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1st.戦場の花

去年書いたラノベです。


更新が遅れ気味なので、お詫びとして掲載します。


とある同人賞を頂いた作品なので、少しでも楽しんでもらえたらと思い、今後の連載中の作品の更新を待つ間の暇つぶしに利用して下さい。


 その戦場は、既に戦場とは言えない。

 証拠に、戦場とはその名の通り、戦う場だ。

 しかし、この戦場のどこに戦いがあるのか。

 もはや追い込まれ、殺される前に足掻く人間を、狩る戯画でしかない。


 戦場に立つ一人の少女と、身の丈の倍を超える重厚な銃と極太の剣。

 風に流れるものは屍臭。

 砲撃の鐘が地獄を呼び起こし、誰が為に闘うことを忘れた愚者が血を啜る。

 水の味すら忘れる黒い雨が降る。泥を弾き、肉を殺ぎ、血飛沫が跳ねる。

 あるものは敵と味方。だが、それすら把握出来ない時の経過。

 隣に居る者が誰なのか、気にした時には仲間は肉塊に変わる。そこに少女は居た。

「さて、そろそろ出番かな」

 少女は好む、戦場を。

 少女は戯れる、撃弾の嵐を。

 少女は舞う、血の雨の下を。

 少女は引く、戦場を貫く砲閃の一筋を。

 少女は駆ける、艶髪を靡かせて。

 少女は笑う、天使の笑みで。

 少女は捧げる、戦場に生きる女神として。

 少女は駆逐する、敵という同属を。

 そして、その少女は、挑発的に引き金を引く。


 故に少女には授けられし称号があった。


 ―――戦場に咲く冷花。


 無慈悲な殺戮兵器のごとく敵を殲滅する。そして、銃を持つ者からのもう一つの称号。


 ―――Rock On Bardy. 


 決して怯まず、敵を挑発的に狙い討つ。だが、その名は知られることは少ない。知る者は後に狙われ、この世界を脱してしまうからだ。


 全ては少女に課せられた契約の名の下に―――。


 弾奏は不調律を奏でる。弾雨に一瞬の砂塵が舞い、壁が崩れる。瓦礫の下には人間だった足が埋もれる。一般市民ではない、迷彩服を纏っていた軍人。

 少女は照準器(サイト)を覗く。だが、その照準器は通常狙撃でも使用しない大きさ。夜間(ナイト)照準(サイト)から赤外線照射、熱源探査、透過測視、光学増幅視の多機能を備えている。故に少女の覗き込む先には、いかに戦士が兵士として優秀であろうと、少女の狙撃能力の前では無力。

「それで隠れてるつもり? 丸見えだよ」

 少女は笑いながら、己の身体の数倍、もはや高射砲ほどの巨大な銃のレバーを弄る。銃口が合わせて動く。小銃のような手軽さはない。銃だと言う歪な造物。

「はい、さようなら」

 少女が引き金を引く。少女の体が反動に揺れる。耳を劈く射出音と火薬臭。零れ落ちる弾骸は、砲のごとき太きもの。ヘリが町へ落ちる。立ち上る黒煙と小銃音。悲鳴も減っていく。倒れるものを人として介抱する人間はいない。踏みつけ、退かし、戦車が塊を押しつぶす。正義はない。その中で、コンクリートの壁が崩れ落ちていく。狙撃音に続いての地を抉る兆速の弾爆。少女のサイトに熱源反応が薄れていく影が映し出される。それがものの数分も経たぬ前には、人として数えられていたものが、今では物として捨てられていた。

