第13話 大いなる反動
数拍の静寂の後、ピンク色の光が膨れ上がったかと思うと、ものすごい爆風と大波が船を襲う。
船体が大きく揺れ軋みをあげたがそれも少しの間のことで、後には遠くに見えた暗雲どころか周囲の雲が全て消失し、晴れやかな青空がまわり一面に広がっていた。
船の被害は見える範囲では特に無いようだ。船員の被害もなし。他は……トレットが大波に揺られて気絶しているぐらいか。
「よしっ! 被害無し!!」
「いや、イオリの旦那……あんた一体何したんだ……?」
大仕事を済ませ額の汗を拭っていると、横で大きな口を顎が外れんばかりに開いて硬直していたオルカス船長が何度も目を瞬かせオレを見てきた。
「何って、嵐が来たら危なそうだから魔法で先に消失させちゃった?」
「……っかー! はじめに話を聞いたときから人並み外れた魔法を使うと思っていやしたけど、まさか嵐まで消し飛ばしちまうとは、本当にすごい魔法使いですねっ!! と言うか本当に旦那は人間なんですかい? 人間の見た目をしたエルフや魔族とか……」
「失礼なっ! オレは正真正銘、ちゃんとした人間ですよっ!!」
オレの答えが何かの琴線に触れたのか、船長は顔を両手で覆い天を仰いだ。続く言葉がよりによってエルフ扱いとか心外極まりない。
ぷりぷりと頬を膨らませ怒っていると、なぜだがタトラさんがしきりに肩を指先でちょんちょん突いてくる。
次は何だというのだろう。またトレットが昇天しそうになったのだろうか? 面倒事はもうお腹いっぱいなんだが。
「……あのー、イオリ……さん?」
「ん? なぁに、タトラさん?」
「気のせいかもしれないんですけど、さっきから……その、何ていうか」
タトラさんは何かを伝えたがっているが、肝心の内容がはっきりしない。
彼女の事だから意味も無くそんな態度をとっているとは思わないが、オレはエスパーではないし、空気を読める日本人とは言えそこまで勘がいい方でも無いので言ってもらわなければその意図は通じないのだ。
もうそれなりに付き合いも長くなったし、ちょっとやそっとの事でオレがタトラさんに何か嫌な感情を抱かない事など知っているだろうに水臭い。
「もう、言いたいことがあるなら言ってくださいよぉ!」
「……身振りとか口調が……いつもより可愛くなってません?」
「……………………………………………………………………え?」
あくまでも自然に、平静に、さり気なく伝えられたその言葉の意味がわからず、オレはしばらくの間固まってしまった。
可愛くって……そりゃあリボンを付けて居るんだから元の姿よりも可愛くなっているのは当然だろう。しかし、身振りや口調が可愛いって、甲板で干物になってるそこののじゃロリ変態エルフじゃあるまいし、冗談にしてもたちが悪い。
それはタトラさんの気のせいってやつに決まっているじゃないか。
「……やだなぁ。そんな訳ないじゃないですか、もうタトラさんったら、おちゃめさ……ん……」
――タトラさんの言葉を否定しようと、たった今自分の口から出たその言動を冷静に分析し、無意味なポージングをしながらウィンクをしている自分を認識した時、オレは無意識に叫びながら船内に駆け出していた。
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!」
「イッ、イオリさーん!!!!」
◆◆◆
「……あ゛ぁぁぁっっ!!!」
――船室へ駆け込んだオレはそのまま倉庫まで全力疾走し
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁっっっ!!!!!!!!」
――おもむろに頭のリボンをむしり取ると、ビキニアーマーも脱ぎ捨て
「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁっっっ!!!!!!!!」
――ファべの食料である干し草の山にダイブした。
「あ、あ゛ぁぁっっ!!! なんでオレはあんな言動をぉぉぉっ!!!!」
甲板での一連の所業を思い出し、羞恥心に耐えきれずに干し草の中でのたうち回る。
完全に男に戻って振り返れば自分の異常さがはっきりと認識できた。
なんだよあの無意味な小首をかしげる時に顎に添えられていた指はっ!! なんで怒る時にほほ膨らませてるんだよ!! ぶりっ子か!!!!
突然乱入して干し草の山を転げ回るオレに、ファべが驚き距離を取ったが、今はそんな事どうでもいい。
それよりも自分のしでかした数々の痴態がフラッシュバックしてきて顔から火が出てそのまま焼死しそうだ。
「あぁぁ…………穴があったら入りたい……」
散乱した干し草を集め、その山の中にうずくまり唯一残ったマントに包まり目をつぶる。
魔法少女になった時には魔王と言う緊急事態があったので後遺症としてアレな事になったのはしょうがない。しかし、今回はそれほどの力は使っていないはずなのに、なんでこうなった。
オレが鬱々と思考を巡らせていると、誰かが倉庫に降りてくる。
「おーい、イオリお主無事かー?」
「……なんだよ。お前か」
「なんだとは何じゃ。タトラが緊急事態じゃと言うから、わざわざ来てやったのじゃぞ」
トレットはいつもと変わらぬ不遜な態度で腕組みをしながら干し草の山……の中に丸まったオレに話しかけてきた。
「良いから今はほっといてくれよ。オレには考えなきゃいけないことが……」
「あれじゃろ、どうせ魔王討伐の時のように可愛くなりすぎて慌てたのじゃろ。まったく。お主、魔法の使いすぎなのじゃ」
「そうだよ。今回は全く心足りが無くて……今なんて言った?」
魔法の……使いすぎ?
「うむ。最近は大ダコの討伐やフライの料理、それに海に出てからはほとんど毎日魔法を使い続けておったじゃろ。それに嵐まで消し飛ばしたんじゃからどう考えても可愛さの高めすぎなのじゃ」
「え、じゃあ何か? オレは魔法少女になるだけじゃなく、ポンポン遠慮なしに魔法使い続けるだけで可愛くなるってのか?」
恐る恐る尋ねるオレに、トレットは大きく頷いた。
「なのじゃ。お主の魔法は威力も常識はずれじゃから、可愛さを高めやすいのじゃな。この調子なら遠からず来るとは思っておったのじゃが、思ったより早かったの。
安心するのじゃ。別に可愛くなりすぎてもせいぜいエルフのように自然と身振りが可愛くなり、リボンなど身に付けなくても可愛い姿を維持できるようになるだけなのじゃから、そんなに気を落とす必要は無いのじゃ」
トレットが話をするたびに、オレの中で言いしれぬ感情が渦巻いていく。という事はこいつ、わかってて放置してたってことだよな?
身体に自然と力が湧き、立ち上がったオレを見てトレットは脳天気な笑顔で飯の催促をしてきた。
「わかったら早くご飯を作るのじゃ。一回全部出したらスッキリしてお腹がぺこぺこなのじゃ。もちろん、美味しくなる魔法をたっぷりかけるんじゃぞ」
「……そういう重大な事は先に言っとけぇぇぇぇっっっっ!!」
「なんじゃぁぁぁっっ! せっかく慰めに来た者に対してなんという態度なのじゃ!!!」
「お前それが慰めに来た奴の態度だと思ってんのかぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
不毛な罵り合いと駆け引きの末、航行用の風魔法の使用をトレットが担い、オレは船旅における休みを手に入れたのである。
最後に勝つのは胃袋を握るもの。昔おばあちゃんの言っていた格言をこんな形で理解することになるとは思っていなかった。
次回
己の強大な力に伴う反動を知った主人公。
己を失わないため自らに枷をはめ生きることを心に誓う。
伊織は己の可愛さを制御出来るのか――




