12話
姫宮さんと、青山くんをあの教室に残して、私は1人で帰宅途中だった。
学生として、寄り道はあまり良くないのだけれど、なんだかお腹が空いてきたので、コンビニで何か買って帰ろうと思い、近くのコンビニまで足を運ぶことにする。
歩きながら、そろそろ私が教室に残してきた2人は問題を解決している頃だろうなんて思考が働く。姫宮さんが泣いて、青山くんがそれを抱きしめているなんてことになっているかもしれない。姫宮さんは相当抱え込んでいたようだった。
私があの教室に入った時には既に、感情が溢れだしそうだった。青山くんは確かに優しいけれど、鈍感だ。人の感情の変化に気付くことができない。
そこまで、考えたところで、コンビニに辿り着いた。迷いなく入って、商品を見て回る。
すると、アイスコーナーのところで意外な人物と目が合う。
「「あっ」」
互いに間抜けな声が漏れる。
「結ちゃん、奇遇だね」
世間は狭いなどと思いつつ、私は眼前の人物に声を掛ける。
「秋瀬さん。いつも兄がお世話になってます」
彼女は無表情で淡々とそう告げた。
彼女の名前は青山結さん。要は、青山くんの妹さんだ。確か、今年で中学3年生。黒髪ボブで、綺麗な碧眼がとても魅力的だ。そして、なんだか知的でクールな印象が強い。
「アイス買うの?」
「いえ、お金は家に忘れてきました。眺めてるだけです……」
とても、落ち込んだ表情を浮かべる。
なんだか、子犬のようで可愛らしい。
そういえば、結ちゃんの好物はアイスだった気がする。
「秋瀬さん、何かありましたか?」
唐突にそう訊ねられて、驚く。
結ちゃんの表情はいつの間にか、無表情に戻っていた。無表情のまま、こちらを見つめている。
「どうして?」
私は訊ね返す。
「いえ、違和感を感じるんですよね。なんだか、秋瀬さん、さっきから心ここに在らずって感じですし……」
結ちゃんは、青山くんとは違って鈍感ではないらしい。とても鋭い。
心ここに在らず。今の私に非常にピッタリな言葉だ。この子とこれ以上話をするのは危険かもしれない。
「それに、好きなんですよね?」
「なにがかな?」
何のことか、誰のことかは、分かりすぎる程に分かっていたけれど、敢えて私はそう訊ねた。
「兄のことがです。この前、秋瀬さんが兄に送ってきたメッセージを見ました」
私が送ったメッセージといえば、あれで間違いないだろう。
333224゛294゛888 (好きだからだよ)
という、謎解き的な意味を込めて、送ったあのメッセージ。青山くんには意味不明だったみたいだけれど、結ちゃんには分かったらしい。
おそらく、青山くんが結ちゃんに分かるかどうかを聞く為に見せたのだろう。青山くんが私本人にも訊ねてきたところから、結ちゃんは青山くんに答えを教えていないようだが。
「兄が私にアイスを買ってくれなくなったことと関係してるんですか?」
結ちゃんは鋭い眼光で私を睨む。きっと、青山くんがアイスを買わなくなったのは、姫宮さんとのデートでお金を使ったのが原因だろう。
見栄を張って、お昼代を全額奢る彼の姿が頭に浮かぶ。しかし、このことを結ちゃんに言ってしまうと、結ちゃんは姫宮さんに何をするか分からない。それぐらいの圧力を感じる。
食べ物の恨みは怖いとはよく言ったものだと思う。
「青山くんがどうして、アイスを買わなくなったのは分からないけれど、アイスが食べたいなら私が買ってあげようか?」
「え? そんな悪いですよ」
言葉は遠慮しているように聞こえるけれど、瞳は全く遠慮しておらず、とても輝いていた。
「いいから、いいから。その代わり、この話はここでおしまい」
「ここは甘えておきます……」
なんとか、これで話を逸らすことはできたようだ。結ちゃんに私の秘密を知られると厄介なことになるかもしれない。結ちゃんのことだから、人に言ったりはしないだろうけれど、それでもやはり、青山くんに知られるかもしれない可能性が少しでも増えることは避けたい。
「秋瀬さん、あなたは神です」
「そこまで言われるようなことはしてないよ?」
もし、私が神だったなら、アイスを買い続けてきたであろう青山くんは一体何になってしまうのだろうか?
「それにしても、秋瀬さんも大変ですね」
先程まで、輝かせていた瞳は元に戻っていた。
いつもの無表情へと戻っていた。
「大変? なにが大変なのかな?」
「そうやって、あるフリを続けていることがですよ。ないものをあるように見せているその行為が私から言わせれば、狂気としか思えない。確かに、そうしていれば、兄は……お兄ちゃんは、秋瀬さんの異変には気付かないかもしれない。見て見ぬふりどころか、見ることさえ、感じることさえできないかもしれない。だけど、お兄ちゃんは秋瀬さんを信頼しています。だから、人を騙す行為なんてやめにして、少しは、秋瀬さんもお兄ちゃんを頼ったらどうですか? だってあなた自身はそこにあるんですから」
気付いていた。結ちゃんには全て見透かされていた。素直に驚かされる。否、これも厳密には驚いてなどいない。驚いたふりをしているだけ。
だけど、青山くんに言うことは絶対にできない。
そんなことをすれば、青山くんはきっと困ってしまう。これも、心の底から思っているのかは分からないけれど、青山くんにだけは迷惑をかけたくない。
「それでは私はこれで帰ります。アイス……ありがとうございました」
言いたいことを言い終えた結ちゃんはすたすたと歩いていく。距離がどんどん遠くなって、姿が見えなくなったところで私は小さく溜め息を吐いた。
「はぁ、なんで好きになっちゃったんだろ……」
それが、本心からでた言葉なのかどうかさえ、私にはもう分からなくなっていた。
1つ、私が分かることがあるとすれば、今の私はとても楽をしているということだけだった。