「はい、いっちょあがり」

 少女は繰り返す。それが敵だと理解しているからこそ、引き金を引くことを止めはしない。推定狙撃距離は悠に七百を越えている。少女が引き金を引き、(やぐら)が軋む度に彼方で小さな音が戻ってくる。立ち上る屑煙。少女の狙い撃った兵士の身に着けていた手榴弾の暴発だった。少女は見てはいない。郊外とは言え、そこは町。敵兵の潜伏先は建物という建物の壁に覆われ、肉眼においての捜索は不可能。だが、少女は見ていた。生き残り、逃げ惑う住民の姿と、それを追う、少女にとっての敵として対立する兵士。それを少女は討つ。その場をまるで動くことをせず、ただ照準を合わせ、引き金を引く。単純にして明確な戦法、狙撃。だが、少女は異常であり、脅威であった。少女を守るものはいない。櫓には少女が一人。あるものは巨大な銃と背負う剣。ただ、それだけ。

「ヘリもいるんだ。相変わらず資金繰りは良いみたいだね」

 少女の狙撃に気づいたかは露知らず、一機の攻撃ヘリが向きを変える。

「あの辺りは遊撃部隊がいたんだっけ? 撃ち落とすのは向こう辺りかな?」

 少女はサイトの望遠レンズを弄る。町中にある小さな広場。少女の視線はそこを捕らえている。ヘリは前面を傾ける。進行方向に櫓は立つ。高台に作られた家を改装した簡易的な櫓。泥壁は少女が引き金を引く度に波動で崩れ、空にはその度に小さな土煙が上る。敵軍ヘリはそれを見つけたのだろう。ヘリの前方のチューンガンが光を放つ。

「良いよ。勝負だね」

 それに合わせて少女は弾倉を取り外す。そこへ銃の隣、少女の足元においてあるトランクケースから別の弾倉を取り出す。大きさが先ほどの数倍。もはや小銃用の弾ではない。対戦車及び航空戦力機関銃。その弾だった。だが、弾倉は問題なく装填される。おかしいのではない。少女の設置した銃が異常なのだ。小銃弾から機関銃弾まで取り込み、射出してしまう銃。

「狙撃の腕はこっちが上。ばっちり見えてるってば」

 サイトを覗く少女は、バルカン砲の軌道に合わせ、引き金を引く。空中に爆発が起きる。高射砲でもなんでもない、白の爆発。少女の耳に音の波紋が広がり、櫓共々少女の体が揺れる。。だが、少女は表情を変えない。目も口も鼻も動かない。ただ指先がかすかに動くだけ。振動で揺れるが、狂わぬ腕がチューンガンとのガンマンを相殺する。

「あははっ、不思議がってる。でも、本番はこれからだよ?」

 少女は一瞬の笑みを風の中に消し、目を細めた。サイトの向こうに映るものは、コックピット座る二人の男。その奥にもう二人いるが、少女にはどうでも良い。

「もう少しこっちにおいで。そこで落としたりしないんだから」

 ヘリは速度を保ち少女へ接近する。警戒しているのだろう。だが、少女は待つ。その下には住居があることを見越し、その先にある広場へ到達するまでは手を出しはせず、ただ木の葉から落ちる滴を待つように、見つめ続けていた。

「ターゲット……ロックオンッ!」

 その瞬間、少女は小さな指一本で引き金を引く。小さな体が反動に大きく銃ごと揺れる。櫓の周りには振動による埃が立ち、白く染まる。同時に空では爆発音が響く。かぜに流れる煙の向こう、少女のサイトの先には、進行していたはずのヘリが、安定を崩し機体を揺らめかせる。たった一発の銃弾。されどその一発にヘリは落ちる。

「良いよ、そのままそのまま」

 片目でサイトを覗く少女は、笑っていた。ローターの回転速度が落ち、機体前部には大きな穴。少女は立て続けに数発を放つ。コックピット前面のウィンドウが雪のように散った。その奥には鎮座する二人の兵士が背もたれに赤を残して身動きしない。搭乗員の兵士が操縦桿を握ろうとするが、少女は見逃しはしなかった。

