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キミの心  作者: 小日向ライ
第2章秋瀬蛍
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23話

好きな人の体温が心の芯まで伝わってくる。この世界が私の望んだ結果として存在するのなら、温度感覚や痛覚などの感覚はこのときのために、あったのかもしれない。ただの夢なら、ここまでの感動を覚えることはなかったはずだ。ずっとこのままでいたくて、離れたくない。

自分がここまで欲望をあらわにしたことが今まであっただろうか。隠されてきた本能に驚く。


「自分でも分からないの……どうして私が泣いてるのか。こんなことをしたいと思ったのか」


勇人くんの胸に顔を押し付けるようにして、呟く。


嘘だ。本当は分かっている。怖いから。嫌だから。この時間が終わってしまうのが。だけど、これ以上進んだら、今の関係さえも終わってしまいそうで進むことができない。


「気にしなくていい。確かにびっくりはしたけれど、蛍が何かに苦しんでいたのは分かってたから……」


耳に、優しくて温かい声が届く。


こんなときでも、どんなときでも、いつだって彼は私に優しく接してくれた。その優しさがとても大好きで、とても大嫌いだった。あまりにも残酷で、あまりにも無責任だった。最初は私のことが好きだから優しくしてくれるのかなんて、乙女的なことを考えて、すぐに気付いた。

勇人くんは誰にでも優しくて、誰でも助けようとするのだ。恋愛感情で人を見ていない。

だからすぐに理解した。この人が私を振り向いてくれることはないんだな、と。


「勇人くん、すごく、とってもすっごく温かい。実は、私ね。この世界に1人でやってきたことがあるんだ……そのときはきっと心のどこかで寂しさを感じていたんだと思う……だからね、2回目この世界に来たとき、勇人くんがいて今回は1人じゃないんだってほっとしたの」


真実を打ち明ける。今さら、隠し事なんて意味がない。


「そっか。教えてくれてありがとな。俺も蛍がいてくれてちょっと安心した」


「うん……うん……自分を騙し続けて、他のみんなを騙し続けてごめんなさい」


誠心誠意込めて謝る。きっとこんなことを勇人くんに言ってもなんのことかはっきりとは分からないだろう。しかし、今はとにかくこの世界に後悔や未練を残したくはなかった。だから嘘はつかない。


「1人で戦おうとしたんだよな? 気付いてやれなくてごめんな……」


力強さは感じるけれど、どこか優しく温かい手が私の頭を撫でる。


少しは責められることも覚悟したが、それは杞憂だったようだ。怒ることなく、勇人くんは私を温かい心で包み込んでくれる。


「ううん。勇人くんは手を伸ばしてくれていたのに、私がそれを拒んじゃったから……だから悪いのは私」


もっと早く頼っておけばよかった、と過ぎ去ってしまった時間のことを考える。そうしたら、勇人くんは全力で私を助けてくれたかもしれないのに。都合のいいことだとは分かっていてもそう思わざるにはいられない。


「誰にだって隠したいことの1つや2つあるさ。今回は拒まれたとしても俺がもっと頑張るべきだった。何もしてやれなかった……」


悪いのは私なのに、勇人くんはそれでも自分を責める。その表情がとても悲しげで、罪悪感が芽生えてくる。私を助ける義務なんてないはずなのに、まるで、助けるのが当たり前かのように勇人くんは考えている。


「でも、私は今すっごく幸せだよ」


腕を勇人くんの後ろに回して思いっきり抱きしめる。好きな人が1番近くにいる感触を味わい、胸の辺りがとても熱くなる。


「俺はなにもできてないよ」


俯いて、勇人くんが呟いた。


「こうやってそばにいてくれてるだけで、私は幸せなの。だから、あとちょっと……」


「ああ」


あと少しで、いつも通りの私に戻らなければならない。だから、今の時間をしっかりと噛みしめる。時間が経つにつれ、切ない気持ちになるけれど、離れたくないと思ってしまうけれど、覚悟を決めながら、私は残された少ない時間を堪能した。





