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10th.キスの賭け

 綺麗な顔立ち、手足の精錬されたスタイル。だが、捲られた中にある身体には無数の傷、腫れ痕、火傷痕、手術紺まで、清楚な少女の身体ではなかった。肌を露出する場所にだけが美しさを保っている。

「ああ、これ? 訓練とか実践で怪我するの。契約がある以上、顔とかは綺麗にしてもらえるけど、身体までは時間ないしね。いっつも無傷ってわけにもいかないし」

 リュックから取り出した弾倉をホルスターに収納したセフィアは、道を外れた茂みの方へ歩き出す。後を追うレクスは、ショックなのだろう。戦場で殺人を犯す少女が平然としているその裏で、身の犠牲を払い、それすら当然のように受け入れていることに。

 そして、そのことに気づくことも無く、夢物語を言葉にした自分の情けなさ。衛生兵としての心眼の欠落に。

「あ、あの、何でこんなところに?」

 町を見下ろす茂みの中、マスタライズの脚部を開き、大地に横たえる銃身を、セフィアはサイトを使い、町の中へ銃口を構え、自身の身体もうつ伏せに屈めた。後方でレクスは腰を下ろし、両膝をつき、その様子を見つめる。迷彩服のレクスはともかく、セフィアの白と付着し、乾燥していく赤は目立つ。だが、気にすることなく銃口を眼下に向け、サイトで状況を確認する。茂みの中にまで響く銃撃戦。何人が生き、何人が死ぬ。そんなことはもうどうでも良い戦況。落ちた機体のパイロットがどうなったか、付近にいる可能性も否めない。だが、セフィアは周囲を警戒するレクスに指で招く。

「前線、こっちが劣勢だね」

 レクスにサイトを覗かせる。

「あっ……」

 人だったものが転がっている。男女子供、年寄り、何でもありだ。だが、尋常ではない数が腐り、獣、虫の餌になり、やがては穢土になる。痩せこけた犬が死体に鼻を寄せる。そこへ銃弾が飛ぶ。新鮮な血液が大地に吸い込まれ、犬の血か、その犬の元へ倒れこむ兵士のものなのか、男が犬の上に倒れ、二つは動かない。動物も人も関係なく死んでいく。レクスは静かに顔を上げる。気持ち悪さもあるのだろう。サイトの先で倒れた男が、己と同じ服装を纏っていたことに気づいたかはともかく、死んだ。その事実は戦争では当然のことでしかない。生きることへの執着が招く結果だ。

「ね? 市民は生物兵器の餌食。こっちの兵も残存兵力が少ないし、向こうはきっとワクチン接種済みの精鋭部隊。部隊数の把握はしてないし、レクスも多分知らないでしょ? 状況は不利。私のマスタライズで撃ち殺せる数は六十。残りの弾倉じゃ、全部は狙撃は出来ないし、直接乗り込んでも、今がこれだから確実にって保障は出来ないね」

 セフィアの言葉が意味するもの。ワクチンを届ける為には町へ行かねばならない。だが、サイトが拾う状況に、負傷したセフィアと戦闘経験の乏しいレクス。セフィア単独でなら余裕はあるのだろう。セフィアは戦場を楽しむ少女だ。

「じゃ、じゃあ、このワクチンは……?」

 レクスの腕の中にある保冷機能のついた小型保管庫。ソーラーパネルによる電力確保による冷蔵保存可能な保冷庫。その中には仲間を救うための対生物兵器抗生物質が既に注射器に収まっている。正規軍の撒いた兵器に対応するワクチンがあるということは、国の中で分裂した組織があり、情報が渡っている。だからこそ精製される薬。だが、セフィアにはそんなことはどうでも良い。契約に従うだけ。だからこそ、笑うのだ。

「もちろん、契約は果たすよ。心配しなくても、私の契約はレクスとワクチンを無事に前線部隊のところまで護衛することだから」

 力強くは無かった。腕の包帯には赤みがわずかに滲む。策を練っている表情。レクスは何も言えなかった。

「とにかく、まずはここから敵を極力撃つ。そして、町に行って部隊と合流する。武器も補給物資も支援は期待出来ないだろうから、レクス、貴方にも撃ってもらうけど、撃てるよね?」

 人を殺せと見る。すぐに怯え、身を縮込める衛生兵だ。状況の劣勢を知りながら尻込みをしている余裕は無い。レクスの答えを聞く間もなく、セフィアは大腿部のホルスターから、黒のマスタライズに装填される真白の弾倉。セフィアと同様に不自然な弾倉だった。