「悪く思わないでね。こっちも、仕事、だから」

 少女は回転する機体の動きを読み、割れた前面に見える兵士を待つ。銃口からは白煙が消え、次弾を装填する音が櫓に轟く。

「じゃあね。次に会う時は戦争にも気づけない平和で愚かな世界だと良いね」

 少女は呑気な口調とは裏腹に、無慈悲に撃発する。軋む櫓。転がる薬莢(やっきょう)。少女の銃は口径が二十ミリの小銃弾から砲とされる三十ミリ弾すら易々と撃発する。少女の撃つヘリをも貫通させたものは、軍保持武類においては榴弾砲とされる、一〇五ミリ以上。その全ての弾を少女は、たった一つの銃から放つ。非現実でありながら、少女は現実にヘリを落とす。もはや対ヘリミサイルのように、打ち抜かれた攻撃ヘリは成す術はなかった。不気味な風切音を出したまま、ヘリは地上へローターで土を抉り、破損した。だが、火災も爆発も起きない。

「はい、終了っと。遊撃、聞こえてる? ヘリは撃ち落してあげたよ」

 手元の無線に少女は呼びかける。雑音の中から男の声が返ってくる。

《第三区画……殲滅、確認……助かったぜ》

 男の声は驚きと興奮に、笑っているようだった。

「ならさっさと他地域の援護に回って。残りは私が片付けるから」

《頼んだぜ……女……神さんよ》

 荒れる天候に無線が雑音の波を起こす。だが、屋根に身を置く少女は誰が死のうと生きようと興味を持たず、サイトから状況を見下ろしていた。ヘリへ救援など駆けつけるものはいない。

「第二強襲隊。そっちが最後。これから雨降らせるからさっさと退かないと死ぬよ?」

 少女が銃口を操る。標的は空。サイトが捕らえるは灰色の雲。少女はそこへ放つ。光が空を突き抜け、血に降り注ぐ。爆煙も悲鳴も上がらない。ただ、少女のサイトは敵の生体反応がなくなった。

「いっちょあーがりぃーっ」

明るく笑う長い黒髪の少女。後ろ髪を小さく二つに束ね、残りを後風に流す。少女には相棒が居る。背中に負う盾を負う剣。カスタマイズを繰り返し、歪にもなった超銃火器。剣は名を、盾の剣。銃の名を、トレイシェールマスタライズ。戦場の仲間はこの二つ。雇われの味も、次なるは敵。昨日の友は今日の屍。故に少女に戦友はない。だが、少女は孤独ではない。少女は孤高にして風。少女に授けられし神の名は、セフィア。サクラント・セフィア。天使と悪魔に愛される妖精。戦場に咲く、破壊と美貌の熾天使より受け継ぐ名。

「撃つよ」

《了解した》

 別の一個小隊に向け、少女は空へ銃を放つ。鈍角に空へ直進する無数の光は、やがての時を経て、地上へ降り注ぐ。少女には何も聞こえないし、見えもしない。だが、少女はトレイシェールマスタライズの銃口から絶えず銃弾を発す。薬莢が足元に散乱する。それを気にかけることもなく、新たな弾倉を装填した。

「五番街の三叉路ストリート。援護するから突破して」

《……大丈夫、なのか?》

 少女のサイトの捕らえる町の中のわずかな広がり。瞬間的に導き出した弾道で空へ放物線を描く少女の銃弾。だが、距離は七百以上はある。

「即射するから、二十八秒後にストリートの左端を通過して突破。やって」

 少女は問わない。ただ、行けと言うのみ。如何なるものの命令も聞かず、単独にて全てを把握している。

「じゃあ、行くよ」

 言葉を皮切りに、少女は新たな弾を空へ放つ。連射される爆音が銃口から光を放ち、薬莢の臭いが立ち込める。

「七、八、九、十……」

 撃発音に合わせてのカウント。解放された無線の向こう側でも同様にカウントが行われている。

「二十六、二十七、二十八、行けっ!」

 少女が叫ぶ。一点に集中して放っていた銃口を数十発ごとに狙撃位置を変える。その先に入るであろう味方が、安全に突破できるように。無線の向こうから少女の下へ無数の弾音が響く。昼間を染める白の光が銃口より噴出す。

