っている最中は、両手を大きく広げ風を浴びていた。
「よ、宜しいのですか?」
恐る恐るな問いかけ。
「良いの。もしかして恐いの? 戦場に比べたらこんなの何でもないでしょ」
レクスの身体も背負う弾の重さに後ろに引き寄せられがち。安定はしているが、操縦には少々手間のようだ。
「常に背中に引張られ、セフィアが立っている状況で速度を出すのは危険かと思うのですが……」
銃身は若干ではなく、なかなかに後方へ移っている。多少の速度であるならまだしも、速度の状態においては、浮き上がる空気抵抗と重心の不安定。一度前輪が浮き上がれば、恐らく立て直すことは不可能だろう。
「ビビリすぎ。まだ加速しても大丈夫だってば。男の子でしょ。だったらもっと堂々と行きなさいよ」
セフィアに叱咤されるレクス。傍目で二人が道を歩いていれば、間違いなく兄と妹に思われるだろう。だが、事実は元帥と兵。戦争においては天地の差があるほどの二人。レクスはそのことも考慮に入れているのだろう。名前を呼び捨てに努めているとは言え、口調は下にあった。
「早く任務完了しないと、ワクチンを待ってる仲間が死んじゃうよ? 良いの?」
セフィアの言葉に、レクスが思い出したように声を漏らす。
「私の心配する前に、仲間の心配をして。私は慣れてるし、馬鹿じゃない。分かる?」
「は、はい。し、失礼致しましたっ。で、では、もう少し加速させていただきます」
「一気に行こうっ。道のりは長いんだから」
行程は約五百キロ。バイクの速度は五十キロ。単純計算で十時間。現刻は午後四時。乾燥地帯であり、南に位置するこの地域の日暮れはあと二時間ほど。
「夜間の走行は危険だから、三つ先の町に今日は泊まるから。あと二時間で着くように走って」
「は、はいっ」
町までは百キロはある。現速では日暮れぎりぎり。夜間は戦いも若干休まる。だが、夜間は部隊にとって活動の活発になる時。それまでにとりあえずの休息の場へ向かう。徐々に加速するバイクから、セフィアは何もない荒野の砂塵に揺れる遠き地平線を見つめていた。
「あ、あの」
「何?」
風を切る速度が上がる。相変わらず背面に体の反るレクス。風圧も相成ってひ弱な身体には負担が増しているようだ。
「セフィアは、一人なのですか?」
「敬語は良いよ。私、十三だし。年下でしょ?」
「えぇっ!? 十三歳なのですかっ!?」
その驚きに、車体が左右に振れる。セフィアの身体はさらに揺れる。
「ちょっとっ! 運転中はちゃんと運転に集中してよ」
「す、すす、すみません」
慌ててハンドルを戻るレクス。その動揺は大きいものだった。セフィア自身も把握していたのだろう。何も言いはしなかった。
「き、聞いても宜しいですか?」
「だからぁ、敬語は禁止。レクス、何歳?」
いちいち名前を呼ぶのが手間なのか、短縮して呼ぶ。
「ぼ、僕は二十二です」
「ほら、年下でしょ? 私はあんたたちの軍に所属してるわけじゃない、他人なんだから警護禁止。分かった?」
「は、はいっ」
直りは遅そうだ。何もない荒野地帯。だが、路面は若干の傾斜を太いタイヤが重低音を発し進む。
「それで何だっけ? 何か聞いてこなかった?」
はためくワンピース。セフィアが全身を持って無抵抗を宣言しているようだが、セフィアの手と腰ベルトが固定されているのは、高射砲ほどの規模にも達する銃。バイクの武装ではありえない。流れる景色の中で見かける味方と思しき兵士たちの視線は、一瞬の風の中で警戒と不可解に色を溶かしていた。
「あ、はい。お一人で護衛をされるんですか?」
「私一人じゃ不安なの?」
セフィアの癪に触れたようだ。解釈の差異が招いた。
「いっ、いえっ。でも、その……」
言い淀む。正直な男だった。
「これでも私、今あなたたちが敵対してる国軍を半日前に勝利に導いたんだけど? 聞いてないの? ラクス郊外の戦況」
走る。戦争とはまるで無関係の青い空と裸山。町も産業も何もない無干渉地帯を走る一台のバイク。静かだった。風の音とエンジン音。木霊する音は旅行者のように軽やかに緩やかな傾斜を駆け上る。旅を彩る音色に、セフィアの身体は鳥のように吹かれ続ける。軍服にヘルメットとサングラスのレクスは、リラックスしているセフィアとは真逆に緊張した面持ちを崩すことが無かった。
