第29話 巫女の仕事
まさか話し合いの相手が親子喧嘩で寝不足とか、想定外過ぎるだろう。
「うーんどうしたもんか……」
腕を組むオレを見てメノさんは申し訳無さそうに身を縮めた。
もういっそ今日は都の観光でもしてしまおうかと一瞬思ったが、どうせなら観光は1日と言わずがっつり時間をとってまわりたい。布団といい米といい、ここにはオレの心をくすぐる物が至るところにある。絶対1日で見回れるはずが無い。
考えた末、オレはメノさんに社の案内をお願いすることにした。
「ハリさんが起きるのをただ待つのもなんなので、まずは巫女が何をするのか見せてもらってもいいですか? 可愛さって言っても何を教えれば良いのかちんぷんかんぷんなんで」
「かしこまりました。では一通り社での仕事を見ていただきましょう」
ホッと胸をなでおろし歩き出したメノさんの後を追うように、オレたちは社の中を歩いていく。
特に打ち合わせをしたわけではないが、トレットもタトラさんもついてきたってことは一緒に巫女さんの職業見学で問題ないってことか。
オレたちは案内されるまま炊事場や洗い場、巻物などが置かれた書庫などを見ていく。
会う人会う人巫女さんばかりな事を除けば、今の所普通に共同生活を送る寮とかそんな雰囲気しかない。
「……昨日見た時も思ったんですが、結構生活感あるんですね」
「ええ、社は儀式を行う宗教施設であるとともに、私たちの住まいでもあります。国内の巫女としての素質のある娘が都の社へと呼ばれ、共同生活をしています」
淡々と答えるメノさんの言葉に少しだけ違和感を感じた。
娘って事は、ここに居る巫女さんたちは可愛くなって美少女化した元男と言うわけじゃなく、本物の女の人ばかりなのか。しかし、それではひとりおかしな存在が居ることになってしまう。
「娘? でもルリは少年ですよね。見た目は可愛いけど」
「はい。あの子はルリは特別で、幼い頃より人一倍退魔の力が強かったのです。元々、アシハラの国の巫女は魔を鎮め祓い清めるための存在。そのため、ルリは特例として男の身でありながら社へと迎えられ、ずっと修行に明け暮れていました」
メノさんは昔を思い出しているのだろう。どこか遠くを見据え、しんみりと語る。
お偉いさんの息子だしどうせわがままいっぱいに育てられたので高慢ちきになったのだと勝手に思っていたが、案外ルリも苦労をしているらしい。
「なるほど……じゃあ、ルリが男のまま巫女をしてるのも何か特殊な事情があるんですね」
「いえ、それはどうやっても女の姿にならなかっただけです。その証拠に宮司であるハリ様は少女の姿になってますし」
「あ、そうですか」
女だらけの場所で少年の姿のまま巫女をしているのだ。よほどの事情があるのだろうと思って神妙に聞いたのに、メノさんはこれ以上無いぐらい気軽に否定した。
じゃあなにか、アレは正真正銘ルリの趣味ってこと?
メノさんは気にしてないみたいだが、ああ見えて超特殊な嗜好の持ち主って事だよな。
この僅かなやり取りの間だけで、ルリへの評価がいろいろな意味で変わってしまった。
好みは人それぞれなのでオレも否定するつもりはないというか、気の遠くなるほど年取ったジジィなのに好き好んでのじゃロリ姿になる世界なのだ、女装大好き少年なぐらい良く……は居ないにしてもこの世でひとりだけって事もないだろう。
そのままオレたちは社を見回っているのだが、先程から何かがチラチラ後ろから付けてきている気配がある。
振り向けば小さな影が慌てて身を隠すのだが……。
「バレてないつもりなのか、アレ」
「そうなのではないか? お尻どころか頭も隠れておらんのじゃ」
「やっぱりイオリさんのことが気になるんじゃないですか?」
当然のごとく、オレ以外の皆も存在は認識していたようだ。勘が鋭い、というわけでなく相手の尾行の仕方が下手くそなだけなのだけれど。
「表面上は反発してますけど、本当はイオリさんたちの事を誰よりも意識してるんです。あの子」
オレたちの言葉に、小さな影の身内であるメノさんが苦笑する。
わざわざ追いかけて問い詰めた所で何かあるわけでなく、面倒事にしかならないのがわかっているので全員尾行者の存在は無視する方向で一致した。
メノさんは最後に社の中央に位置する広間へとオレたちを連れてきた。
そこには演劇でもできそうな広い舞台があり、ハリさんの部屋で見たような祭壇らしきものもある。
「ここは退魔の間。巫女にとってもっとも重要な退魔の儀式を行う場所です。そして、これがその退魔の儀式です」
メノさんの言葉が合図となり、色々な楽器を持った巫女さんたちが舞台に現れ、音楽を奏で始める。
それとともに楽器を持たない巫女さんたちが歌い、踊りを舞い始めた。
これはかなり大掛かりになっているが、ルリが旅先で度々踊っていたやつにそっくりだな。
儀式の始まりとともに舞台にふわふわとした光の粒子が現れ、天井へと登っていく。
ルリの踊りは魔物よけだった事を考えると、この人数でそれを行うという事は、都全体に魔物よけでも張っているのだろうか。
それにしても、これだけ見事な歌と踊りを見ると、照明と音響、それに観客が欲しくなってしまうのはオレが日本人だからだろうか。
次回
巫女の儀式を見学した主人公。
彼の脳裏に思い出されるのは、在りし日祖国で見た輝く少女たちの姿。
伊織の言葉は巫女たちに何をもたらすのか――