《行け行け行けっ!》 

《怯むなっ! こっちには女神がついてるんだっ》

《マルクスが負傷したっ! 誰か手当てをしてやれっ!》

《右により過ぎるなっ! ケインッ! 手榴弾だっ》

 様々な声が少女に届く。

「良いよ、そのまま行っちゃえっ!」

 少女は聞きながら楽しげに笑う。自動式(フルオート)なのか、たった一本の指が戦場に悪魔の雨を降らせている。少女は女神ではないだろう、敵にとっては。だが、侵攻する味方には女神だった。

 少女の向ける銃口の先に、黒煙が数本昇る。手榴弾のものだろう。

《状況確認を急げっ! まだいる可能性がある、マイケル、ケイン、援護しろっ!》

交戦音が明確に減る。少女の耳にもそれは確認できる。

「そっち、状況は?」

 そこで少女は引き金から手を引いた。頭を振り、乱れた髪を揺らす。

《……敵、全滅。状況……終了……》

 警戒しながらも疲労した声が戻る。

「うん、よくやった。これで戦闘終結だよっ」

 少女は笑った。勝利に満ちた嬉しさの笑みで。そして少女は櫓の屋根の外に出る。風を吸い込んだ後に、無線に呼びかける。

「はい、みんな、こっち見てーっ」

 少女が無線で呼びかける。そこは櫓の外、町の見渡せる空の下。少女は立った。

「今をもって、この町は私たちのものになったよっ!」

 そして少女は雄たけぶ。背中に背負っていた、あり得ないほどに太く長い剣を空に片手で翳した。雲の切れ間から咲きこむ陽光が、その剣を煌めかせる。

《うおぉおおぉぉ―――っ!》

 無線から響く雄たけび。櫓の下の前線基地からも声が上がる。誰しもが歓喜に満ち、少女の掲げた太剣の光に勝利を宣言したのだろう。

「やっぱり勝つって気持ち良いねー」

 その声に少女は、初めて姿に相応なあどけない笑みで笑っていた。

「セフィア。よくやってくれたな」

 勝利は血の味に満ち、戦場から弾奏は消えた。

「お疲れ様。報酬は?」

「おいおい。せっかく戦況を一蹴したってのに、それが先なのか?」

 男は軍装。顔は迷彩化粧が雨に爛れ、腕には赤に滲む包帯がある。

「他は興味ないもん。とりあえず治めたげたんだから、払うものは払ってもらう。それが私たちとの契約でしょ?」

 少女は戦場に居るとは思えぬ装束。戦場において何より目立つ白。降伏を示す白。そのワンピース。男が屍臭を漂わせている中で、少女はフローラルに香り、夏の雲のように何一つその装束は他色に染まらない。

「司令部は?」

「ここは前線だ。本部なら、ここから百七十キロ先のハーベス準空基地にある」

「じゃあ、そっちに報奨金があるのね?」

「なぁセフィアよ。俺としてはお前みたいな可憐な女には、生残者に一つや二つ、言葉をかけてやって欲しいもんだが?」

 熱を失う銃火器をセフィアは分解する。丁寧に白いタオルで汚れを拭き取りながら。

「私の契約はラクス郊外の戦闘を早期終結に結びつけること。報奨金契約は千三百万R(ルース)。私を呼んだからには、契約に上乗せ条件が付加する場合は、これがいるの。と言うよりも、戦場の男って性欲に満ちてるでしょ。そんなところに私が立ったら襲われちゃうじゃない」

