表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

2nd.契約少女と衛生兵

「ご苦労であった。状況は既に把握している」

「なら出すものは出して。パトリッツァ銀行への振込みでも構わないけど?」

 指令本部。戦場であり、戦場ではない守られた基地。セフィアは最高司令官を目の前にしても態度を変えはしなかった。そして向き合う男たちの態度も、子ども扱いではない、契約者としての一女として接していた。現場と職務室の差が浮き彫りにあった。

「それは先に済ませてある。君たち組織の者が手配に来た」

「あっそ。じゃあ用はないね」

 置いた荷物を持ち上げると背を向ける。用件を先済されたのであれば、ここに用はない。セフィアは出された紅茶に目を向けることも無く室内の戸に立つ男を見た。

「次の戦況は、敵になるだろう」

 不意にセフィア男が声をかけた。

「ふーん。良いけど、その時は容赦しないよ?」

 セフィアの笑いは少女のもであるが、誰もが少女を厳しい瞳で見つめるだけだった。

「頼りたくなったらいつでも連絡をお待ちしてまーす。私たちは、これ次第だから」

 セフィアは場違いな笑みと指で作る金の形を残して本部を後にする。

「セフィア」

 基地のゲートを抜けると、一台のスポーツカーが停止していた。その傍らには男。煙草に火をつけ大きく吐き出した。

「あっ、ルーシュ。迎えに来てくれたの?」

「これが俺の仕事だからな。早く乗れ」

「はーい」

スーツ姿で青い瞳の男。セフィアの荷物を軽々と狭い後部に載せた。先にセフィアが

助手席に乗り込む。男はほとんど吸い終えていない煙草を胸ポケットから取り出した

携帯灰皿に押し付け、乗り込んだ。

走り出す車内で、セフィアがオーディオを弄る。

「好きだな、この曲」

 流れ始めたのは、フランツ・シューベルトの歌曲、アヴェ・マリア。

「イギリスの詩人のウォルター・スコットの湖上の美人の七つの詩の、六つ目のエレン

の第三番。いい曲だよね」

「お前は、宗教音楽が好きなのか?」

 ルースが横目を向ける。誰しもが聞いたことのあるクラシックの名曲だ。

「違うよ。これは宗教音楽じゃないの。シューベルトが作詞したわけじゃないし、歌曲

だよ。聞いたことあるのにそんなことも知らないで言う人間って馬鹿だよねぇ」

 セフィアが笑う。ルーシュは何も言わない。恥じているのだろう。少女に馬鹿にされ

る屈辱を感じているようだ。

「この歌詞のエレンはね、父親と王の仇討ちから逃げるために、ゴブリンの洞窟に逃げ

るの。それでエレンは救いを求めて祈るの。そうしたら、その祈りを口ずさんだエレン

の言葉は、氏族を戦いへ導くように山奥にいた二人を匿って、ロデリックの元に届いて

エレンと父親の罪は許されたんだって」

 セフィアの曲の解説にルーシュは何も言わなかった。知らないことなのだろう。

「良いよね、そういうのって」

「何がだ?」

 車窓に映る景色は惨劇。だが車内は水滴を纏うジュースのカップが振動に揺れ、爽や

かな香りが溢れている。

「祈りが戦争を引き起こすの。二人を助ける為に。でも、その二人の罪は許されるの。戦争を起こしたのに。それってさ、戦争に勝ったから、二人は裁かれなかったんだよね?」

 セフィアがルーシュを見る。ルーシュはストリート通りに散乱する瓦礫を交わしつつ、バックミラー見る。避けたそれが人の体であり、後続のトラックが迷うことなく踏み潰した。

