2話
昼休み。飲み物でも買おうと思って、教室を出て、廊下を歩いていると、異変に気付いた。
最初は、気の所為だと思っていたのだけれど、
気の所為では無いらしい。
疲れている、というわけでもなさそうだ。
むしろ、疲れているのではなく、付けられていた。
後ろを振り向くと、そこには、明るい笑顔を浮かべる女子生徒の姿があった。
というか、姫宮有栖だった。
「センパイ、また会えましたね」
「いや、偶然会ったみたいに言ってるけど、俺には必然だったようにしか思えないんだけど……」
「その言葉は、私たちが運命の赤い糸で結ばれているという解釈でよろしいでしょうか?」
よろしくありません。ダメです。
俺との出会いを、そんなにロマンチックに表現されても困る。
そもそも、今回の場合はたまたま出会ったと言うよりも、会いにきたの方が正しいだろう。
なぜなら、姫宮は俺が教室を出てからずっと俺についてきていたのだから。
「そういうのいいから、何しに来たんだよ」
「イライラ。あっ、間違えました。いやいや特にこれと言って要件があるというわけでもないんですけれどね」
凄く失礼な間違い方だった。女子の裏の顔を垣間見たような気がする。
しかし、 よくよく考えてみると、姫宮とここで会えたのは丁度良かったかもしれない。
どうせ、後で聞きたいと思っていたことだ。
今ここで聞いてしまおう。
「そういえばさ、どうして姫宮は俺の名前を知っていたんだ? 俺姫宮の前では、名前を言ってなかったよな?」
「あー。いうえおー。何の話だか、私分からないです」
「分かりやすい誤魔化し方するなよ……」
だけど、この態度もなんだか偽物のような気がする。
「ふー。センパイは何でも分かってしまうんですね……」
「いや、さっきので分からなかったら単なるバカだろ」
「いえ、私が言っているのはそういうことではなくてですね……」
言って、姫宮は呆れたというふうに溜め息をついた。
どこまでいっても失礼な後輩である。
「センパイ、お願いを聞いてもらってもいいですか?」
「ちょっと待て。なんで俺が質問してたのに、その質問に対する答えが要求になってるんだ。まず先に、名前を知っていた理由を教えろよ」
「そこそんなに気になりますか?」
気になる。もしかしたら、俺の名前が隠れて取引なんてされていたら、大変だ。
まあ、そんな最悪な事態には、なっていないんだろうけれど。
姫宮は俺の顔を見ると、クスリと笑った。
俺と姫宮が出会った時、いきなり笑ったように。
そして──────
「私のお願いを聞いてくれたら、なぜ、私がセンパイの名前を知っていたのかも教えますよ。秋瀬先輩は分かっていたようでしたけれど……」
秋瀬は知っていた?
だけど、俺が秋瀬に姫宮の話をした時は何も言っていなかった。もしかして、秋瀬は敢えて話を逸らしていたのか。
「秋瀬が分かっていたっていうのはどういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。そんなことよりもお願いを聞いてくださいよ。それとも、センパイにはこう言った方がいいですか? センパイ、助けてください……」
姫宮は頭を下げた。その行為は偽物だとは思わなかった。これが本当の姫宮有栖なのだろうか。
年下の可愛い女の子に助けて欲しいと頼まれて、求められて、断れる男子高校生なんているのだろうか。
俺はしばらく考えて、口を開いた。
「いいよ」
しかし、この言葉は間違っていたかもしれない。口から出た言葉はもう取り消せない。
今更、後悔してもなんの意味もない。
「それじゃあ、センパイ明日土曜日じゃないですか? デートしましょ!」
「え? デートってさっきの話とは全く関係ないと思うんだけれど……」
「関係あります。デートしながらでないと話せないようなことなんです」
姫宮はにこやかな笑顔を浮かべた。
この状況、普通の男子高校生の反応としては、可愛い後輩とデートを出来るのだから、喜ぶのが正しい反応なのだろう。
だけど、俺は素直に喜ぶことは出来なかった。
トラウマが蘇る。
「やっぱり俺は姫宮には協力出来ない」
どうしようもなく、情けない言葉が出た。
1度承諾したことを取り消すなんて最悪な行為だろう。
「センパイ、私から逃げられると思ってるんですか?」
姫宮は動揺することも無く、そう言った。
確かにこの子は、俺がこの場から逃げたとしても、いつまでも俺を追いかけてきそうな気がする。
もしかしたら、これはチャンスなのかもしれない。過去を乗り越えるチャンス。
「お前からは逃げられそうにもないな。分かった。デートに行けばいいんだろ?」
「はい。私を助けることは誰にでも出来ますけれど、私はセンパイに助けて欲しいんです。だから、絶対に逃がしませんよ?」
何とも勝手な都合だ。でもそれが俺にとって不都合というわけではなかった。
「ところで、センパイはどこに行く予定だったんですか?」
忘れていた。飲み物を買いに行く途中だったんだ。
「飲み物でも買おうと思って。なんなら、姫宮にも奢ってやろうか?」
「え? いいんですか!? センパイ、大好きですー」
とても安っぽい愛を頂いた。
普段の俺だったら、他人に飲み物を奢るなんてことはしなかっただろう。まあ、妹になら、よくアイスを奢らされてるけど。
そんなことを考えながら、俺たちは自販機へと向かった。