「し、知っていますっ。さっき聞きました。え? じゃ、じゃあ、セフィアが……?」
「そうだよ。私が治めたげたの。軽蔑する?」
悪戯に尋ねるセフィア。敵としてゲリラ軍を掃討する為に正規軍と契約し、成果を発揮した。そのセフィアが、今度は日も暮れぬ前に敵対していたゲリラ軍に加担している。レクスには驚き以外、他にはなかった。
「そ、そんな……ラクス郊外には、僕の知り合いも……」
「敵は皆殺しちゃった。きっと死んだよ、そのお友達」
ハンドルがぶれる。セフィアの小さな体が左右に揺れた。速度も落ちる。放心しているのだろうか。ヘッドフォンからは何も音は届かない。
「軽蔑したでしょ? 私を殺したくなった?」
敢えての挑発だった。それがセフィアだと誇示する為に。セフィアは笑った。死者を愚弄するように。
「どお? 良いんだよ? 私を殺したくなっても。私は軍の人間じゃない。ただ契約しただけだから」
怒りを誘うセフィアの言葉に、震える深呼吸が響く。風の音のように。
「……ぼ、僕は」
「うん?」
呟きのようにレクスの言葉が小さく漏れる。セフィアは楽しげに受け取る。セフィアは怒りを見ようとしている。だが戦友を殺された可能性のあるレクスには、それを把握する余裕はないのだろう。
「……衛生兵です」
「だから?」
急かすセフィア。レクスがアクセルを引く。再び加速するバイク。ギアアクセルの針が振れ、強く加速する。
「……僕は、衛生兵です。だから、哀しいです。でも、それだけです。それだけなんです……」
セフィアの表情が意外そうに目が開く。口が小さくオの字に開いた。
「それだけ? 声は怒りと悲しみの混合に聞こえるんだけど?」
「……戦争、ですから。僕も軍人です。覚悟が無いわけじゃ、ないです」
ヘッドフォンから聞こえる声は、堪えていた。
「戦地に赴いたのって、もしかして初めてじゃない?」
セフィアが風の抵抗を受けつつも、荷台に設置したマスタライズの脚部に手を伸ばし、レクスの背負うリュックを漁る。重量と風圧にレクスは気づいてはいない。
「ど、どうしてですか?」
「だって恐がってるじゃん。何もないのに体震えてる。それに衛生兵って直接的に殺し合いしないもんね。通信兵と後方支援組みだったんじゃないの?」
セフィアの言葉に短く、はい、と答える。頂き付近に差し掛かったのか、峠道が平坦になり、速度が加速した。レクスがアクセルを離し、惰性にて峠の下りに備える。セフィアは道の先を見てはいなかった。峠の下りには町への距離を示すように、路肩の岸壁の岩壁を結ぶ多彩な旗が、色とりどりに風にはためいていた。強風に煽られ、引きちぎれんばかりにはためく旗と、ほとんど靡かない旗。セフィアはそれを見ていた。距離にして旗のたゆたう峠の境目の岩山。セフィアは一瞬の風の中に何かを感じたのだろう。横目を向け、弾倉を取り出す。
「そ、それは……」
「別に良いよ。私の邪魔さえしなければ、ちゃんと守ってあげる。契約した以上はきちんと果たすよ、私」
口調に変化はない。だが、セフィアの動きは流線のごとくしなやかに弾倉を装填した。スライドはまだ引かない。安全装置を解除するに留まった。
「セ、セフィアは、どのくらいの……」
戦場を生きてきたのか。レクスの問いかけは区切られる。
「それはね、こういうことに、レクス気づけるかどうかってこと」
「え……っ?」
セフィアは下半身を屈める。腰ベルトのみに身を預け、サイトを覗く。体の大半はバイクの外に向いていた。スカートの揺れ間から白の脚部が支えに立つ筋力を引き出す。振動するバイクの中で、セフィアは全身を使役し銃口に安定をもたらす。それは銃と少女の一体した姿でもあった。路面すれすれまで伸びる太剣も重心を生み出している。レクスの頭上に、前方を向いていた銃口がセフィアの体重移動により、傾斜を増す。峠天頂部の旗に入る前にカーブに差し掛かり、車体が傾く。
「そのまま速度は維持。何が起きてもハンドルは路面に合わせて走らせること。良い?」
「え? あの……っ!?」
その瞬間は、唐突だった。風を切る重低音の中に散発的に響く異常速度の衝突音。マスタライズのスライド部に火花が走る。訳も分からずレクスはハンドルを握り締める。頭上の銃口の剥く先を横目に三度ほど見て。