「さぁな。だが、そうなんだろう。でなければ、犯した罪は逃亡者には消えはしない」

 荒れる路面に二人は時折大きく揺れる。蓋のされたジュースも大きく揺れる。セフィアがそれを取り、ストローから口に含んだ。車内は親子の旅中にしか見えない。

「だよね」

 セフィアがジュースを飲みながら前を見る。ルーシュは何度か横目を向けた後、一言口にした。その沈黙を破る為に。

「……お前は、許されたいのか? この役目から」

 真剣なルーシュの言葉。二人は顔を見合わせることは無く、平行した視線の先は交わることは無かった。

「全然。私は私で楽しいし、後悔することもない。死なないもん。でも、私がおかしいって自覚はあるんだよ? こう見えても」

 戦場に咲く花と味方には崇められ、戦場に降り立つ悪魔と敵には恐れられる。戦争に加担するには不相応な出で立ち。言葉は哀愁を運んでも、セフィアの瞳は無だった。

「だが、それこそがお前たちだ。そうあると契約を交わした以上、その終わりはない」

 だからこそ、ルーシュも突き放すように言う。それが役目だと固持するように。

「知ってる。あ〜ぁ、早くハウスに帰りたいなぁ。あ、そうそうルーシュ、私のハーブ園、どうなってる? もう一月は戻ってないけど、大丈夫かな?」

 話題は車窓に切り離された日常。それこそが相応。だが、不相応なのだ、セフィアに

おいては。

「気に病むな。お前のハーブ園の世話はフェティシーがきちんとこなしている。ラベン

ダーが花開いたと連絡があった」

「ほんと? そっかぁ。フェティシーなら安心だね。早く帰って見たいなぁ」

 目に光が宿る。戦場での笑顔とはまるで異なる少女。一瞬、ルーシュが小さく鼻で笑

うが、すぐに表情を改める。

「残念だが、お前にはこのまま次に向かってもらう」

「どこ?」

 セフィアに不満の感情は無かった。それは諦めを割り切っているようでもあった。だ

からこそ、セフィアは笑っていた。切り捨てた場所を埋め尽くすモノを戦場に求めて。

「ここから二百二十キロ先にあるガトラスと言う町の交戦区だ。この国では最も激しい

戦闘区域だが、やれるな?」

 男の横目を、セフィアの笑顔が迎える。

「楽しい? 契約任務の内容は?」

「飽きはしないだろう」

えへへ、とセフィアが笑む。だが、ルーシュはその笑みに付け加えて言った。

「次の任務では一人の護衛を担当してもらう」

「護衛? 殺すんじゃないの?」

 罪の意識はない物言いに、男が苦笑する。

「戦争はただ人を殺せば良いわけじゃない。時には守ることも戦争だ。今、お前がこれを聞いて言っていたことも同じだろう?」

「えーそうかな? これは作品だから素晴らしいんだよ? 現実がそうなのって冷めるだけじゃない?」

「お前も相変わらずだな……」

 不満ではないようだが、興味がないのか鼻を鳴らし聞き流す。ルーシュは肩を竦めて苦笑した。

「それで誰の護衛? 大統領? 司令官? 官僚?」

 自分に見合う護衛対象者を想像し、セフィアが楽しみに笑む。

「衛生兵だ」

 ルーシュは冷静に一言で片付けた。

「えー……生兵?」

 セフィアが不満に語尾を繋げる。

「一つ言い忘れたが、ガトラスの町には生物兵器使用反応が出ている。前線小隊に多数の被爆者がいるらしい。そこに本部からのワクチンを持った衛生兵を派遣する」

「だから私に護衛をしろってこと?」

 そうだ。と、男が短く言う。セフィアがストローを強く吸い、カップの中から途切れる音が響いた。

「今は落ち着いているらしいが、交戦は続いている。最少人数で早急に済ませろ」

「めんどくさぁい」

 初めて不満らしく不満を言うセフィア。

「依頼だ。戦場で味方が死にかけてるのを救援に行く。その護衛をお前が任された。敵を殺すだけのお前が味方を殺しても良いのか?」

「それはいや。契約したんなら従うもん」

 だからこそ男は、瓦礫と遺体の散乱するストリートを加速して通過した。町を抜けると瓦礫に家だったものが散乱するばかりの破壊された道に入る。二人はそこで会話を区切る。ルーシュの視線はバックミラー。セフィアの視線はサイドミラー。後方にはトラックが速度を上げ、接近していた。

