4話
翌日。というか、デート当日。待ち合わせは午前9時に学校近くの公園。休みの日にまで早く起きるはめになるとは思いもしなかった。おかげで少し眠い。どうして、公園なのかを姫宮に訊ねてみたところ、どうも人混みが苦手のようだ。なんにでも、すぐに順応しそうなだけあって、それを聞いた時は衝撃だった。今の時刻は、午前の8時50分。約束の10分前。俺は既に公園に到着している。公園には、俺以外の姿は見当たらなかった。とても静かでなんだか落ち着く場所だった。
「待ち合わせか……」
俺は、無意識にそう呟いていた。待ち合わせにはちょっと嫌な思い出がある。だけど、今更、そんなことを考えていてもなんの意味もない。
俺が今生きているのは現在であって、過去では無いのだから。
しばらくして、姫宮がこちらに走ってきた。
人混みでないだけに、知り合いが近付いてきたら、すぐに分かる。
俺は姫宮に姿を見て、少しだけ安堵する。
「センパイ、ごめんなさい。待ちましたか?」
俺が待っていた時間はほんの10分程度。こんなものは俺にとって待ったとは言わない。1時間掛かっても2時間掛かっても、直接文句を言うつもりはない。
「待ってない」
「ふーん、センパイって変わり者って言われません?」
姫宮は考え込むようにしてから、そう訊ねる。
変わっているのは、姫宮や秋瀬であって俺は変わっていないと思う。一般的、普通、冴えないという言葉が俺ぐらい似合う人間はあまりいないだろう。最後の方は自分で思ってて悲しくなってきた。
「言われたことないな」
「変態ってセンパイって言われません?」
逆になってる。逆になってる。
正しくはセンパイって変態って言われません?だろう。それとも、変態なのは確定なのか。俺は姫宮の前で、変態的な事をした覚えはないんだけれど。ちなみに、姫宮以外の前でも、した事はない。
「人を変態呼ばわりするな」
「センパイ呼ばわりしてるんですよ」
そう言うと、センパイが悪口みたいに聞こえるからやめて。これから、センパイって呼ばれる度に、ああ、この人は今俺を蔑んでるんだな、なんて考えたくない。
「人をセンパイ呼ばわりするな!」
「じゃあ、なんて呼べばいいんですか? 青山?」
「せめて、さんをつけろよ……」
「失言しました」
とても失礼な後輩だった。そして、失言の仕方が酷い後輩だった。しかし、姫宮だったからこそ、こんなにも打ち解けて、現在デートという形で話をすることも出来ているのも事実。普通なら、こうはいかないだろう。そう考えると、姫宮の警戒心や防衛本能が少しばかり、不安になってくるけれど、そんな心配を俺がしてもあまり意味がなさそうだ。
「ところで、センパイ。今日の私について何か言うことはありませんか?」
スルーしていたのに、まさか相手から言ってくるとは誤算だった。今日の姫宮はいつもとは印象が少し違った。流石に、休みの日に制服は着てこないだろうから、服装に多少の変化があることには目をつぶろうと思ったけれど、まさか、白のワンピースを着てくるとは思わなかった。それに若干化粧もしているようで、頬はほんのり赤く、逆に唇の赤みは薄い。肩まで伸びた黒髪もいつもより艶がある気がする。
正直言って、可愛い。しかし、そんなことを言ったら、この後輩は調子に乗るに違いない。
「なんか、いつもとは違う装備だな」
「可愛いって言って貰えて嬉しいです」
「どんな都合のいい耳してるんだよ……」
姫宮には何を言っても、都合のいいところだけ抜き取られそうだ。不都合は認めない。きっと彼女はそんな人間なのだろう。
「じゃあ、センパイに服を褒めて貰えたところで、どうして私がセンパイの名前を知っていたのかでしたったけ?」
「おっ話してくれるのか?」
正直諦めていたのだが、どうやら話してくれそうだ。
「そういう約束ですから。言っても信じないと思いますけれど……」
「それは聞いてみないと分からないな」
言わなければ、言われなければ、相手に伝わらないことだってある。分からないままでは、知らないままでは、いつまでたっても何も始まらない。
「じゃあ言います」
姫宮は深呼吸してから、笑顔ではない真剣な表情でこう告げた。
「私は、視界に入った人の心の声が聞こえるんです……」
その言葉が、俺の心に深く染み渡った。