第14話 ときめきは危険な香り
「あー、男の姿さいこー……」
無制限に魔法を連発しすぎると心が侵食され可愛くなっていく――その事実を知ったオレは、船旅の間できるかぎり男の姿のまま生活することを決意した。
地上であれば移動中、いつ草むらからモンスターが襲ってくるかわからないが、今は海の上、それも船内に居るのだからそんな危険まずありえない。
もちろん、いつトラブルが起きるのかわからないのでリボンの髪飾りとビキニアーマーはお守りとして肌見放さず持ち歩き、いつでも装備できるよう準備はしてあるが。
こうしてゆっくりと男の姿で過ごすのは一体いつぶりだろうか。トレリスの街を出て以降ずっと危険な旅ぐらしだったから、寝るときですら気軽に男に戻れなかったからな。
久しぶりに男に戻ると、美少女の姿はやはりどこかに負荷がかかっていたようで枷が外れたような爽快感がある。
服装も痴女みたいなビキニアーマーではなくごくごく普通のシャツとズボン。似た体型の船員から借りているためサイズは合わないが、むやみな露出がないというだけでもう今のオレにとっては最高の服だ。
干し草で作ったベッドの上でだらだらと寝転びながら、オレは倉庫から一歩も出ることが出来ず退屈しているであろう馬のファべのため、おやつ代わりのちょうちょ結びにした干し草を量産している。
小型の運動場でも作れれば良いのだが、流石にそんな空間的余裕はないのでせめて食べ物だけでも娯楽を提供してやらねば。
単純な作業は良い。集中すればやらかしてしまった過去の痴態を思い出すこと無く無心になれるし、魔法を使わないのでむやみに可愛くならないところが最高だ。
可愛いく結んだ干し草をバケツいっぱい量産していると、タレットとタトラさんがやってきた。
「イオリさん、そろそろご飯の支度をして欲しいって船長さんが言ってます」
「そうなのじゃ、ワシにばかり魔法を押し付けておるのじゃから、早くご飯を作らぬか」
トレットはベッドに寝転ぶオレを押してせっつく。行動が休日の父親を遊びに誘う子供みたいだが、しょせんはトレット。可愛さなどかけらもなくウザいだけである。
「わかった、わかったからそんなに押すなこののじゃロ……リ……」
いつものように軽口を叩こうとトレットの顔を見て。オレは固まってしまった。
あれ、こいつってこんなに可愛かったっけ……?
いや、元々可愛いのは確かなんだが、言っても元は顔がいいだけで自ら進んで幼女になって喜んでいる変態ジジィだ。
今まで一度だってそういった目線で意識したことなど無いはずなのに、澄んだ青空のような瞳に見つめられていると、なんだか胸の鼓動が早くなってくるような。
硬直するオレを見てトレットが訝しげに顔を寄せてきた。森に包まれているような緑の香りに、どこか甘い花の蜜のような香りが混じり合ったいい匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。
「なんじゃ、ワシの顔に何かついておるのか?」
「うわわっ!!」
トレットに感じるはずのない胸のときめきを感じ動揺したオレは、干し草ベッドからずり落ち床に頭から激突した。
「イオリさん大丈夫ですか?」
「え、ええ……わひゃっ!?」
受け身も取れず頭をうち、割れるような痛みに悶絶ししていると、タトラさんが傷を見ようとオレの顔に触れる。柔らかな肉球の感触とともに香ってくる形容し難い甘い匂い。これはもしかしてフェロモンというやつなんだろうか。
ただ顔に触れられただけなのに、過敏に反応し後ずさってしまった。
「さっきからなんじゃぁ、お主。 ははん……もしやワシに見惚れておったのか? 今までさんざんちんちくりんだのとからかっておきながら、本当はわしのことが気になっておったとは、ウブな男じゃのぅ」
「えぇっ、イオリさんそうだったんですかっ!?」
「ち、違うっ! オレはノーマル! ノーマルなんだぁぁぁっっっ!!!!」
理性が否定する図星を突かれオレは必死に否定するが、どう考えても自らドツボにはまっている。タトラさんはともかく、トレットにそんな感情を抱くはずなどあるわけない、無いはずなのに……。
「よいよい。ワシのように可愛い存在を前に惚れるなと言う方が無理な話じゃ。しかしタトラにも興味があるとは気の多い男じゃのー」
「ひゃっ、あたしもなんですか!?」
トレットに指摘されたタトラさんが頬を染め照れている。
違う、そうだけどそうじゃないっ!!
「待てっ、今日は何かおかしいんだ。いつもだったらなんとも無いはずの……ん? いつもだったら?」
そこでふと思い立ち、オレはおもむろにリボンを取り出し付けた。
お馴染みとなってしまった感覚とともに目線が縮み、髪も伸びていく。それとともに先程まで異様に高まっていた胸の鼓動も収まり、トレットを見てもただののじゃロリエルフとしか感じなくなった。
「まさか男に戻っただけで可愛さへの耐性まで無くなるとは……」
美少女の姿になった事でようやく落ち着きを取り戻したオレは、安堵すると同時にあまりにしょうもないときめきの正体に肩を落とした。
思い返せば、初めてこっちの世界に来てお姉さん姿のゼフィさんに助けられた時に感じた今までにない胸のときめきも可愛さの補正がかかっていたのかもしれない。
今更ながら、可愛くない状態で生きることの難しさを再認識させられてしまった。元の姿のままだったらオレはちょっと優しく……どころか目が合っただけで恋に落ちるちょろい男になりかねないって事だ。この世界はやっぱり馬鹿げてるし怖すぎるだろ。
「あっはっはっ、お主もまだまだじゃのー」
「でもわかります。あたしも女の子のイオリさんとトレットちゃんを初めて見た時ずっと可愛くてドキドキしてましたから」
タトラさんのフォローが今は逆に痛い。オレは男の姿でいる時はなるべく人と接触せず、心を強く保つことと、他人と対面する時はどんな状況であっても素早くリボンを着けることを心に決め、食事の準備のため甲板へ移動するのだった。
次回
数々の苦悩を乗り越えた主人公。
長い航海の果て、ついに彼らは陸地を発見する。
新天地で伊織が目にしたものとは――




