19話
「秋瀬センパイ、見てください! このショートケーキ凄く美味しそうですよ」
目の前に置かれたショートケーキを見て目を輝かせながら、姫宮さんは、そう言った。考えてみれば、私と姫宮さんが直接、2人だけで話すというのはこれが初めてのことになる。別に、避けていたというわけではないけれど、姫宮さんの件は、勇人くんが解決したことであって、私は何もしていない。だから、私から話しかけにいくというのもおかしな話だと思い、私からは特に繋がりを持とうとしなかったのだ。
「それで、私にただお礼を言うためだけに、私をこのお店に誘ったっていうわけではないんだよね? どうしたの?」
「早速本題ですか……どうしたの? はこちらの台詞ですよ」
姫宮さんは、ショートケーキを口に運び、美味しそうに味わった後、再び、口を開いた。
「秋瀬センパイ、私は今、怒ってるんですよ?」
姫宮さんは頬を膨らませて、こちらを睨むように見る。
「怒る? 怒ってたの? どうして?」
姫宮さんがどうして怒っているのかは分からないけれど、誰に怒っているのかは理解できた。
いや、本当はどうして怒っているのかも理解できているかもしれない。姫宮さんの性格がよく分からないので、まだ確信を持って言えるというわけではないだけで。
「怪しいなと思ったのは、秋瀬センパイの心の声が聞こえなくなっていることに気付いたときです。最初はそんなこともあるのかとそこまで気にはなりませんでしたが、日が経つにつれ、秋瀬センパイの様子が少しずつおかしくなっていることに気付きました」
見られていないようで、よく見られているものだ。姫宮さんの疑うような視線に、怪しむような視線に気付いていなかったというわけではないけれど、まさか、そこまで観察されているとは想像もしなかった。
姫宮さんは、訴えかけるように、先程よりも声を大きくして話し出した。とは言っても、冷静さを失ってはいないようで、他の客の迷惑にならない程度の、声量だった。周囲を確認してみるけれど、誰も私達の話に耳を傾けようとしているものはいない。
「……秋瀬センパイ、何か悩みがあるなら私に話してください! 解決はできなくても、終わらせることはできなくても、話を聞くぐらいのことなら私にだってできるんですよ?」
「やっぱり今の私っておかしいのかな?」
自分が他人からすると、どのように見えているかは、自分ではよく分からない。私にとっては騙せていたつもりでも、姫宮さんにとってはそうではなかったということだろう。
「普通に近くにいた人なら、気付くレベルかと。気付かないのは、勇人センパイぐらいです」
そこまでのものだとは気付かなかった。
それにしても、勇人くんは酷い言われようだった。何も悪いことはしていないはずなのに、こうも責められるのは珍しい。勇人くんのことを嫌いだと言っていた私が言うのもなんだけれど。
しばらく、姫宮さんに聞くべきかどうかを考えて1つの質問を投げ掛けてみることにした。
「じゃあさ、絶対に叶わない恋を自分がしているって分かったら……姫宮さんならどうする?」
恋の話が出るとは思っていなかったのだろう。姫宮さんは意表を突かれたような表情を浮かべた。
「恋……ですか。私なら告白しないまま、片想いのまま終わると思います……」
これは、予想外の返答なのではないか。姫宮さんのことだから、すんなり告白しそうなものだけれど。いや、あの問題の後だ。おそらく、人間関係に対して慎重になっているのだろう。
「どうして想いを伝えないの?」
ある程度の予測はついていたけれど、本人から直接聞く方が早いと考えて、私はそんな疑問をぶつけた。
「いくつかありますが、1番はやっぱり怖いからでしょうか。振られるのが、今の関係が崩れてしまうのが怖いからです。振られるくらいなら、傷付くぐらいなら、ずっと片想いの方がいいと思いませんか?」
やはり、過去の出来事がトラウマになっているのだろう。だから、もしも気持ちを伝えてしまえば、また、過去の時のように離れられてしまうかもしれない。姫宮さんはきっとそう思ったのだろう。
「もし、その人が誰かと付き合って、それを傍で見ることになっても?」
意地悪をするようだったけれど、心の声が聞こえていた少女がどんな答えを導き出すのか単純に気になった。これは正真正銘私の感情かもしれなかった。
「なってもです。私が好きな人の1番好きなところは困っている人がいたら、悩んでいる人がいたら、助けようとする。そんな優しいところなんですよ……だから、もし彼女がその人にできたとしても、あの人はまた人を助けたんだなって知ることができて幸せな気分になれると思うんです。もしも、私が告白したとして、その人が私の告白を受け入れてくれて、私を優先してくれるようになったら、私はその人の1番好きだったところを失ってしまうかもしれない。そうなってしまうと、少し寂しいじゃないですか……」
つまりは、姫宮さんは好きな人が誰かを助ける姿を見守っていたい。その邪魔をしたくないということだろう。何故だか、その気持ちは分からないでもない。
「そうだね……分かったよ。有栖ちゃん、ありがとう」
私は、特に何の感情も込めることなく、込めることができずに、そう発していた。だけど、そんな私を見て、姫宮さんは。
「あっ名前……嬉しいです。蛍センパイ頑張ってください」
とても嬉しそうにしていた。きっとこの子はいい子なのだろう。純粋で、いい子だったからこそ、人に裏切られたときのダメージも大きかったに違いない。
「何も頑張ることなんてないんだけれど」
「そうかもしれないですね。でも、蛍センパイを見てると、勇人センパイに言われたことを思い出します」
「勇人くんに言われたこと?」
一体何を言われたのだろうか。姫宮さんは何かを思い浮かべているようだった。きっと、勇人くんに何かを言われた時のことを思い浮かべているのだろう。
「あの日、あのとき、勇人センパイに言われたんです。感情をなくすことはできない。感情は人からは切っても切り離せないものなんだからって……その通りだと思います。今の蛍センパイは心を軽くすることはできているかもしれないけれど、やっぱりどこかに迷いのようなものが生じているんです」
姫宮さんも、結ちゃん同様、私の秘密に辿り着いたようだ。確かに勇人くんの言う通りかもしれなかった。苦しくはないけれど、悲しくはないけれど、私はどこかで戦っていた。伝わってこないだけで、きっと心は傷付いていたのだろう。
「勇人くんそんなことを言ってたんだ。だとしたら、もし、私が勇人くんにこのことを言うと怒られちゃうかもね」
「多分、怒らないと思いますよ。あの人、ちょっと変わってますから」
「確かに」
姫宮さんと2人で笑いあう。喜びや嬉しさは感じてはいないけれど、伝わってこないけれど、私はきっとこのとき、ちゃんと笑えていたのだと思う。
ここまで読んでくださりありがとうごさいます。
キミの心はまだまだ続きますので、今後もよろしくお願いします!