「ついてきてるよ、あれ」

「反感を買うことはしたか?」

 ルーシュが問う。ルーシュは路肩に入っては道を蛇行修正していた。それを追うトラックは、やはり後続している。セフィアがサイドミラーから状況を読む。

「するわけないじゃん。契約には従順だよ、私?」

 そう言いながらセフィアが後部座席のケースを開く。

「どうだ?」

 取り出したものはサイト。セフィアが後部窓から見る。

「うーん。上位は二等陸尉ってところ。隠れてるつもりなんだろうけど、前部丸見え」

 小さくセフィアが笑う。そしてケースを漁る。

「でもさぁ、さっきまで私が勝たせてあげたとこだよ? 理不尽じゃない?」

 そしてセフィアはサイト越しにトラックの運転座席にいる男の服装に頬を膨らませる。

「恐らく混在する中で情報が漏れたんだろう」

 冷静にルーシュは加速する。車内の振動は大きくなるが、距離は縮まらず、遠ざかりもしない。後部座席に身を乗り出す小さなセフィアの背中を、ルーシュが押さえていた。瓦礫に乗り上げ、車が跳ねる。トラックはその瓦礫を粉砕した。

「情報?」

「お前の次の任務は、連中と敵対するゲリラ軍への護衛だ」

「だからってひどくない? 今の今、勝利させてあげたのに殺しに来る、普通? とんだ恩返しじゃない」

「戦争とはそう言うものだ」

 セフィアが頬を膨らませつつ、ケースから分解されたトレイシェールマスタライズの一部品を取り出し、組み立てる。

「ルーシュ、サンルーフ開けて」

 ルーシュがドアウィンドウのボタンの隣を押す。天井が開き、風が舞い込み、セフィアの髪を靡かせる。

「出来るだけ蛇行してね。無反動砲積んでるよ、二十六口径の」

「無誘導なら問題ない。こいつの装甲は二十八までは耐えられる」

 ルーシュがアクセルを踏み込む。激しい揺れの中、セフィアは車体上部の窓から身を乗り出す。構えるはマスタライズの一部品を組み合わせた超長身狙撃銃。車体上部のボディに設置すると、銃口は車長を越えていた。

「撃ってくるよ」

「殲滅しろ」

 セフィアに気づくと助手席の男が短機関(サブマシン)(ガン)を窓から覗かせる。

「りょーかーい」

 その瞬間、セフィアはサイトを覗き、マシンガンを地へ落とす。放り出された銃は地上を転がる。そして二つに分かれた。一つはサブマシンガン。もう一つはそれを支えていた軍人の腕だった。助手席では男が腕を抑え暴れていた。トラックが蛇行し、ルーシュの運転する車と差が開く。セフィアはサイトを覗き続け、数発を撃つ。周囲に破裂音が響き、トラックが大きく揺れ、車体が左に蛇行する。右前輪がパンクしていた。運転手は焦ったのだろう。ハンドルを切りながら速度を上げてきた。

「何人だ?」

「一人は腕吹っ飛ばしたよ。後はドライバーと荷台に合わせて十人、かな?」

 熱源探知に切り替え、セフィアが数えた。郊外道を走る車は二台だけ。後続のトラックの荷台を覆っていたカバーが不意に外れ、後方に散った。

「撃ってくるよ。しかも全員ランチャーなんだけど?」

 セフィアに向けられる十を越える砲口。どれもが二十口径を越えていた。

「さすがに連発の被弾はきついぞ。先にやれ」

「はーい。じゃあやっちゃうよぉ」

 楽しげにセフィアがサイトを覗き込む。一斉に荷台上部から顔を覗かせる兵士とランチャー。順を追うように光と白煙が包む。同時にルーシュの車も発射音を轟かせる。セフィアが引き金を引く。ランチャーの初速は遅い。二段階において加速する。セフィアはその瞬間を狙って撃つ。ほぼ同時に放たれた双方の弾が爆発を起こす。兵の撃った砲弾をセフィアの銃弾が迎え撃ち、相殺した。だが、セフィアは容赦をしない。視界を遮られランチャーが動きを止める中で、セフィアはサイトをかすかにずらし、銃口も比例する。そして放つ。十以上顔を出していた砲口が八に減る。硝煙に隠れる中で、セフィアの記憶が兵士を貫いた。