「びっくりしてハンドルきり過ぎないでよっ!」
言うが早いか、セフィアが引き金に指を掛け、引いた。
「うわぁぁっ!?」
だが、戦場に不慣れの男。頭上で火を噴くマスタライズの銃声だけで身を縮込める。速射砲のように、セフィアはサイトの先にある峠の旗に打ち込む。四本の紐に吊るされる旗の数は悠に五百枚。空を覆いつくす旗の屋根が強風に靡く。
「しっかり前だけ向いて走れ馬鹿っ!」
ハンドルが恐怖に揺れ、セフィアの放つ弾丸が青空へ消える。数枚の旗に穴が空く。セフィアは不快だったようだ。狙いを外した。強風に乱れる髪を乱暴に振り払う。そしてサイトを覗く。バイクとの距離、およそ百を切る。ハンドルを取り戻すレクスを確認した後に、セフィアは再び引き金を引く。
「ビビるなっ。狙いが外れるでしょっ」
セフィアが叱咤する。その間も引き金はフルオートにより、射出を続ける。
「なっ、何? 何なのですかっ!?」
バイクとの距離が五十を切った頃、峠の旗が爆発し、吹き飛ぶ。それは連鎖反応を引き起こし、次々と旗を燃やし尽くす。太陽がそこに落ちたような閃光を発しながら。
「焼夷弾。律儀にこの辺りの集落の境目に仕掛けてるの。旗の動きがおかしいって気づかなかったわけ?」
そして旗が炎を纏い。灰が花びらのように散る。爆発する風に、二車線の片車線に散乱していた砂が吹き飛び、砂の渦風を生み出した。
セフィアはサイトを覗き続けていた。銃口はレクスの頭上のヘルメッレクス接触するかしないか、微妙な高さで車道に構える。
「全く、私はインディみたいな冒険家じゃないってのに。レクスッ、左側を走行。ハンドル早く切ってっ!」
引き金を引く。
「は、はいっ。……わぁぁっ!」
バイクは射出の度に速度をマスタライズに盗られる。レクスが状況把握もままならないまま、ハンドルをかすかに左に切る。レクスは思わず目を覆っていた。銃弾の貫通により、爆発したものは閃光を放ち、熱を降らせた。燃え散る旗の花の中に、爆発が全てを吹き飛ばす。通過速度は秒速十七メーターほどだった。それは一瞬にして通過する。だが、吹き荒れる砂塵にレクスは恐怖だったのだろう。ハンドルに力が入る。前など見てはいなかった。恐怖にハンドルを握り締める。閃光と熱の中で、バランスが取れた走行が出来たことだけが、レクスには唯一だったようだ。
「ちょっ! 馬鹿っ!」
峠の頂上部の岩壁の左を通過した際に、進行方向右路面が爆発した。左をとっさに通過したバイクも爆風と砂塵、反動に崩れ落ちる右岩壁にレクスが慄き、左に切りすぎる。セフィアが背中に手を沿え、盾の剣を覆うケースを外すことも無く、左手に取り、前方へ突き出す。
「ひぃっ!」
声にもならない恐怖にレクスは無我夢中でハンドルを取る。それが精々だった。左壁に接触は免れた。セフィアが突き出す太い剣がバイクと岩壁の間を隔離し、刃の削れる耳障りの金切り音と共に、火花が弾ける。
「もぉ、馬鹿馬鹿っ! さっさとハンドル右に切って、体制整えなおしてっ!」
爆煙の中からバイクが突出する。砂塵が渦を巻き二人のバイクを見送り、セフィアが振り返る。右側の路面は崩れ落ちた瓦礫にせき止められていた。
「ちょっと、どっか止まれそうな場所に止まってっ」
「は、はいぃっ!」
煙の奥は、青空と風の交差する灰色の大地がまだ続いていた。日陰のない荒野の路肩に徐々に速度を落とし、後続車も対向車もない中、レクスは方向指示器を出し、停車した。車体が傾き、レクスが足で支える。セフィアは即座にマスタライズと自身を固定していたベルトを外し、後部から飛び降りる。バイクの流線ボディには砂塵がこびりつき、元の色も変わり果て、傷も出来ていた。
「この馬鹿っ! 何してるわけっ? 死にたかったの?」
セフィアがレクスの隣に来て、盾の剣をレクスのヘルメット突くように押し当てる。片手で持ち上げたまま。
「す、すす、すみませんっ。で、でも、だっ、だってあんな急にだなんて……」
突然の爆発。慣れていないからこそ、怯え、立ち止まる。回避すら出来ない。ただ死に怯える平民ですらなかった。パニックになり手間を取らせるレクスに、笑顔のない本気のセフィアが剣を手向ける。それを振り下ろせば、レクスの身体は脳天から股間部までを断裂させられるだろう。いかほどの重量があるのか、セフィアの片腕の中に浮く剣は、風の中に枯れ果てるハゲワシの宿り木のように震えすらなかった。