 セフィアが笑う。それはジョークでもあり、事実でもある。だからこそ、セフィアは笑って受け流し、自己の成果に対する見返りを求める。

「戦場なんて愚命の捨て場。生き残ることが当たり前。生きてるならそれで良いじゃない。私が生き残りに言葉、かけても良いの? 人殺しって罵っちゃうよ?」

 笑顔。戦場にはあまりに不相応な幼い笑顔。だが、男はその言葉にかすかに眉を動かす。その言葉に続く言葉は明確な罵詈雑言でしかない。そう読めたのだろう。

「さすがは、ロックオンバーディー、か。お前こそが銃そのもののようだな」

「動けるものが兵器なら、私は人間よりも兵器の方が好き。それだけだよ」

 セフィアが身の丈ほどの皮製トランクケースにトレイシェールマスタライズを仕舞い、背負っていた剣に花柄のケースを掛け、再び背負う。

「降ろすのを手伝おう」

「へぇ。戦場に紳士がいたんだ? 紳士なら逃げ出してると思ったのに」

 櫓には無数の薬莢が散乱する。セフィアはそれを片付けようとはしない。二人が歩く度に靴が軽やかに薬莢を蹴り、勝利の鐘を模す。

「契約上は前線指令区指揮官だ。それくらいは女神の為にして罰はないだろう?」

「そう。じゃ、お願いね」

 漂う火薬と血臭。郊外に家はなくなった。弾創痕に外壁は蜂の巣。建造物は戦車弾にことごとく破壊されていた。航空戦力による空爆に、人は人と言う形を亡くしている。兵士であろうと住民であろうと、その区別は何もない。あるものは既に人として数えられない物体。子を守ろうと背に無数の血筋を垂らしている母。だが、肉で銃弾は防げはしない。血と母であった物に挟まれる子は、母から貫かれた銃弾に倒れた。犬も猫も家畜も、全ては人により守られ、人により育てられ、人により殺される。星を支配する人間が星の小さな場所を奪う為に殺しあう。愚かでしかない場所に、少女は花のように咲いていた。幾多の屍を作っている者でありながら。

「…………っ?」

 セフィアの小さな手からトランクケースを受け取る男。表情に驚きとかすかな苦痛が彫られる。重音が櫓に響く。

「どうしたの? 早くしてくれない?」

 先に階段に足を下ろしたセフィアが振り返る。

「……気に、するな」

 男は先に降りていくセフィアの背中を、怖気を浮かばせて全身に力を入れた。

「化け物か、あれは……?」

 セフィアが軽々と持ち上げたケースを、男は青筋を浮かべながら、少女に追いつけない速度で階段を引きずった。

「ちょっと、いつまで待たせるわけ?」

 息を切らした指揮官が降りた頃、セフィアが指揮官の座に腰を下ろし、鏡に己が顔を映し出していた。

「これは、携帯、するも、のでは……ないだろ……」

 男の途切れる声に、セフィアは笑う。子供に相応な無垢の笑みで。

「あはははっ。何言ってるの? これが重いだなんて、力ないんじゃない?」

 椅子を立つセフィア。男が音を立て置いたケース取っ手に触れる。

「疲れてるんでしょ。早く愛する人の元に帰って抱いてもらいなさい」

 セフィアが男が全身を疲労させた旅行カバンのような皮トランクを、容易く片手で持ち上げた。男が言葉を呑んだ。

「それじゃ、私は次の現場と報奨金の受け取りに行くから。誰でも良いけど車ない?」 

 セフィアは片手に銃ケース、背中に大剣、そしてもう片手には流浪カバンがあった。少女には不相応な大きさのものばかり。見ている者の目が奇怪だ。だが、セフィアはカバンから麦藁帽子を取り出し被る。戦場を花畑とでも勘違いしている。男たちの目は物語っているが、セフィアは気に留めるだけ無駄なものは視界に取り入れない。

「この状況下では残骸に阻まれるだろう。調達したヘリがある。用意させよう」

「どうでも良いけど早くして。次の戦場の時間もあるから」

 次の戦場。セフィアのその言葉に基地に戻る心身疲労困憊の兵士の表情が凍りつく。今しがた一戦場を治めたばかり。人が殺しあう戦争とは疲労が尋常ではない。殺す恐怖、殺される恐怖が常時接している。前線にて敵を殲滅する目的は双方同意。だからこそ、終結を迎えた後は、その緊張が解ける。