「あれぇ? もう終わり? つまんないの」

 セフィアはそれでも命令に従い、引き金を引いた。七、六、五、四、三、二、とセフィアに向けられるランチャーが減った。セフィアはランチャーが発射される寸前に兵を撃った。蛇行するトラックから撃たれた兵が落ちる。だが、トラックは停止するどころか向かってくる。

「だから、無駄だって気づかないのかな?」

 最後の一つが吼える。だが、吼えた瞬間にそれは爆発し、荷台に火柱が走りぬけた。ランチャーが砲弾を放った瞬間を見越し、セフィアが砲口に銃弾を押し付けた。砲弾を貫通した銃弾は炸裂し、火薬を爆発させ、最後の砲口は包む黒煙の中、吹き飛び消えた。

「さすがだな、お前の狙撃能力は」

 バックミラーで始終を目撃していたルーシュが軽く口笛を囁かせた。殺気のない銃弾は任務を終え、敵戦力内に消えた。

「でしょ? 私に勝てる奴なんていないんだから、こんなところじゃ」

 ルーシュの驚きに、笑みで応えるセフィア。しかし、銃を仕舞おうとはせず、身も乗り出したまま。

「ルーシュ、雷弾取って。まだ使う機会無かったから、ここで試してみる」

 セフィアに言われ、ハンドルを片手に、ルーシュがトランクケースから、七色順に並べられている弾倉の中から黄色の弾倉を、手だけ車内に差し伸べるセフィアに渡す。強風にセフィアの髪がルーシュに撒きついていた。

「お前、括るかしたほうが良いぞ」

「やだ。括ると癖毛になるもん。このさらさらが良いの」

 弾倉を受け取ると、弾倉を取り替える。通常の黒い弾倉が流れる車窓を転がり跳ね、トラックの吸風口の網に傷をつけた。黒光りする超長身狙撃銃に取り付けられた奇怪色な弾倉。セフィアがスライドを引き、装填する。その際に静電気がセフィアの髪をかすかに広げた。

「ん〜、ピリピリするよ、これ」

「当然だ。通常は合成ゴムグリップを使う。頬はつけるな。トーストなるぞ」

「それはやだね。でも大丈夫。ターゲットは大きいし」

 速度を上げ、恐らくは捨て身。突っ込んでくるトラック。既に後方では炎が上がっている。何もせずと燃料タンクに引火し、大爆発は免れない。だが、セフィアはモルモットを使役する研究員だった。新薬の投与による効能の検証。セフィアはサイトを覗くことなく、銃口を蛇行するトラックに合わせて振る。

「新弾検証、スタートッ!」

 引き金は人差し指のみで引き寄せられた。銃口が噴く。通常弾とはまるで別の稲妻を纏う銃弾を。射出音も振動していた。積雷雲から振り落ちる業雷のごとくに。吸風口に撃進した銃弾は、炸裂はしなかった。だが、衝突口は火花と青白い静電気が内部の搭載機器を襲っていた。

「いったぁー……失敗作だよ、これ」

 射出した狙撃銃は小さな雷を纏い、静電気を光らせた。小さな痛みの連続にセフィアが思わず銃を離し、身を車内に寄せる。一方でトラックの吸風口からは小さな爆発が噴出す。セフィアは見てはいなかった。それが雷弾の効果だとルーシュも気づかなかった。