「レクス。聞いて」

「あ、はい?」

 サイトから敵の潜伏位置を熱源、赤外線、光学増幅機能を使役し、小さく息を吐き、笑顔の集中力を消す。あまりセフィア自身余裕が無い。負傷した腕を庇うように片方と頬にグリップを固定し、身体が傾くが、狙いは定めることは可能だった。

「多分ね、私、最後まで護衛出来ないかもしれない。だから、ここで出来るだけ敵を殲滅するから、いざとなったら、自分一人でそれを届けて。私のバックアップに期待ばかりしないで」

 だが、セフィアの銃口は定まらない。探しているように動きを止めない。

「それは、やっぱり……あの子、ですか?」

 定まらない銃口の狙いは、兵士を狙わない。位置を把握しただけに留まり、目的は別を狙う。

「いないの。それに嫌な胸騒ぎもする。良い? 私に何があっても、レクスは任務を果たすことだけに集中して。前線なんだから皆死ぬか生きるかしかない。やれるでしょ。男だもんね」

 やはり返事は待たない。不意にセフィアが銃口を固定し、引き金を引く。

「ごちゃごちゃしてもしょうがないから、始めるよ」

 マスタライズが銃弾を射出する。茂みの葉が揺れ、弾ける。サイトの先の敵軍が倒れ、その場に緊張が起きる。一瞬にして警戒する兵士と、撃たれた兵士を看護する兵士。だが、即撃は死を選ぶセフィアの銃弾。引き金を引いてはスライドを引く。白い薬莢が一回の銃撃に三発弾け飛ぶ。射出音は一発だが、この弾倉にある銃弾は三発発射されているようで、狙撃標的者になったものは、脳天、喉元、胸元を同時に撃たれていた。臨床試験と実地で実践する効果測定の結果に、セフィアは満足げに引き金を引き続ける。レクスは何も出来ず、その小さな背中を静かに見つめるしかなかった。

弾倉を抜き、新たに弾倉を付け替え、引き金を引く。次々と分からない狙撃手に倒れる兵士。町までの距離はおよそ六百。倒れる兵士と狙撃箇所を見た軍兵のいくつかは、射出方角に気づき、サイト越しにセフィアと目が合う。だが、その瞬間には兵士の姿はサイトから消える。

「セフィア、血が……」

 銃の反動にセフィアの負傷箇所からは血が止まらなくなる。それを気にする暇はない。

「平気。それよりも町に行く支度を整えてて。もうそろそろで道が空くから」

 一時退却を強いられる中で、数人の兵士が発砲してくる。正確な射撃ではなく、なだらかに下る傾斜地に散発的に穴が開き、砂塵が舞う。レクスは身を屈め、ただ時を待つ。

「下手糞。私の相手がそれで勤まると思ってるのかな?」

 銃弾は貫き、男は死ぬ。遺言は大地に埋まる銃弾に添え、花咲く日を待つ種植えだった。

「戦場の男なんて、ほんと、最悪」

 サイトを覗くセフィアが嫌悪を見せながら引き金を五回引いた。

「え? 何か言いました?」

「ううん。何でも。戦争の被害者は、その場だけじゃないってこと」

 理解出来なかったレクスを他所に、セフィアが銃を茂みの先から引き抜き、空の弾倉を捨てた。

「うん。とりあえずこれで時間は稼げるはず。向こうの部隊もこっちに気づいてくれてると思うんだけど。生きてれば、ね」

 セフィアが片手で身体を起こす。負傷した腕は垂れたまま。マスタライズの射撃の反動にやはりこれまでの余裕はなく、不肖に伴う痛みと熱に、微かに汗を滲ませていた。

「ここからは今までと違うよ。覚悟は出来た?」

「はい。大丈夫だと思います」

 自信はないが、セフィアの姿を見て、思ったのだろう。子供が大人を守る為に強く在る。それでも果たそうとする契約と言うものに躍起になる姿に、動き出さないわけにはいかないのだろう。戦争に反対する立場で戦場に立っているレクスなのだから。

 マスタライズの不要な装備をセフィアは外し、その場に捨てる。脚部、バレル、グリップ、加速射出装置、次々と武装解除されるマスタライズは、やがて片腕に抱ける小銃のようになった。空になったホルスターを体から解放し、それも捨てる。背中の剣と片腕の銃。セフィアはそれで契約を終わらせるつもりのようだ。

