5話
「なるほど。それは確かに言いづらいよな……」
姫宮の秘密を聞き、俺は納得した。周囲の人間が、自分のことをどう思っているのかが、分かってしまうのだ。そして、この秘密を知られれば、姫宮は周囲の人間からすれば、恐怖でしかないはずだ。その事が分かっていたからこそ、なかなか話し出さなかった。話し出せなかった。
言葉の暴力というものがあるけれど、きっと言葉には出さずとも心の中で、怒りをぶつけている人間は少なくないはずだ。そんな憎しみのようなものが、姫宮には聞こえてくる。言葉だけでなく、心までもが暴力を奮ってくる。それは、とても辛いものだったはずだ。
「センパイやっぱり変わり者って言われません?」
そうだった。姫宮が今言ったばかりではないか。
俺が今思っていることも、姫宮には聞こえているのだ。
「変わり者でもないし、姫宮の話を聞いたからって変わるつもりもないよ」
「信じてくれるんですか?」
「心の声を聞けば分かるんだろうけれど、ここは敢えて口に出すよ。俺は姫宮を信じる」
しかし、今まで俺は姫宮の前でどんなことを思っていただろうか。なんだか、恥ずかしいことを思っていたような気もするし、思っていなかったような気もする。
「ありすです」
姫宮は突然、自分の名前を口にした。俺にはなんの事だか、理解出来ない。
「ありがとうございますの略です。私の口癖なんですよ」
「感謝の言葉を略してるんじゃねえよ。やはり、お前への対応は変えた方が良さそうだな」
俺の純粋な気持ちを返して欲しい。こいつ多分大して困ってないだろ。困り果ててないだろ。
「困ってるのは本当ですよ? ただ、センパイとの時間はなるべく楽しいものにしたいんですよ」
そう言われて、悪い気はしない。というか、自然に心の声を拾われるから、なんだかそれが当たり前のように感じてしまう。ひょっとすると、このまま俺が話さずに、姫宮が俺の心の声に返答していたら、周囲からは姫宮が俺に無視されつつも、必死に話を続ける少女にしか見えないのではないだろうか。
「やめてくださいよ。そんなことしたら、私が可愛いじゃないですか。あっ間違えました。可哀想じゃないですか」
どんな間違いだ。しかし、まあ確かにそれだと俺まで最低な男として見られてしまうからな。やめておこう。
「え? それならセンパイ喋らなくてもいいですよ! 」
「お前、俺が最低な男として見られるためなら自分が変に思われてもいいのかよ!」
「……」
姫宮は急に黙り込んだ。しかし、俯くわけでも、視線を逸らすわけでもない。姫宮の瞳はじっと俺を見据えている。
「おい。どうした?」
「あっセンパイは私の心の声が聞こえないんでした。ごめんなさい」
この子もうこのままでもいいんじゃないだろうか。なんか今の状況楽しんでるみたいだし。
「嫌ですよ。どうにかしてくださいよ」
「じゃあ、もう少し困ってるような雰囲気を出せよ」
「分かりました。困ってます」
秋瀬はそう言うと、 困ったような表情を浮かべた。しかし、とても不自然でわざとらしかった。
「とは言っても、心の声が聞こえるっていうのは治るものなのか?」
「治るとは思います。何も生まれつき心の声が聞こえたってわけじゃないんです。ある日突然、そうなった、そうなってしまったんです」
生まれつきだったとなれば、今まで15年以上の期間苦しんできて、もうそれが1種の能力のようなものになってしまうが、ある日突然だとすると、それには何らかの原因があるかもしれない。まあ、どちらにせよ、姫宮が苦しんできたことには変わりないわけで、その事実に対して、期間がどうこうというのは、関係ない。
そして、姫宮は言い換えた。そうなってしまった、と。望むべくしてなったわけではない後悔の言葉。そこにはきっと何らかの原因がある筈で。
「原因、原因ですか。私が人を知ってしまったからでしょうか」
「人を知ってしまった? それってどういう意味だ?」
「すみません。言いたくありません」
姫宮は目を伏せて、俯いた。今まで、苦しみながらも、笑顔を絶やさなかった姫宮から初めて笑顔が消えた。
「そっか。そういえば、忘れてたけど、もうゴールデンウィークなんだよな」
何かを考えるわけでも、思うわけでもなく、俺はそう呟いていた。
「それがどうかしたんですか?」
「いや、せっかくのゴールデンウィークだし、楽しまないと損だなって思って。遅くてもいい、ゆっくりでもいい、姫宮が話せるようになったら、またこの話をすればいい」
この話はここで一旦お終い。これが結末というわけではないけれど、姫宮はまだ悩んだままだけれど、無理矢理終わらせるよりは、良い判断だっただろう。