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キミの心  作者: 小日向ライ
第3章夏色小春
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35話

「それで、なんであたしがこの子に読み聞かせをしてあげないといけないわけ? そもそもこの子もう高校生なんでしょ?」


 当然と言えば当然の疑問を雪代が浮かべてくる。本当に巻き込んでしまって申し訳ないとは思うけれど俺が読んだところで面白くもない時間が繰り広げられるだけだ。雪代にはさらに嫌われてしまうことになるかもしれないけれど、こはるの記憶に影響を与えそうなのは現時点でいるメンバーの中では雪代がダントツだろう。といっても、俺か雪代しかいないのだけれど。


「こいつ、記憶がちょっと欠けててな。読み聞かせをすれば記憶が戻るかもしれないんだ」


「ふーん、記憶喪失ってわけか。でも、それってあたしである必要はないと思うんだけれど」


 その通りなんだが、たまたまいいところに雪代が現れたからと言うわけにもいくまい。何と誤魔化すのが正解だろうか。誤魔化そうとしている時点で正解なんてものはないようにい思うけれど、俺の行いは何も変わらず正しくないように感じるけれど、今はこの場から雪代を逃がさないことを第一に考えるべきだろう。


「悪い。今度なんか埋め合わせするからさ」


「じゃあ、世界奢りね」


 奢りのスケールがでかすぎる。普通こういうのってジュースとかで済ませるものなんじゃないか。何にも興味なさそうにしていて、世界征服とか目論んでいるタイプか。どこの世界の住民だよ。


「さすがにそいつは無理だ。別のを考えといてくれ」


「はあ。考えるのも面倒だよ。まあ、読み聞かせするぐらいなら別にいいや」


 どうやら、引き受けてくれるらしい。俺のことを嫌いと言いつつも、こういうことに協力してくれるあたり、雪代はいいやつなのかもしれない。それとも、意外と年下に甘い人間なのだろうか。そう思いながら、俺はこはるのほうに視線を送り。


「よかったな、こはる。この人が読み聞かせしてくれるみたいだぜ」


「あ、ありがとうございます」


 少し戸惑いながらもこはるは感謝の言葉を口にする。初対面だから、仕方がない反応と言える。人見知りとかしなさそうだけれど、おそらく本能がそうさせているのだろう。


「その本を読めばいいんだろ? 絵本みたいだしそんなに時間も掛からないでしょ。あそこのベンチで読むことにするよ」


 そう言って、雪代が近くのベンチを指差す。焦っている様子は見せないけれど、台詞から察するに早く終わらせたいのだろう。引き留めてしまったことを悪く思いながらも、ベンチのほうへと向かう。


「それで、何か思い出せたわけ?」


 絵本を読み終えた雪代はこはるに対してそう訊ねた。俺もこはるを見てみるけれど、考え込んでいる様子は見せても何かを思い出したという感じではない。


「何かは思い出せそうなんですけど……その、ごめんなさい」


「そっか、まあ記憶がすぐに戻ることのほうが珍しいからね。謝るほどのことじゃないさ」


 少し残念そうな表情をしながら、雪代がそう言った。そして、用事を済ませた雪代がこの場から立ち去ろうとする。用事が済んだからと言って、切り替えが早すぎる。しかし、元々雪代の予定の邪魔をしたのは俺なのだから、何かを言える立場にはない。そのまま、この場を立ち去る雪代を目で見送っていると、突然背後から大きめの声がした。


「あ、あの!!」


 その声の主の正体には確かめずとも気付けた。こはるだった。こはるのその声に反応して、俺も雪代もこはるのほうを向く。


「なに? まだなんかあるの?」


 面倒臭いという気持ちを隠そうともせずに、だるそうに雪代が訊ねる。雪代の気持ちが分からないというわけではない。むしろ分からないのはこはるが雪代を止めた理由だ。もしかすると、何か思い出したのだろうか?そうではなかったとしても雪代にはこはるに対して優しく接してほしいものだ。これはただの俺のわがままでしかないんだけれど。


「もう一つだけ試したいことがあって……」


「どんなことを試したいのかは知らないけれど、だからそういうのはあたしである必要がないでしょ?」


 早く面倒事とはおさらばしたいという雪代の意思がひしひしと伝わってくる。最初の頼みを聞いてくれただけでも、雪代はいつもよりは寛大だったと言える。ここから先は俺がこはるの頼みを聞くべきかと、そう決意したところで。


「青山先輩にされるのは少しというかかなり嫌なことなんです」


 俺の決意は早々に打ち砕かれた。心の痛みに耐えながら、俺は雪代とこはるの会話の間に横槍を入れる。


「こはるも何か思い出せそうな感じだし、もう一度だけ協力してくれないか?」


「あんた、嫌がられてんのによく平然としてられるね。したくもない尊敬をしてしまいそうだよ」


 そう思うなら、俺に対する対応をもう少し改めてほしいものだ。雪代も大概である。この場合は別に尊敬されても嬉しくはないけれど、尊敬に値すると思ったときは素直に尊敬してくれてもいいとは思う。


「嫌われたり、嫌がられたりされるのに慣れてるだけだよ」


「そんなのに慣れてる顔見知りの話なんて聞きたくなかったよ……」


 ならば、せめて友達とぐらいは言ってほしかった。顔見知りってほとんど赤の他人扱いされてないか?そこまで考えたところで、こはるが蚊帳の外になっていることに気付く。


「あんたのせいで、人見知りのこの子が話せなくなってるじゃん」


「雪代のせいでもあると思うんだが。こはる悪かった。話を続けてくれ」


「あっはい。えっと、青山先輩にされるのは少しというかかなり嫌なことなんです」


 そこから続けるのかよ。話を続けろとは言ったけれど、誰も俺を傷つけろとは言っていないんだけれど。


「はあ、仕方ない。沈んだ船だ。あたしはなにをすればいいんだ?」


 それを言うなら乗りかかった船だ。沈んでいるのは船ではなく俺の心と雪代の気分だ。もっとも、雪代はただ単に面倒というだけだろうけれど。


「あの、その……」


 こはるが先の言葉を口にするかどうかを迷うこと数秒。意を決したこはるが放ったその言葉は。


「こはるを抱きしめてほしいんです!!」


 俺はその言葉の意味を理解するまでに少々の時間を有した。雪代から再び間抜けな声が漏れるのではないかとも思ったが、さすがの雪代もこれには驚いて声も出なかったようだ。否、驚くというよりも雪代は呆れ果てた表情を顔に浮かべていた。

 




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