「あのさ、レクス。ありがと、これ」

 セフィアの腕の包帯。血は滲むが適切な処置にそれ以上の傷は悪化は見せていない。

「へ? あ、いえ。これが僕に出来ることですから……」

 思わぬ感謝に照れるレクス。

「戦場にレクスみたいな人間が沢山いれば、面倒ごとも早く片付くんだけどね」

 それは、少女の言葉であり、状況を解した狙撃手と衛生兵との契約だった。

「そうですよ。だから僕は信じているんです」

 自信を持つ言葉に、セフィアは笑顔を見せる。服と腕には血痕がある中で、それは二相応だった。

「だから、レクスはきっとこれを使えない。でも、使わないといけない。だから、これは私からのプレゼント」

 大腿部のホルスターから一丁の銃と弾倉を取り、レクスに渡す。意味が分からずにレクスは受け取りつつ、意味を求める目を向ける。

「ねぇ、人ってどうして出会うと思う?」

 だが、セフィアはまるで関係を持たない質問を投げかける。

「え? 出会う、ですか?」

「そう。人が出会う意味って何だと思う?」

 不可解に首を傾げた後、銃を見ながら応える。

「添い合う為、ですか?」

 自らも解しない答え。セフィアは笑いながら一蹴する。

「それ、出会った後だよね?」

「あ、そっか……。じゃ、じゃあ、えっと……」

 この状況下で考えるのは難しいだろう。レクスは考えようとしつつも、考えることに考えを巡らせている。それを見て、セフィアが言う。

「人はね、死ぬって知ってるから、出会うの。恐いもんね。知ってるのに経験したことがないことって」

「え……?」

 レクスの視線がマスタライズを見つめるセフィアを映す。

「死なないって知ってたら、戦争は起きない。商売もしない。食べないし、寝ないし、キスもしない。だって、出会うことに意味がないもん。出会っても飽きるから。でも不死なんてない。だから人は恐がるの。死ぬ恐さを過去から知るから、恐い相手を殺そうとするし、生きようと命を削って働いて、食べて、寝て、抱き合って子供を作る。ねぇ、レクス。キスって、好き?」

 レクスは呑まれた。少女の甘い笑顔。大人の色気の艶髪。何もない自然。休む銃弾。契約を果たすだけの少女に、衛生兵は言葉を返せない。

「え、あ、う……」

 レクスの初さにセフィアが笑う。

「純情だね、衛生兵なら研修で裸くらい何度も見てると思ったのに、経験ないんだ?」

「あ、当たり前ですよっ。研修は研修で医療なんですから」

 何もない茂みの中。それは状況が異なれば、また別の意味になることだろう。

「この契約が無事に終わるかどうか、もう一つ、賭けない?」

 セフィアが空に向けた指を、レクスに差し向ける。悪巧みを考える笑みも、先の言葉に少女と言う概念を女性というものへ変化させてしまったレクスには、見抜けない。

「か、賭けって、何を……ですか?」

「もちろん、キス」

 セフィアが自身の唇に当てた指先を、レクスの鼻先に当てた。

「そ、それって……ダメな時の、リスクがないですよね?」

 契約満了なら。だが、契約の未完ならば……。

「あるよ。死ぬ。それだけ。どっちに賭ける? 私はもちろん前者」

 レクスは? と視線で急かす。そこにいるのは、十三の少女ではなかった。レクスは言い返す言葉が詰まる。だが、セフィアはいつもの笑みで笑うだけだった。

「決まりだね」

 そうしてセフィアは町へ向かい、茂みの中を歩き出す。呆然としているレクスは、その小さな背中に嬉しさなどを覚えることが出来なかった。

「死ぬから、出会うなんて、残酷ですよ、そんなもの……」

そう一言想いを口にする。聞こえないセフィアはマスタライズに銃弾を装填していた。

「出会いは、恐いから、死ぬから、じゃない。生きるから、共に在りたいから、誰もが平和を願うはずなんです」

 レクスは静かに渡された、まるで形見のような銃を握り締め、ワクチンの箱を抱え後を追った。

 茂みを抜けると、広がるは先ほどの光景の続編。燃え尽きる戦闘機の残骸。町の中からは銃音が止んでいた。崩れた教会の鐘楼が既に静けさを保ち、舞う粉塵が町を白肌色ぼやけさせている。だが、二人の足はそこで立ち止まっていた。


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