24話
目を覚ますと、まず最初にどこか懐かしさを感じる天井が目に入った。眠たい目を擦りながら、辺りを見渡す。そこは私の部屋だった。あの世界に行く前に、私がいた部屋。私が眠ったベッド。ふと、目覚まし時計を見る。時間は私が眠る前からさほど経っていなかった。不思議な体験だった。勇人くんは無事この世界に戻ってこれただろうか。先程までそばにいた人物の顔が脳裏に浮かぶ。
携帯の液晶画面を眺めながら、連絡しようかどうか迷う。だけど、連絡するにしてもなんと切り出せば良いか思い浮かばない。しばらくの葛藤の末、明日確かめれば良いと断念。
すると、携帯から着信音が鳴り響いて、体が無意識にビクッと震えた。液晶画面を覗いてみると、そこには青山勇人という名前が映し出されていた。心配してかけてきてくれたのだろうか。
気付くと、電話に出てしまっていた。
「も、もしもし?」
「あっ繋がったってことは無事帰れたってことでいいんだよな? そっちは特に問題ないか?」
やはり安否確認の連絡だったようだ。勇人くんが無事帰れたことが分かりほっとする。あのままあの世界に残してしまったなんてことになっていたら、謝るだけでは済まされない。
「うん、問題ないよ。ごめんね、色々と迷惑かけちゃって……」
「迷惑だなんて思ってないよ。蛍が無事ならそれで良いんだから気にするなって。時間もこっちの世界じゃほとんど変わっていなかったしな」
勇人くんはどこか自分から厄介事に首を突っ込むところがある。それで大抵の事は迷惑とは思わなくなってしまったのだろうか。声からは怒りなどの感情は感じられない。もしかしたら本当に迷惑だとは思っていないのかもしれない。
そして、時間の経過。私たちはあの世界でほとんど1日の時間を過ごしてしまったけれど、こっちの世界では時間はほとんど進んでいなかった。時間の経過が違う場所があるというのを何かの本で読んだ気がするけれど、まさか自分がそれを体験することになろうとは思いもしなかった。
「ありがとう」
今の私にはお礼を言うことしかできなかった。今度、私の奢りでどこかに食事に行くというのも悪くないかもしれない。
「ああ。明日学校でな」
「うん。また明日」
電話が切られて、部屋に静寂が訪れる。少しの間だったけれど、とても有意義な時間だった。
それだけに、終わったあとは寂しさも残る。
特に意識することもなく、机の方に視線を動かすと、そこであるものが目に飛び込んできた。
勇人くんから貰った髪留めだ。そのそばまで近づいていって、手に取ってみる。
「せっかく貰ったから明日付けていってみようかな……」
髪留めを持ったまま、洗面所まで足を運ぶ。
鏡と向き合って、髪留めを前髪に付ける。
鏡には、期待と不安が入り混じる自分の顔が映っていた。
「やっぱり似合わないよね……」
私は髪留めを外して、洗面所の棚に置いた。
そこからは、自分がどうしたのかはあまり覚えていない。夕食に何を食べたのかさえ、思い出せない。そもそもケーキを食べた後に夕食を食べられたのかも怪しい。
それだけ今日は色んなことがあって色んなことに疲れてしまったのだ。
次の日の朝、支度をそこそこに整えて、私は学校へと向かった。今度はちゃんと私の感情もあって、人もたくさんいる学校に向かう。
時間的に言えば、そんなに経っていないとは思うけれど、久しぶりに学校を楽しみだと感じられる気がする。今の私には、楽しさも喜びも悲しみも、しっかりと感じられるのだ。しばらくはこの戻ってきた感情を大切にしようと思う。
そして、落ち着いたら、いつか勇人くんに告白しよう。叶わないかもしれないけれど、振られてしまうかもしれないけれど、私はまだ諦めない。だから、今はこの片想いの時間を、幸せな時間を、じっくりと味わいながら過ごそう。
もし、振られたとしても、私が笑っていられるように。
教室に入って、席に着くと、私は先に席に座っていた勇人くんに挨拶をした。
「おはよう、勇人くん」
「ああ。おはよう」
挨拶を返して、勇人くんが私を見て何か気付いたかのように、きょとんとした表情を浮かべる。そして、優しく微笑んだ。
「蛍、その髪留め似合ってる」
私はきっとこの言葉を期待して、今日髪留めを付けてきたのだろう。可愛いと思ってもらいたくて、褒めてもらいたかったから。感情を失ったぶんその反動も大きいのかもしれない。ただ、似合ってると言われただけなのに、本当に些細で何気ない一言なのに、その言葉がこんなにも嬉しい。
「ありがと……」
思うように声が出ずに、緊張しながら、感謝の言葉を呟く。これでひとまずは私の恋の物語は区切りがついた。これから先、私がどのように恋愛を進めていくのか、そんな未来のことは分からない。恋愛には明確な正解というものが存在しない。だから難しく、こんなにも迷い、こんなにも悩むのだろう。もしかしたら、私はこの時点で間違っているかもしれないという可能性もあるわけだ。
それならそれで構わない。私にとっての幸せは勇人くんが幸せになることだ。彼が幸せならきっと私も幸せなのだろう。