「このケーキしょっぱい」


しばらくして、落ち着いた私はケーキを1口食べた。しかし、甘いはずのケーキがなんだか酸っぱく感じる。きっとこれは、流した涙のせいだろう。


「俺のは甘いぞ……」


勇人くんはげんなりした表情をして、ケーキを見つめていた。


「勇人くんも泣いたら?」


冗談混じりにそう言ってみせた。自虐的と言ってもいいかもしれない。


「嫌だよ。恥ずかしい」


視線を窓の方へと向けて、私を見ないようにする。その素振りが可愛らしかった。


「私だけ辱めを受けてるなんて納得いかない」


もう少しだけ動揺するかどうか期待しながら発した。実際は、私が勝手に片想いして、その想いを伝えられずに泣いただけなんだけれど。


「それだと、俺が何かしたみたじゃないか」


「してくれたらいいのに……」


勇人くんを若干睨み気味に見て、頬を膨らませてみた。分かっている。可愛くない自分がこんなことをしても意味がない。


「蛍は可愛いんだから、気軽にそんなことを言うなよ……世の中には変なやつもいるんだぞ」


自然と、なんの不自然もなくでた可愛いという言葉が私の心に響く。その瞬間、全身がとっても熱くなって逃げ場のない感情に襲われる。


「うっ、うわー!」


どうしようもない感情を、勇人くんに物理的にぶつける。グーで勇人くんを叩いた。結構強めに。


「痛い。痛いって」


勇人くんが手で防御する。ポカポカなんて可愛い叩き方は私にはできなかったのだから仕方ない。




「眠くなってきたな」


壁に寄りかかって座る勇人くんが呟いた。

私はその隣に座っていたので、勇人くんの呟きは割とすんなり聞こえてきた。

どうやら、はしゃぎすぎて疲れてしまったらしい。高校生になったとはいえ、所詮私たちはまだ子供ということだろう。


「うん、そだね」


相槌を打つ。


「蛍の言う通りになるんなら、寝たら元の世界に帰れるんだよな」


「おそらくね。この世界とももう少しでおさらばかー」


寂しくて、切ない気持ちはあるけれど、始まりがあれば終わりがくる。認めて大人しく帰るしかないだろう。勇人くんにももう十分迷惑をかけた。自分がやってきたことを思い返すと、この世界でのことを忘れてほしい気持ちと、忘れてほしくない気持ちで複雑に絡み合う。


「誕生日を祝うぐらいしか、できなかったな」


正確には誕生日ではないのだけれど、ここでそれを言っても仕方ないだろう。


「やっぱり裸で走り回るぐらいはした方が良かったのかな?」


人がいないときにできることの代表として、やるべきだったかどうかを勇人くんに訊ねる。

当然、これも冗談で裸で走り回るなんて恥ずかしい真似は絶対にしたくない。


「それは俺がいないときにやってくれ……」


想像したのだろうか。少しだけ顔が赤い。


「えー。勇人くんがいないと意味ないよー」


「意味なんかわざわざ作る必要なんてないだろ」


「そうだね」


しばらくの沈黙。何かないかと考えてあることを思いつく。


「ねえ、1人だけ帰れないなんてことにはなりたくないから手を繋いでてもいい?」


これがこの世界での私の最後のわがままだ。

好きな人の手を握りながら、眠れるなんてとてもロマンティックだ。


「あー。それもそうだな。いいぞ」


勇人くんは特に表情を変えることもなく、受け入れてくれた。


「ありがと……」


私は勇人くんの手を握る。そして、改めて思う。私はこの人のことが好きなんだ、と。届かない想いでも、叶わない恋でも、構わない。

この人のことをずっと好きでいられるのなら、それだけで幸せだ。


睡魔が襲ってきて、自然と瞼が閉じる。

肩に重みを感じた。温かく、優しい重み。

私はその重みの方に身を傾ける。本当に私はこの人に恋をしてよかった。


「おやすみなさい」


この幸せな時間をくれてありがとう。


さようなら。私の世界。













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