「私は言ったよね? このまま走ってって。貴方は私の護衛対象者。私の言うことに従っていれば、その命に傷をつけることはないの。なのに、びびっちゃってくれて。おかげでほら」
セフィアが剣を引く。その裏刃を魅せるように空に掲げる。光を乱反射し、煌めきはない。無数に傷を負った、猫の爪磨ぎ木の果てだった。花柄のケースはいつの間にか木の葉のように後方の路面に路傍の花を咲かせ、風の中に消えた。
「私の任務は貴方を無事に前線の兵の下へワクチンを届けさせること。まさかこんなところでこれを取り出す羽目になるなんて思わなかったけどね。で、怪我、してない?」
「は、はい。大丈夫です……」
少女に怒声を浴びせられ、レクスは萎縮していた。
「なら、良いけど。ちょっと休憩しよ。心拍の上昇を抑えないと、またあんな運転されちゃ、この子も幾ら頑丈でも身が持たないもん」
セフィアが剣を降ろし、背のホルダーに治める。ホルダーの上から背負うリュックから水筒を取り出し、水を注ぐ。
「飲む?」
先に注いだカップを渡す。レクスは受け取る。セフィアはもう一度自分用に注ぐと小さな口元に運び、一気に飲み干す。
「あ、あの、怒って、ないんですか……?」
セフィアは先を読んでいた。両岩壁に張られた旗に取り付けられ、風にもはためかない旗。同時に右車線に撒かれた砂。周囲は荒野。吹かれた風に遊ばれた砂であるなら不自然はない。
「怒ってるよ。当然でしょ。自分で死のうとしてるようなことしたんだから」
セフィアの口調は無感情。表情も不変の無情。レクスは無情の叱責に言葉を詰まらせる。
「でも良いよ。私の落ち度もあるわけだし」
「え? 落ち度なんてありました? 僕には何が何だか分からないままなんですけど。結局、何があったんですか?」
レクスもバイクを降りる。搭乗者のいないバイクは、わずかに揺れ、鎮座する。
「気づくのが少し遅れた。この風の中で旗が動かないのってすぐに分かるはずなのに、ちょっと見とれちゃった。綺麗だったし。でもここが戦場なら、相手の狙撃手にやられたかも」
「で、でも、僕はそれにだって気づかなかったのに……」
「当然でしょ。私と経験の差がありすぎるじゃない。それに路面の砂。あの砂、この地形にはない砂だったの。はっきりとは分からないけど、あれは一度乾燥させた砂だったかもね。撒かれ方が風向きに沿ってなかったもん」
砂の中に隠されていたものをセフィアは打ち抜き、爆発した。その衝撃は対人地雷であり、軽車両ほどなら問題なく吹き飛ばすもの。セフィアの銃弾が打ち抜いた瞬間、アスファルトを抉り、岸壁を吹き飛ばした砂塵が吊るされた紐を全て引きちぎった。
「簡易的な罠ね。ゴムを踏むと爆発する安価な奴。でも旗に焼夷弾をつける辺り、趣味は最悪。もしあのままの車線を走行してたら、私たち今頃焚き火の枯れ枝になってたよ」
誰が仕掛けたものか。セフィアはその安直な罠の仕掛けを読んでいた。走行する車両なり人員なりが地雷を踏む。踏んだものは即座に吹き飛び、その爆風と熱に旗が燃え、備え付けられた焼夷弾が落下する。高度がある岸壁に備え付けられた焼夷弾は対象、又は地上に接触することで中に詰められたものが発熱、炎上する。
「あれはエレクトロン焼夷弾かも。あれだけ眩しとね」
「あ、それ、聞いたことがあります。エレクトロン合金の筒にテルミットを充填させて、テルミット反応の高温を利用した火災を起こさせる爆弾だと。でも、それはマーカーに使用することがほとんどで、攻撃に使うことはほとんどないんじゃないですか……?」
未だに口調は直らない。
「そう。だからこそ、これは罠。今だって燃えてるでしょ?」
距離は置いた。約一キロほど。だがそれでも二人の視界は映し出す。地上に舞い降りた太陽の如き白の煌めきを。
「この手法は軍は取らない。姑息なやり方だし、何しろお金がかからない。作り方も安直。でも、簡単な手法だからこそ分かることもあるんだよ」
セフィアの怒りは自身の不手際の反省に抑制した。レクスは振り返る後姿で話を受け止める。煌々と輝き続けるエレクトロン焼夷弾。完全に反応が終わるまで、高熱と発光は水や土、現状況下にあるものでは止められない。