「だから言っただろう。忠告は聞くものだぞ」

 静電気に髪が踊っているセフィアに、ルーシュが小さく笑った。

同時に車内を振動が包む。後続のトラックが黒煙に包まれていた。炎だけではなく、稲光に包まれ、大破した。外部ではなく、内部の爆発によるもの。巨体が浮き上がる。

「時差があるのか、そいつは」

「やっぱり使えない。私は速攻じゃないと使わないし」

向かい来る爆風に、ルーシュはアクセルを踏み込んだ。後部ウィンドウに欠片が音色を奏で、兵たちのせめてもの攻撃のように飛来し、風に散った。炎上するトラックは車輪が左右に転がり、そこで終結した。

「それにこんなの戦場で使ったら感電死しちゃう。もっと開発局に改善しろって言っといてよ、ルーシュ」

 不満げにセフィアが銃を仕舞う。弾倉を投げ捨てた。使う気はもうないのだろう。車内から投げ出された弾倉は、転がり、散乱した。

「武器を気安く捨てるな。けが人が出る可能性があるんだぞ」

「じゃあ、こうすれば良いんでしょ?」

 ケースから何から取り出し、セフィアはそれを散乱した弾倉に向けて投げた。小さな手玉のような物体。投げ出され数秒後、それは爆発した。土を巻き上げ、抉り、散乱した銃弾を巻き込みさらに爆発した。

「お前のやることは極端だぞ……」

 ルーシュは停止することも無く、先を急いだ。不発弾処理を爆弾で行うセフィアに多少呆れ顔ではあったが、確認する余裕は無いようだ。

 それからしばらく車は走った。すれ違う車は避難民を乗せた乗り合いトラックか、軍事車両。一般車など路肩に骨組みを残すばかりだった。

 味方をしたものの裏切りも束の間、やがて見えてくるは検問。正規国家軍ではない。武装もまばら、統一されていない装束。せめて軍人と分かるように表面だけを塗装したポンコツ車だった。

「止まれ。ここから先に何の用だ?」

 銃口を窓に押し付け、開けるよう促す。

「誰だと心得ている? これを見て分からんのか?」

 ルーシュがダッシュボードの中から契約書の複写を見せる。

「ちょっと待っていろ」

 一見した男がそれを持ったまま、別の兵士にその場を任せ、姿を消す。

「私たちを見れば分からないのかな?」

「末端のボンクレは捨て駒だ。伝わるわけがないだろ」

 目の前に兵士がいるというのに、二人の口調は平然たるものだった。

「待たせたな。よく来てくれた。歓迎しよう」 

 しばらく停車させられた後、一人の男が開いた窓から握手を求める。ルーシュはサングラスを掛け、セフィアは男を見るだけに終わる。彷徨わせた手を男が息を吐きつつ、静かに引くと、入れ替わりに紙を渡す。

