第23話 巫女の力
トレットとルリの全面対決は回避され、静かな馬車の旅が再開された。
相変わらずルリが辛気臭い事以外、これと言ったトラブルもなく順調な旅路が続く。
途中、何度か休憩を取りファべと流星号の二匹に特製の干し草を与えてやる。
ファべの反応はいつもの通りだが、流星号も干し草の味を完全に覚えたのか素直にオレの手から干し草を食べるようになっていた。
付き合ってみると流星号も素直な馬で、簡単な指示なら餌で釣らなくても言葉を理解して従ってくれる。振られたファベとの距離はなかなか縮まらないが、昨日の今日ではいくら馬でも気まずいものがあるよな。
馬の休憩に合わせてオレたちも青空の下でティータイムと洒落込んでいるのだが、ルリの表情は冴えない、どころかオレが流星号に餌を与えた所らへんから前より機嫌が悪くなっているような気さえする。
もしかして、お茶請けのクッキーが口に合わなかったとか? お米の国の文化圏だけに、やはりお茶請けにはせんべいを出すべきだったか。
醤油でもあればせんべいも作れたんだがなぁ。
「クッキー、口に合わなかったか? 自分で言うのも何だけど結構可愛くて美味しい出来になってると思うんだが」
「美味しいですよっ! 美味しいからもうボクのことはほっといてくださいっ!!」
一応気になり声をかけてみたが、取り付く島もない。
ルリは会話を拒絶するようクッキーを鷲掴みにして口に詰め込むと、リスのように頬を膨らませてバリボリと噛み砕いてお茶で流し込んでしまう。
「やれやれ、難儀なやつじゃのー」
「イオリさんの作るクッキー美味しいです」
「きゅぴー」
トレットとタトラさん、それにマオまで他人事でティータイムを満喫していた。
くっ、なんでオレだけ自然と面倒な役回りを押し付けられてないか?
……まあトレットとの諍いは別として、ルリが突っかかって来るのはいつもオレなので自然とルリの相手役がオレになるのはしょうがないのも確かだ。
馬の餌やりも終わり、オレも一息つこうとクッキーに手をかけたその時、周囲に気配が産まれた。
「モンスターか?」
「そのようじゃ。用心するんじゃぞ」
「お前こそ、タトラさんは危ないんで、ファべと流星号のそばに避難してください」
「はいっ!」
草むらに隠れて正体はわからないが、息を殺し静かに距離を詰めてくる相手が友好的な相手であるはずがない。
何が来ても良いよう陣形を整えた所で、ルリの事を忘れていた事を思い出す。いくら可愛くてもルリはまだ子供。もし本当に草むらの相手がモンスターならひとりは危ない。
「おい、ルリお前もこっちに……」
オレがルリに声をかけようとそちらを振り向くと、何故かルリは踊りを踊っていた。
何を場違いなと思ったが、その考えはすぐに消えてしまう。
ルリは独特な節で歌うように呪文を唱え、舞でも踊るかのようにゆったりと身振りを交えステップを踏む。ルリの踊る軌跡に合わせ、光の帯が産まれ、呪文に合わせて輝きを増していく。
幻想的な光景に、思わず敵に囲まれていることも忘れオレは見入ってしまった。
ルリはそのまま踊り続け、オレは目が離せずその場で立ち尽くす。
そして気づくと、いつの間にか草むらの気配は消えていた。
ルリもそれに気づいたのか、踊りを止めオレたちに駆け寄ってくる。
「もう大丈夫です。モンスターは去りましたよ!!」
「お、おう。それで、さっきのは一体何だったんだ? 踊りを踊ってるようにしか見えなかったが」
オレの質問に、ルリは今まで見た中で一番のドヤ顔を決めてきた。
「ふふんっ、これは巫女の力です! 可愛いボクにしか使えない特別な退魔の力なんです。どうです、羨ましいでしょう? ボクが居なかったらイオリさんたちも危な勝手ですからね、褒めても良いんですよっ!!」
なるほど流星号に乗ってとはいえ、ひとりでどうやって村までやってきたのかと思ったら、この力を使っていたのか。
確かにすごい。すごい力なのだが、なんだか無性に腹の立つドヤ顔だ。
これはピコり……いやそれじゃ足りないな……もっと直接的な行動で感情を現したい……そう、この気持は……腹パン。
自分にはそういった趣味は無いはずなのだが、生意気なドヤ顔を向けられるたびに感じていた何かの正体がやっとわかった。
もちろん、全力で殴って泣かしたいとか嗜虐的なものではなく、ただちょっとストレス解消にストレッサー本人の腹をポムっと2,3発叩きたいというほのかな思いだ。
それでも、トレット以上にオレの心をかき乱せるというのはある意味すごい才能といえるかもしれない。
いくら相手がクソ生意気ドヤ顔女装少年とは言え、オレは平和主義者。意味もなく相手に暴力を行使するなど己の倫理観が許すわけもなく、妄想の腹に軽くボディーブローの素振りをするにとどめておく。
しかし、本能的に何か危険を察知したのかルリがとっさに腹を両手でガードした。
「な、なんですか! その怪しい動きは!! ボ、ボクに何をしようと、世界一可愛いのはボクだって事に変わりないですからねっ!!!」
「そうだな。腹パンはいつでも出来るし、まずは先を急がないとな」
「なんですかハラパンって! よくわからないけどすごく嫌な響きです。絶対それボクにしないでくださいよっ!!」
つい口が滑り、腹パンの欲求が漏れてしまう。ルリは今まで以上に警戒心を強め、移動を再開しても微妙に距離を取られるようになってしまった。
次回
巫女としての力の一端を示した女装少年。
その神秘的な光景には主人公に何をもたらすのか。
都へと到着した伊織たちは何を見るのか――