第6話 可愛いクッキング
「ち、父上ぇ、あたしはもうだめですぅ……」
「サリィ、気をしっかり持て、ここで倒れたら大変なことになるