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キミの心  作者: 小日向ライ
第3章夏色小春
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26話

家に帰ると、珍しく結が俺に話しかけてきた。

普段、会話をしないというわけではないけれど、基本的に結は俺の事を嫌っているので、結から話しかけてくることはあまりない。だから、蛍への恩返しをしたいと結が言ってきたときは本当に驚いた。


「おかえり、お兄ちゃん。あれからしばらく様子を見てきたけれど、どうやら蛍さんでもだめだったみたいだね」


「なんだよ、いきなり。蛍がどうかしたのか?」


時々、結は分からないことを言う。蛍でもだめだったとはいったいどういうことだろうか。結は基本、感情が表情にでないタイプだから、表情からは何も分からない。


「私なりの優しさの話だよ。とりあえず、少しだけ話したいことがある。いいよね?」


「急にどうしたんだよ。結らしくもないな」


視線だけで、結が座れと指示してきたので、俺は素直に椅子に座る。結は冷蔵庫からアイスを取り出してきて、机の上に置く。その後に、結も座ったかと思うと。


「らしくもない、ね。私はお兄ちゃんのそういうところが嫌いなんだろうね」


「どうして俺はいきなり妹に罵倒されてるんだ?」


最近、嫌いと言われる頻度が多い気がする。

結と、雪代と、今日出会ったこはる。そういえば、蛍も俺のことが嫌いって雪代が言ってたな。そして、あいつか。


「ねえ、お兄ちゃんは恋愛とかしないの?」


「え?」


突然、結から発せられた言葉に驚く。

結の口から恋愛なんて言葉が出てくるなんて、今日は本当に珍しい。逆に不吉で怖い。


しかし、結は恋愛という言葉にそこまでの関心があるわけではないようで、いつも通りの無表情でアイスを淡々と口に運んでいる。


「言い方が悪かったかな。お兄ちゃんは彼女とか作る気はないのかって話なんだけれど」


「彼女ね。今はまだ作る気にはなれないな……」


そもそも、そんな相手が今の俺にはいない。


「彼女じゃなくてもいいけどさ、心の支えみたいなものはあった方がいいよ」


妹の話は何もかもが唐突で突然だ。兄として恥ずかしい限りではあるけれど、妹の話している内容がほとんど理解できない。それはただ俺が理解しようとしていない。あるいは理解したくないと思っているだけかもしれないが。


「心の支えって言うなら、結。俺にとってはお前がそうだ」


心の支えでいいと言うのなら、別に彼女じゃなくても、家族でもいいのだ。しかし、母親は病気で他界し、父親は俺のせいと言えば、俺のせいではあるけれど、なかなか仕事から帰ってこない。だから、現状心の支えとも呼べる家族は結のみとなる。


「私、お兄ちゃんのこと嫌いなんだけれど」


「嫌いでも構わないさ。嫌われていようと好かれていようと、結が俺の家族なことに変わりはない」


父親を嫌っている俺が言うのもなんだけれど、少なくともこれから先、俺が結を嫌いになり、家族だと思わなくなるなんてことはないはずだ。結がどんなに俺を嫌っていたとしても、俺にとっては、可愛い妹であることは間違いない。


「私が愛すことができるのはアイスだけだけれどね」


人に彼女、もしくは心の支えとなるものを作った方がいいと言ったものの台詞とはとても思えなかった。


「別に上手くはないぞ? ていうか、愛するものを食ってんじゃねえか」


「アイスってさ、私に似てると思わない?」


頬杖をつき、どこか遠くを見つめるようにして、結が訊ねてくる。


「どこがだよ……冷たいところか?」


俺には、それぐらいしか浮かばなかった。


「私が冷たいのはお兄ちゃんにだけだよ。他の男にはキャッキャウフフな対応をしてるよ」


特定の人物に対してだけ冷たいアイスなんて俺の知識の中には乗っていなかった。つまり、結とアイスは全く似ていないということになる。


「想像できねえ……てか、他の男に色気を使ってる妹の姿なんて絶対に見たくねー」


結の容姿は整っていて、可愛いというよりはクールな印象が強い。もし、普段クールな結が可愛らしい仕草などを取れば、1部の男子にはギャップ効果というやつで、喜ばれるかもしれないけれど、兄としてはなんだか気まづい。


「嘘だけどね」


表情筋を動かさずして、結が告げた。

それにしても最近、嘘をつくことが流行っているのだろうか。エイプリルフールはとっくに過ぎているはずなのだけれど。


「嘘だったら嘘だったで、教室の隅で1人読書にふけってるってことになるわけだろ? そんなの俺は嫌だよ」


「どうして、色気を使わなかったら、私が1人になること前提なのかはともかくとして、アイスと私が似ているところはいくつかあるけれど、1つは甘いところかな」


想像するべきではないのだろうけれど、クラスの子に、話しかけられて、何かしらの辛辣な言葉で相手の好意を裏切る結の姿が容易に想像できてしまうのは、やはり俺がおかしいのだろうか。


そんなことよりも、アイスのくだりがまだ続いていたことに驚きだ。しかし、改めて考えると、クールな印象が強い結はアイスに似ているのかもしれなかった。


「お前のどこが甘いんだよ。塩もびっくりするほどの塩対応じゃねえか」


冷たいという俺の答えならまだしも、甘いというのは納得できない。そもそも、冷たいもそうだけれど、アイスの甘いと結の言う甘いは意味合い的に別のものだろう。


「目の前に見えているものが真実とは限らないでしょ。意外とお兄ちゃんのことが好きだったりして」


特に感情を込められることもなく、言われた好きという言葉。そこで、俺は新たな発見をした。感情が込められていないと、普段ならドキッとしてしまいそうな言葉だったとしても、何も感じられないというとてもつまらない発見だった。


「好きなのか?」


感情を込められていない時点で、大体の予想はつくけれど、もしかしたらということもあるので、一応訊いてみる。


「ううん、嫌い。これからもずっとお兄ちゃんを嫌いでい続けることを誓う」


訊いて後悔する。さすがに、ここまでの厳しい言葉が返ってくるとは予想できなかった。というか、俺は未だにどうして結にこんなにも嫌われているのか分かっていないんだが。性格とか関係なしに、体が受けつけないとかだったら改善のしようがない。


「そんな誓いたてるなよ……さすがに傷付くぞ」


「だからさ、お兄ちゃんも私のことを嫌いになっときなよ」


そう言って、結はアイスを少し見てから、そのアイスを口に運んだ。


「それは無理だな。お前がいくら無愛想で生意気でも俺は実の妹のことを嫌ったりなんてできない」


嫌いになれと言われて、すぐに嫌いになれるほど、俺の心は万能ではない。だから、結が困っていたら、力を貸すし、結が泣いていたら、慰めるだろう。たとえ、嫌われていたとしても、俺は結を好きでい続ける。それが俺にできる兄としての振る舞いだと思っている。


「……ふーん、このアイス美味しいなー」


結は、棒読みでそう言うと、アイスを食べ始めた。もう、こちらを見ようともしてくれない。


「興味無くすなよ……」


この後夕食もあるというのに、よくアイスを食べられるものだ。俺はおとなしく夕食の準備に取り掛かることにした。


結がどうして今日こんな話をしたかは分からないけれど、とりあえず、今は夏色小春のことが気になる。


「明日は休みか」


俺は後で、とある人物に電話を掛けてみることにした。




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