34話
ついに放課後。俺はこはるが危なっかしい真似をしないように、こはるの教室へと向かった。どうやら、間に合ったようでこはるはまだ教室に残っていた。俺は教室の前でこはるが出て来るのを待つ。何人かの生徒が俺を見ては不思議そうな顔をして去っていくけれど、気にしていてはだめだ。確かに上級生が教室の前に立っていたら不思議に思うよな。
「あれ? 待ち合わせは校門前じゃなかったでしたっけ?」
教室から出てきたこはるが首を傾げる。
「やっぱりちょっと不安になってな。こうして迎えに来たってわけだ」
「こはるに会うのが待ちきれなくて自分からやってきた?」
随分と都合のいい耳をしている。まるで有栖のようだ。まあ、あながち間違えてはいないから無駄な掘り下げはやめておこう。
「そう思ってくれて構わないよ。とりあえず、図書館に向かおうぜ」
本を読みたいというこはるの願いを叶えるべく俺はそう口にする。願いと言ってもこれは俺が無理やり言わせたようなものなのでこはるにとっては割とどうでもいい事柄なのかもしれないけれど。付き合い方を変えたほうがいいと蛍は言っていたが今更どのように変えればいいのか分からない。しかし、それは蛍の意見というだけであって必ずしもそれが正しいとは限らない。だから、俺は俺のやりたいようにしたいようにすればいいだけだ。
「いきなり、本題に入ろうとするなんてあなたはせっかちですね」
「お前にだけには言われたくないよ」
俺は早く帰る為に窓から飛び降りたりはしない。そこまでのせっかちは見せない。真実を言うなら、思ったとしても恐怖心やらが邪魔して、ストッパーとなって俺にそんな行動をできなくしているのだけれど。こはるにはそういったストッパーがないのだろうか。死への恐怖心とかないんだろうか。1度死にかけたというなら、恐怖心とかは強まりそうなものだけれど。そういえば、死にかけたというなら、もう1つこはるにはおかしな点があったのだった。怪しい点があったのだった。
「そういえばこはるって事故に遭ったんだよな? そのときの傷ってどうしたんだ?」
「よくこはるが事故に遭ったことを知っていますね。公の場でしか言っていないのに。傷なんてものはこはるの再生力をもってすればすぐに治りますよ。そもそも、あんなものは傷ですらありません」
公の場で言えばそりゃあ広まるよ。というか、どれだけの自然治癒力だよ。まさか、殺人鬼ではなく吸血鬼なのか?だとすると、それは殺人鬼よりも凶暴な気がするけれど。しかも地味に太陽を克服して学校に通っているし。死にかけになるほどの傷が傷ではないなら、いったいどういうのが傷にいなってくるんだろう。
「こはる、ちょっと、あーんって口を開けてくれないか?」
「え? こ、こうですか?」
こはるが大きく口を開く。俺はその口の中を覗き込む。はたから見れば奇妙な2人組で奇異な視線を向けられそうなものだけれど、幸い今は周囲に人の姿はなかった。口になかを見ても吸血鬼の特徴とも言える牙はなかった。これ以上眺めていると、こはるに変態のお眼差しを向けられるだけでなく、雪代と間接キスをしたことを思い出しそうなので眺めるのをやめる。
「特に問題はないな。どうやら、吸血鬼ではないらしい」
「何をどう勘違いしたら、こはるが吸血鬼ってことになるんですか? こはるは由緒正しきれっきとした人間です。そもそも、問題とか以前に吸血鬼とか世代が違うじゃないですか」
不老不死なのだから世代なんてものは関係ないと思うけれど、こはるの言う通り現代に吸血鬼なんてものが存在していたらそれこそ事件だ。さすがに思考が現実離れしすぎてしまったようだ。もっとも、俺が現実から離れてしまったのは思考ではなく世界のほうだった気がするけれど。あれはあれで不思議な体験だった。そんなこんなで俺たちは図書館についた。
「今から中に入るけれど、図書館だからあんまり騒いだりしたらだめだぞ?」
「がってんです!」
いろいろと不安になる相槌だったけれど、中に入ると意外にもこはるは大人しくしてくれていた。厳密に言うと、本の多さに圧倒されて言葉が出ないという感じだったけれど、結果は大して変わらない。なぜか、辞書を手に取ってあまりの字の多さに難しい顔をしている。
たくさんある本の中で1番最初に選ぶ本が辞書とはどうしてそうなったと言いたいところだけれどここはこはるの好きにさせておくほうがいいだろう。
次にこはるが手に取ったのは絵本だった。それを抱きしめて俺のもとに近づいてくる。
「それを借りたいのか?」
こはるがコクンと頷く。騒ぐなとは言ったけれど大人しくなりすぎな気がする。いや、本来は大人しい性格だったんだっけ?とりあえず、俺は受付までその本を持っていって本を借りた。大人しめな女の子(事故に遭う以前のこはるもこんな感じだったのだろうか)から小さな声で2週間後に返してくださいと言われたけれど、そのときはこはるに行かせよう。
そして、俺たちは案外あっさりと図書館を後にすることとなった。
「それでは、この本をこはるに読み聞かせてください」
図書館から出るや否やこはるがそんなことを言ってくる。
「なんで俺なんだよ、自分で読めばいいだろ」
「かつて誰かに絵本を読んでもらっていたような気がするんです。お願いします」
それはたぶん小さいころに母親に読んでもらっていたとかじゃないだろうか。記憶を思い出すにしてもそんなに幼いときの記憶から思い出そうとしているとはそんなに母親の読み聞かせが良かったのだろうか。そうなると、どっちにしろ俺に代役は務まりそうもない。
そこで、まさにグッドタイミングと言わんばかりに雪代が俺たちの前に現れた。
俺は雪代に近づいていき、話しかける。しかし、俺が近づいた分雪代が後ずさったので、距離は最初と変わっていないのだけれど。
「雪代、頼みがある」
「嫌だ」
即答された。まだ、内容を言っていないのだが。というか、凄く睨まれている。
やはり、あのお茶を素直に飲んだことで軽蔑されたのだろうか。
「あんたに2回も会うとか。今日はついてない」
「俺はついてるけどな」
「あんたについてるのは、運じゃなくて悪霊かなんかでしょ」
悪霊に憑かれていると感じるまでの不幸体験をした覚えはないのだけれど、否、しているのかもしれない。俺がそう思わないようにしているだけで。
「で、なんかようなわけ?」
不機嫌そうに雪代が首を傾げる。
「ああ、夏色こはるって知ってるか?」
「誰?」
俺以外にも噂を知らない生徒がいたようで、なんだか雪代に対して無意識に仲間意識や親近感のようなものが芽生えてくる。まあ、雪代からすればそんな気持ちは枯らしたくて仕方がないだろうけれど。だから、この気持ちは俺の心の中に静かにとどめておくことにする。
「この少女のことなんだがな」
そう言って、俺の背中に隠れているこはるに視線を送る。意外に人見知りをするタイプなのか?それとも、単純に雪代が怖いだけか。
「その子がどうしたわけ?」
「この子に絵本を読み聞かせしてあげてほしいんだ」
「は?」
初めてといってもいいかもしれないほどに間抜けな雪代の声が俺たち3人の空間で飛び回った。