張り詰めすぎる恐怖は人を壊す。人間の区別がつかなくなり、足音一つが、小石を蹴る音すら身体に突き刺さり、本能の一つ、反射を以って銃を構え、撃つ。その繰り返し。

だからこそ、戦場を経験した人間は、一般生活を取り戻すことに苦労を要する。差はないのだ。ただ、そこに銃があるかないか。並びに、そこが安寧の地か否か。それだけで人は恐怖と混乱を履き違える。だが、少女は違う。日常生活と同じように洒落た衣を纏い、戦場との区別に歪を持つ。疲労はない。ちょっとした用事を済ませて、次の目的地へ移動する。ただそれだけでしかないのだ。

「それにしても最近は依頼が多くて困っちゃうね」

 割りには笑い声が響く。セフィア以外、誰も笑みを浮かべられるものはいない。

「まぁ、その分は随分儲けさせてもらってるんだけど」

 戦場において死者を冒涜することも、懺悔することも、誇ることも全ては罪。起きることこそが罪と罰であり、セフィアは一言たりとも後言を発しはしない。だが、その笑みは嘲笑。生き残ることに命を掛けたものたちへの嘲笑だった。

「お前、何とも思わねぇのかよ? 何人こっちも死んだと思ってんだよ」

 そこへ一兵士の怒の感情がかかる。だが、セフィアの鋭い視線が男を容易く射抜く。

「あのさ、私、敵しか殺してないんだけど? 住民にまで被害を出してるのはそっちじゃない。人に言う前に負傷者、生存者の捜索に出るべきでしょ? 自分たちが勝ったら何人殺したで英雄? 何機撃墜したかでエース? 馬鹿じゃないの? 所詮は犯罪者でしょ、あんたたち。それが嫌ならやるべきことをする。私の契約はここまで。でも、あなたたちのするべきことは、これからでしょ? ならさっさと行動に移れば?」

「それは、お前もだろうがよっ」

 兵士は疲労に労いも無く嘲笑され、セフィアに詰め寄る。

「あたしは自覚してる。だから兵士しか殺さない。それが戦争であって、終結に結びつける契約だから」

 セフィアは言い放つ。無の感情を以って。その言葉は自身の溢れ。絶対的信条において守られし少女の戦術。それは軍にはない責任の孤独。セフィアの言葉に兵士が唇を噛む。

「止めておけ。彼女は俺たちに勝利をもたらした。住民にも被害を出すことなくだ。言っていることに誤りは無い」

 先ほどの指揮官の男が止めに入る。セフィアが満足げに肯く。その時、上空に三機の軍用輸送攻撃ヘリが姿を現す。ゲリラが持つには勇壮な代物だ。そして、ただ一人の少女を指令本部へ送り届ける為だけに三機。その待遇は誰もが唖然とするしかない。

「じゃあね。次に会う時は敵かもしれないから、空と壁際には気をつけたほうが良いよ。私の銃弾はどこにいても貫いちゃうから。その体を、ねっ?」

 あはは、と、セフィアが指で作る鉄砲で一人の兵士の胸に「バーン」と冗談めかして指を胸から空へ上げた。ただそれだけのことでしかない、子供の冗談だが、この場においてそれは、撃たれた兵を始め、セフィアの加担した軍の人間に怖気を走らせた。

臨時へリポート一機が降りてくると、セフィアは搭乗員に導かれ、ヘリ機内へ入った。すぐに上昇を開始するヘリは、そのまま前線基地から遠のく。夢が覚めるように静けさが増した。

「何なんだよ、あいつ……」

「あれは、戦場に咲く冷花だ」

 指揮官の言葉に兵が男を見る。

「戦場において冷酷こそが勝者になる。あれはただそれを実行する兵器も同じだ。人の温もりなど知らぬ哀しい奴だろう。だが、成果は保障つきだ。敵にすれば恐ろしいがな」

 指揮官の言葉に、兵士たちは空を見送っていた。


閲覧ありがとうございました。


この作品は、自分の中では続編を描いてますが、とりあえずはここまでで終わらせることにします。


評価などを見て、続きを連載するか判断したいと思いますので、評価・感想をいただければ幸いです。

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