「ここに書かれている場所へ向かえ。そこからは戦場だ。生憎だが、こちらは人員不足で援護はないと思え」

「だから呼ばれたんだけど? そんなことも分からない?」

 さっそくセフィアが物申す。人員が満足いくものであれば来はしない。契約を交わしたことはすなわち、そう言うことでしかない。

「そうだな。あんたらには言うだけ無駄だったな」

「そういうことだ。ゲートを空けてもらおう」

 ルーシュが窓を閉める。外では男が手を振り、ゲート管理者が封鎖していたフェンスを退ける。ルーシュがアクセルを踏み込み、通過する。

「弱そうだね、ここのって」

「そう言うな。正規ではないにしろ、バックには中東の石油投資会社がついている。なかなかの得意先だ。大事にしておけ」

 戦争とは商売であり、商売でしかない。故に人は人を殺し、国は国を支配する。

「人間ってほんと馬鹿だよねぇ」

 それを知るセフィアが一蹴する。

「だからこそ、需要があるんだ」

 分かってるもん、とセフィアは商売や政治などに示す心は持ち合わせていない。車窓から見える山吹色の山肌に点在する対空砲や破壊された残骸に目を向けていた。

 しばらく未舗装の道を砂塵を巻き上げ走ると、小さな村が姿を見せる。

「この町だ。護衛対象者はこの先の通信中継施設にいるらしい」

 車を降りると、そこは人気のないゴーストタウンだった。兵士はいる。時折散発的な小争が起きている。火災も自然鎮火を待つかのように、町は燃えて崩れていた。

「ルーシュ。最近の私さ、汚い場所ばかり派遣されてる気がするんだけど、気のせい?」

 戦場に降り立つセフィアはやはり違和感の塊だった。

「この任務が終わればハウスに戻れる。既にスケジュールはそうなっている」

「それなら良いけど。じゃあ、行くね。帰りの迎えの手配、よろしく」

 再びセフィアは戦場を歩き出す。どう見ても少女には荷の重いものばかりだが、セフィアは平然と歩く。瓦礫を軽々と飛び越え、通信中継地に向かう。破壊に満ち溢れ、ルーシュの車は進行不可だった。

「つまんない町。サボテンの水で持ってるのかな?」

 皮肉も返答を得ない。数時間ほど前に勝利を収めた戦場を後にして、変わらぬ光景。男は脳天を撃ちぬかれ、血も酸化に黒ずみ、女、少女は裸体を犯され、後頭部を撃ちぬかれ、陰部にはレイプの体液、みな死んでいる。赤子でさえ胴体がまともに残ってはいない。通りに横たわる死体には野鳥に、虫が集る。この町の戦況は今に始まったものではないのだろう。

「臭いな、もぉ。服に臭いついちゃうじゃない」

 その中を真白な少女が、カントリーのグランマの家を訪ねる娘のように麦藁帽子に日差しを受け、両手と背中に愛らしいケースを負う。異常な光景。天使が下り立つ地を誤ったようでもある。

「えーと、この辺にあるんじゃないのかな?」

 ルーシュとの別れ際に渡された簡易的な地図。セフィアが付近まで来る。そこには何もない。あるのは瓦礫の山々。

「そこの少女、止まれっ!」

 不意に周囲の瓦礫の向こうから数人の男たちが銃を向ける。

「あんたたち? 私を呼んだのは?」

 警戒する男に、セフィアは軽く言う。

「お前が……サクラント・セフィアか?」

「契約内容はワクチンの護衛だっけ? で、その衛生兵はどこ?」

 声をかける無精髭の男を見る。男もセフィアへ歩み寄る。銃口はセフィアの額を狙っていた。セフィアは警戒などしない。ただ、いつでも戦闘態勢が取れるよう、男の足を見て、間合いを取っていた。気づかれることも無く。

「レクス、出て来い」

 銃を腰に構え、男が手を振る。瓦礫の影から一人の男が姿を現す。

「え? それ? 大丈夫なわけ、そいつ」

 レクスと呼ばれた男が姿を見せる。ひ弱に細い筋肉の少ない体。戦闘慣れしていないのだろう。銃の構えが明らかに下手だった。

「いや、君には言われたくないんだけど……」

 だが、口は達者なのだろうか。平然と一言が漏れた。

「言うね? 素人でしょ、あんた。衛生兵の分際で私に意見なんていいと思ってるわけ?」

「レクス、彼女は見た目こそ幼いが、階級は元師だ。口には気をつけろ」

「えっ!? げ、元帥なのですかっ?」

 レクスの表情が一気に変貌する。

 兵種は多岐に渡る。新兵、二等兵、一等兵、上等兵、兵長の兵と呼ばれる下階級、伍長、軍曹、曹長の下士官、そして士官である、准尉、少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐、准将、少将、中将、大将、元帥に分かれる。その中でセフィアは一般的な国においての階級は元帥。大国ともなれば大将として扱われる。その為にその態度は権力の元にある。だが風体は少女。故に大人たちの中では歪であり、対応も様々。