「分かる、こと……ですか?」
水を飲み干し、セフィアがカップを受け取り水筒を仕舞う。
「そう。右車線だけに仕掛けてた。つまり、こっち方面から来るものに対しても罠。この区域は戦闘終結地。引き上げた軍が仕掛けるにしては下らない。でも、私たちが来ることを予測している人間がいたって考えたら? 連絡は通ってるんでしょ?」
セフィアがバイクに寄り、マスタライズの銃口を取り外す。レクスがタンデム使用のシーレクス乗せたままにしていたリュックから、新たな銃口を取り出し、マスタライズ本体に取り付ける。
「は、はい。前線部隊からの緊急無線だったので、部隊に近い僕ら第四十八コマンドー部隊に任が与えられました」
セフィアが首を縦に数回振る。
「なら、私たちが来ることを知っているはずだから、こんなことはしない。そうなると、この辺りに今もいるか、それとも移動してるのか、まだ分からないけど民族部隊か、阻止しようとする勢力がいる。緊急無線は周波数拾いやすいから、傍受されたかもね」
セフィアの装着した銃口は小銃ほどの二十ミリ口径。グリップも固定車載銃の両手グリップではなく、狙撃超長銃用のシングルグリップに付け替える。銃口部には新たに銃口制退器の反動軽減装置をつける。
「別のゲリラ? この辺りでは聞いたことがないですけど?」
「でも、現に私たちは罠にはまりそうになってでしょ? 何かありそうだね、この先は」
セフィアが表情を真剣に改める。閉じた口に指を当てていた。何の為にあのような仕掛けを施したのか。処理を放置した忘れ罠か、それとも意図的なものか。セフィアには情報が不足していた。だがセフィアは冷静を保つ。
「今日中に町に着きたいところだけど、ちょっと注視する必要がありそう。ねぇレクス。野宿した経験はどれくらい?」
セフィアが周囲に目を向ける。
「野宿は、ここ最近いつもでした。訓練所では三ヶ月の実地トレーニングは経験してますから、大方は平気かと」
セフィアが既に枯れたまま地に刺さる木を盾の剣で一薙ぎする。細い木は容易く散る。木の水分量を確認し、マスタライズに装着していたサイトから、前方を確認する。
「なら、今日はここから二十キロ先のあの小山を超えた辺りに野宿するよ。日も落ちてきたから、早めに場所の確保して、今日は休む。良い? 水の確保は望めないけど、これだけあれば一日は平気でしょ?」
「は、はい。でも、まだ日はありますよ?」
陽の高さは数時間は持つ。だが、セフィアは覆しはしない。
「今のうちに火を焚いて、夜間は光を出さない。早めに夕食を取ることも大事なんだよ。これだけ遮るものがない荒野はね」
レクスが驚きの声を漏らす。知らなかった。表情は物語る。
「ここでの野宿は全部見られるし、あの小山の頂上部付近なら狙撃もしやすいし、あの辺りは木があるみたいだから小動物もいるかもしれないからね」
セフィアはリュックからやはり狙撃小銃用の二十ミリ弾倉を装填する。スライドは引かず、そのままにする。
「あ、あの、それってもしかして……」
レクスはセフィアのカスタマイズしなおすマスタライズに、何かを感じたのだろう。
「うん? もちろん夕食用の動物を狙撃するんだけど? サイトから見ても、この辺りで警戒するのは、さっきの峠だけみたいだからね。まぁ地雷でもあったところで、私が狙い打つから大丈夫」
セフィアの当たり前のことを聞かれたような反応に、レクスは顔を引いた。経験がない。それしか表情は語らない。
「さ、往こうか。夕陽になるまでには火を焚き終えないと、炎と煙は最悪の居場所検知になっちゃうからね。ほら、早く運転」
セフィアが急かす。
「は、はい」
慌ててレクスが跨り、エンジンをスタートさせる。周囲に響く重低音の再来。セフィアが先ほどと同じようにマスタライズと身体を固定する。その背中の盾の剣は元の輝きを白の爪痕により、軽度に損傷している。
「次は私を信じてよ。私が守ってあげることが契約なんだから、もっと信用して」
「す、すみません。じゃ、じゃあ出発します」
「ゴーゴーッ!」
セフィアが無邪気に空を指差す。遥か高度に雲を引く高高度航空戦略機が飛び立っていた。レクスはゆっくりとアクセルレバーを引き、二人と銃を積んだバイクはまだ余裕あるボディを風と共に走らせ始めた。