18話
「それで、蛍。雪代と何を話してたんだ?」
やはり、ここは、私も合わせて、下の名前で呼んだ方が良いのだろうか。別に、何かが特別になるというわけでもないし、そうしておこう。
「うーん勇人くんが気にするようなことでもないよ? ガールズトークみたいな感じ」
「ガールズトークから俺のことが嫌いなんて言葉が出てきたと思うと、怖すぎるんだが……」
これは失言だった。あまりに自然に発された雪代さんの言葉をすっかり失念してしまっていた。とは言っても、確か、ガールズトークは男子のいるところでは絶対に話せない女子の本音を語るものだった筈だ。だから、案外、ガールズトークに対して、恐怖心を抱く勇人くんは間違えていないのかもしれない。
「とにかく、なんでもないよ」
私がそういったところで、綺麗な声音が背後から聞こえてきた。
「女子だけの会話の中身を聞きだそうなんて、相変わらずデリカシーの欠片もありませんね。センパイは……」
振り返ると、そこには姫宮さんの姿があった。他クラスに平然と入ってこられる姫宮さんもまた、雪代さん同様、心の芯が強いようだ。姫宮さんの心が強いのは、よく知っているから、大して驚いたりはしないけれど。
「今日は俺が罵倒される日なのか?」
「今の私はもう、センパイの心の声は聞こえませんが、センパイが私と秋瀬センパイをいやらしい目で見ていることだけは分かります」
気付かなかった。女性は男性の視線に敏感だとは言うけれど、私はそうではないらしい。
やはり、私が姫宮さんの問題を解決することができたのは、たまたまだったようだ。だけど、今回の私自身の問題の解決方法も分かってはいるのだけれど。いや、問題ではなかった。だから、解決する必要もないんだった。
「いやいや、見てない見てない。俺はお前らのことをそんな目で見たことなんてない」
全力で首を振って否定する勇人くん。だけど、ここはクールに平然と否定しなくては、全力を出されると、逆に怪しく思えてしまう。
「見苦しいですよ、センパイ。大人しく罪を認めてください」
「用がないなら、帰ってくれよ……」
勇人くんが疲れた表情を浮かべる。だけど、姫宮さんはとても楽しそうだった。偽りでしかなかった彼女の笑顔は今は本物のものへと変わっていた。
「なんですか! 命令ですか! パワートリートメントで訴えますよ!」
パワートリートメントでどうやって訴えるのだろうか。おそらく、パワーハラスメントと言いたかったのだろう。
「命令じゃない、お願いだ。お前の髪をサラサラにしたなんて罪で捕まってたまるか」
姫宮さんの髪は艶があって綺麗だった。私も一応、髪の手入れに気は遣っているけれど、ここまで綺麗にはならない。
「私はちゃんと用があってきたんですよ。秋瀬センパイあのときは秋瀬センパイにもお世話になりました。だから、今日の帰り、スイーツでも食べに行きませんか?」
どうやら、姫宮さんは私に用があったらしい。
特に感謝されるようなことはした覚えがないけれど、せっかくだから、ここは誘いに乗っておくべきだろう。
「うん、そういうことなら、ぜひ」
「やった! 先日はお礼ができなかったので良かったです」
先日は、確か、姫宮さんは敢えて来なかったはずだけれど、今更そんなことを気にしていても、無駄だろう。そもそも、姫宮さんは私に気を遣って来なかったのだろうし。まあ、そんな気遣いもまた無駄で無意味だったわけだが。
「俺はあんまり甘いものは好きじゃない……」
勇人くんがそう呟く。
「センパイは誘ってないです」
姫宮さんが冷たい言葉で突き放す。勇人くんがその言葉を聞いて落ち込む。恩人と言うならば、私よりも勇人くんに感謝すべきだと思うのだけれど。
「それなら、久しぶりに結にアイスでも買って帰るか……」
「結ちゃん、喜ぶと思うよ」
私が言うと、勇人くんは怪訝そうにこちらを見てくる。変なことを言ったつもりはないのだけれど。
「あいつ、喜ぶのか? アイスを買ってこいとは言われるけれど、喜んだ顔なんて1度も見たことないんだが……」
どうやら、兄に対しては、喜びの感情を隠しているようだ。しかし、頼まれて買ってくるあたり、勇人くんらしい。というか、完全に利用されている気がする。
「照れ隠しだよ。きっと」
「俺もそう思って、結にツンデレなのか? って聞いたら、私がお兄ちゃんにデレることは一生ないよって言われた。できればあまり関わりたくないとも……」
結ちゃんは何を考えているのか、私にも分からない。しかし、勇人くんのことを心の底から嫌っているという感じではなかった。だから、きっと関わりたくないという言葉は嘘なのだろうと思う。
「センパイ、妹さんに何かしたんですか?」
姫宮さんが勇人くんを軽蔑するような目で見つめる。
「実の妹に、手を出すわけないだろ」
「手を出すっていう言い方がもう怪しいです……」
姫宮さんは、自分の身を守るように、後ずさりして、勇人くんとの距離をとる。
「本当に何にもしてないからな?」
もし、勇人くんが何かをしようとしても、結ちゃんなら無表情のままで、撃退できそうなので、私はそういった心配をしていない。
「さて、私はそろそろ自分の教室に戻りますか。秋瀬センパイ放課後忘れないでくださいね?」
「うん、分かったよ」
「おい、なんかタイミング的に俺から逃げるみたいになってないか? 」
どうやら、姫宮さんに冷たくされるあまり、勇人くんの心は傷付きやすくなっているようだ。
私とは違って。私とは対照的に。
「カンガルーですよ、センパイ。あっ間違えました。考えすぎですよ、センパイ」
「ない! その間違いだけは絶対にない!」
「待ち構えました」
「何をだよ! カンガルーか? カンガルーなのか?」
その勇人くんの疑問の答えを返すことなく、姫宮さんは去っていった。こうしてみると、意外と、勇人くんがツッコミというのも納得がいく気がする。さて、私は姫宮さんと放課後にスイーツを食べに行く約束をしたわけだけれど。してしまったわけだけれど。一体姫宮さんは私と何を話したいのだろうか。
読んでくださりありがとうごさいます。
よろしければ、感想、評価をして頂けると幸いです。