「まぁ国によって、大将クラスだけどね」

「お前を前線の部隊まで護衛してくれるサクラント・セフィア元帥だ」

「ねぇ、その元帥ってやめてくんない? 私、軍人じゃないんだけど?」

 階級による上下支配が戦争では指揮に影響する。だが、セフィアはそれを嫌悪する。

「そうだったな。お前たちは社員だったか?」

「そう。私はセグレアの第三派狙撃手。だから名前の呼び捨てで良いよ」

 小隊隊長とセフィアが投合する。従う兵たちは唖然としている。

「俺たちはここの守備があるから、応援には参加出来ない。この先は最前線だ。こいつのことは頼むぞ」

 隊長がレクスに箱を渡す。

「それがワクチンってわけ?」

「は、はい。そうです。これを二日以内に届けないと前線の部隊が全滅します」

 急に言葉遣いを変えるレクス。セフィアはそこへ注目はしない。

「制限まであるの? また面倒そう。それで、ここからの総距離は?」

「約四百八十キロはある。まぁ戦闘を避けて通れば問題はないだろう。ここから先はいくつか戦線が分離している。中間の町以外の町は占領下に取られている。気をつけろ」

 隊長の言葉にセフィアが一息つく。

「車くらいはあるんでしょ? 徒歩とか言ったら契約解除するからね」

「それは、僕がこれを運転します」

 レクスが瓦礫の壁の向こうから、二輪車を押してくる。それは軍仕様に塗装された超大型自動二輪だった。

「こっちの方がこの先の道には相応だろう。生身になるのは仕方がないと思って諦めてくれ。上空の制空権も既に落ちている」

 セフィアが盛大に息を吐いた。大型とは言え、積載量の限界がある。二人を乗せ、武器を載せてはそれで終わる。セフィアの持参したケースが乗りそうにはない。

「まぁ、仕方が無いか。この辺りの戦闘はひとまず小康状態みたいだから、これ、あんたたちの隠れ家にでも置いておいて。それからセグレアのルーシュって男に電話して荷物の回収を頼んでおいて。これ、電話番号だから」

 セフィアがいそいそとケースの中から持参する武器を選び始める。周囲の兵は近辺へ警戒しつつも、セフィアの動向を横目に見ていた。

「ほら、何してるわけ? 荷物あるんでしょ? 水とかちゃんと用意してよ」

「あ、は、はいっ」

 呆然と見ていたレクスをセフィアが叱責すると、慌ててレクスが自分のリュックから最低限の所持物を物色し始めた。

「準備整いましたっ」

 レクスがセフィアに向かって敬礼をする。階級に支配されているのだろう。不快そうにセフィアが息を吐くが、何も言わない。額に小さな手を当てただけで。

「あのさ、それって何? 私から意見が欲しくてやってるわけ?」

「はっ? 何のことでしょうか?」

 至極真面目に応える。二人が搭乗予定の大型自動二輪の後部には荷台代わりの小スペースが設置されてある。レクスは足元に、何が詰まっているやら大きなリュックを置く。

「何が入ってるわけ?」

「はい。ワクチンが二十本に包帯が十一本、オキシドール一リットル、水六リットル、輸血用血液五パック、簡易治療用手術器具一式、並びに消毒散布液五リットル、アルコール500ミリ、それから……」

