14話
青山くんたちにとっては楽しみであり、私にとっては問題の日曜日が訪れた。
今ならまだ、体調が悪いなどのテキトーな嘘をついて、避けることはできたかもしれないけれど、結ちゃんというイレギュラーな存在がいる以上、下手な策にでるべきではないだろう。
私は、家を出て、待ち合わせ場所へと向かった。
「おはよう。秋瀬」
待ち合わせ場所に着くと、 背後から、青山くんの声が聞こえてきて、振り返る。どうやら、私よりも先に到着していたらしい。何故かは分からないけれど、待ち合わせに遅れることはあまりしたくないようだ。
そして、そこに結ちゃんの姿がないことに疑問を感じる。
「おはよう。青山くん。あれ? 結ちゃんは?」
「ああ、なんか後で合流するらしい。あんまり俺とは一緒に歩きたくないんだと……」
妹に言われると、落ち込む台詞をなんの迷いもなく、言えてしまえるのが、結ちゃん。
まあ、青山くんは嫌われているように感じているかもしれないけれど、私からすれば、その言葉は結ちゃんなりの優しさのような気がする。
私の予想が正しければの話だけれど。
「そっか。じゃあ、とりあえず後は姫宮さんだけだね」
「ああ、あいつもなんかこれが私なりの恩返しです、なんて意味の分からないことを言い出して欠席するって電話があった……」
姫宮さんも不器用だった。おそらく、自分がいない方が私が楽しめるなんてことを思いついたのだろう。しかし、その厚意は青山くんを傷つけることになってしまった。
まさに今、彼は、 もしかしたら、避けられているのではないかという自己嫌悪に陥っている。
「じゃあ、2人っきりなんだ?」
少しでも、青山くんが元気を取り戻せるように、私はそばにいるという意思表示を送っておく。 前の私にとっては、非常に嬉しいシチュエーションだっただろう。緊張して、こんなことも言えなかったかもしれない。しかし、今の私は心ここに在らず。何も感じない。
「そう言われれば、そうだな。秋瀬と2人っきりで出掛けるなんて夢にも思わなかった」
青山くんは笑って、そんなことを言った。
私は何度か夢に思ったことはあるけれど、それは叶わない夢、届かない夢だと思っていた。まさか、こんな形で夢が実現してしまうとは、皮肉な話だ。
「それじゃ、まずはどこに行こうか?」
「っと、その前に1つだけ言わせてくれ。秋瀬、服、似合ってる」
青山くんは少しだけ顔を赤らめて、すたすたと歩き出した。私はそれを追いかける。
前までの青山くんなら、きっとこんなことは言わなかった。姫宮さんと出会ったことで、青山くんも変わったのだろう。
しかし、私は特にお洒落をしてきたつもりはないのだけれど、褒められるとは思わなかった。
それを喜ぶことができないのは、非常に残念なのだろうけれど、喜ぶこともせずに、私は考える。誰かに褒められたときは、確か。
「ありがとう」
そして、特に目的があるというわけでもなく、私たちはショッピングモールの中をぶらぶらと歩いてみることになった。
「これなんか秋瀬に似合いそうじゃないか?」
「えー、そうかなー?」
青山くんが1つの髪留めを指差し、私に意見を求めてくる。確かに可愛いけれど、こういうのは私よりも、姫宮さんや結ちゃんの方が似合いそうな気がする。
「ああ、強そうだ」
明らかに、商品を選ぶ時の基準がおかしかった。もう一度、髪留めに目をやるが、どの辺が強そうなのか、私には分からなかった。
「じゃあ、青山くんが付けてみたら?」
「いや、冗談だ。やめてくれ。俺のキャラが崩れる」
確かに、クールな方の顔立ちの青山くんには似合いそうもない。結ちゃんが付ければ、似合いそうなものだけれど、きっと嫌がるだろう。
「それなら、せっかく青山くんがおすすめしてくれたものだから、試しに付けてみようかな?」