 レクスは続ける。その度にセフィアの表情に呆れに沈む。

「あのさ、私たちワクチン届けるんだよ? 何それ?」

「これは自分の戦地医療用器具一式です。それから追加装備として、負傷兵の治療用器具も補填いたしました。準備は万端ですっ」

 元帥と言う仕官クラスのセフィアに敬礼を決めるが、セフィアは冷静に一言。

「必要なものはワクチンと私たちの水だけでいい。他は全て置いていきなさい」

「えぇっ!? まっ、待ってください。僕は衛生兵です。負傷した兵の治療に当たることが任務であります。何もないままでは任務を遂行できません」

 驚きながらも意見する。

「じゃあ、それ、どこに積むわけ?」

「それは、後部収納部に……」

 言い終える前にセフィアが重音を零し、荷台部に銃を載せる。

「戦場において、銃が優先。敵のど真ん中を行くのに軽装備で行けるわけがないでしょ。ここはトレイシェールマスタライズの設置に使用するの」

 セフィアがレクスに限らず、様子を見ていた兵たちの奇異の目の中で、マスタライズを設置する。後輪が若干マスタライズの重みに潰れる。一般的な大型二輪とは種別の異なる大型自動二輪。車高も車幅も車長も小型自動車に匹敵、もしくはそれすらも超える。排気量も八千四ccという一般車すら凌駕してしまうほどに車体は強く、重く、早く、陸上の二輪クルーザーと謳われるほどに価値のあるもの。だが、戦時においてはその爆音を轟かせるエンジンの燃費の悪さ、騒音、運転技術の熟練度、小回りの利かなさには悪評ばかりが連なり、路面状況の悪化に伴う交通の便の最終手段の輸送車両として用いられている。そして、今、それを使用すると言うことはここから先の路面状況は最悪に近いのだろう。だからこそ、セフィアはマスタライズを前の戦況には及ばない構造ながらも、明らかにそれが車載砲のように後部に取り付けた。

「いえ、ではワクチンなどが……」

 搭載出来ないと言いたいのだろう。セフィアが自身の旅行ケースから小さなリュックを取り出し、レクスのリュックから最低限必要なものだけを入れ替えた。ワクチン、包帯、応急処置道具に水を二リットル。

「これで十分。あとは全部出してっと。ワクチンは自分で持って」

 セフィアがレクスのリュックの中身を地面に引っ張り出し、マスタライズを収納していたケースから次々と弾倉や銃部品を入れていく。

「乗って。出発するよ」

 セフィアがレクスを促し、半ば強制的に運転席に跨がせる。セフィアは小さなリュックを後部の収納庫に押し込み、弾倉などを詰め込んだリュックをレクスに背負わせた。

「うっ……あ、あの、お、重たいの、ですが……っ」

 ただでさえ沈んでいた車体がさらに低くなる。

「そのまま背負って運転して。私はここから狙い打つから。落としたりしたらあんたの頭吹き飛ばすから」

 セフィアがマスタライズに掴り、立ち乗り状態になる。座るスペースはレクスのリュックに支配されていた。

「おいおい、それで移動するのか?」

 見かねて男がセフィアに問う。

「平気。慣れてるし。ほら、早くエンジンスタートして」

「いえ、ですが……」

 わずかな出っ張りに立ち、マスタライズにしがみつくように乗るセフィアに、レクスも不安を隠しきれない。

「私の心配はしなくて良いの。自分の任務の成功だけを考えて。ほら、早く行く」

「は、はいっ」

 リュックを蹴られ、弾倉の重みが背中から襲い、レクスがエンジンをスタートさせる。周囲に爆音が吹く。振動するバイクにセフィアの身体も揺れる。

「あ、忘れてた。これ耳につけといて。無線仕様の耳栓だから外さないでよ」

 ワンピースのポケットからセフィアが両耳のヘッドセット取り出し、レクスに渡す。状況をイマイチ理解していないのか、素直に耳に装着した。

「それじゃ、この任務引き受けるから」

「気にはなるが、気にするだけ無駄だろう。仲間たちのことは頼むぞ」

レクスは良く聞こえていないのか、ヘルメットを装着し、バイクに備え付けてあるGPS装置に情報を打ち込んでいた。そこに隊長が肩を叩く。レクスが不思議そうに見る。

「そのヘッドフォン、完全防音だから聞こえてないって」

「らしいな。とりあえず、武運を祈る」

 そう言うと隊長は、行けと指でサインを送る。レクスが一度振り返る。

「早く出発して」

 セフィアがいつの間にか集音イクのついた片耳のヘッドセットを装着していた。セフィアの声に反応したレクスが肯くと、静かにアクセルを引く。だが、それでも騒音は激しかった。

「私の荷物、回収前に勝手に漁ったり失くしたりしたら、殺すからねぇ」

 走り出すバイクからセフィアが隊長たちに言う。男たちは銃を掲げ応えるように見送った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