私は、前髪のところまで、その髪留めを持っていって、青山くんに見せる。商品タグが付いたままなので、それが少しだけ目の前で揺れている。
「……どう?」
「よし、買おう」
即答だった。自分が今、青山くんの瞳にどのように映っているのかは見えないので、自分では似合っているかどうかは分からないけれど、迷いなく、そう言えたところから、おそらく、見れないほどではなかったということだろう。
「買うの?」
「ああ、いつも世話になってるからな。俺からのお礼だと思って受け取って欲しい」
そのお礼に愛が含まれているかは分からないけれど、普通の人なら、好きな人からのプレゼントなんて嬉しくて堪らなかっただろう。
きっと以前までの私もそのはずだった。
「分かった。じゃあここは素直に甘えておこうかな」
「決まりだな」
そう言って、青山くんはレジの方まで向かっていった。私は、その間にさっきから気になっていた人物の元へと向かう。
その人物が座っているベンチの隣に腰掛けて、口を開く。
「合流するんじゃなったの?」
「秋瀬さんのために、気をつかってるんですよ。どうですか? 楽しめていますか?」
結ちゃんは、丸いカップに3段のアイスが乗った美味しそうなアイスを食べていた。とても彩り鮮やかに見える。
なんだか、結ちゃんの口の中からパチパチ音がしているのが気になるけれど。
「私が楽しめないことを分かってるんじゃないの?」
「ええ、分かってますよ。だから、早くお兄ちゃんに相談して欲しいんですけれど。姫宮有栖さんでしたっけ? あの人もきっと気をつかって欠席したのでしょうね。あの人のことをお兄ちゃんは有栖なんて下の名前で呼んでいるので最初は彼女か何かかと思いましたよ」
確か、青山くんはトラウマがあるとかなんとかで、彼女は作らないなんてことを言っていたような気がする。つまり、私がいくら姫宮さんに嫉妬していようと、嫉妬していなかろうと、結末は変わらないのだから、楽な方を選ぶことができた私の判断は正しかったのだろう。
「私が、青山くんに相談しても、結末は変わらないでしょ?」
「本当にそう思ってるんですか? 私は秋瀬さんの行動次第では、秋瀬さんの想い次第では、最悪の結末にすることも最高の結末にすることも可能だと思ってるんですよ。お兄ちゃんに助けを求めれば、きっとあなたを助ける。困っている人が、悩んでいる人が、目の前にいるのなら、必ず助ける。それが私の兄なんですよ」
「変わらないよ。定められた結末が変わることなんてない。それに、私は困ってないから。悩んでいないから。だから、青山くんに助けられる必要なんてない」
「……」
結ちゃんは私から視線を逸らして、アイスをパクパクと食べ始めた。しばらくして、アイスを全部食べ終えると。
「困っていなくても、悩んでいなくても、気付いて欲しいとは思っているんじゃないですか? 見て欲しいとは思っているんじゃないですか? それは今のあなたには分からないかもしれない。だけど、あなたの本心はそう思っていると私は確信を持って言える」
これだけの言葉を、結ちゃんはいつもの無表情で淡々と発した。
私の本心。それは既に私が捨ててしまった心だ。失ってしまった心だ。もうどこにもない。
「そうだといいね」
「秋瀬さん、人の心は案外、美しいものなんですよ」
そう言って、結ちゃんは私から離れていく。
人の心が美しいとは言うけれど、私の心はこんなにも汚い。こんなにも醜い。
歩いていた結ちゃんが足を止めて、振り返る。
そして──────
「あっ忘れてました。お兄ちゃんの下の名前は勇人ですよ?」
結ちゃんは満足したように今度こそ、去っていった。
そんなことは知っている。知っていて当たり前だった。
一体 何を勘違いしたのだろう。否、勘違いなどしていないのだろう。きっと、結ちゃんは私に勇気を与えようとしただけなのだから。




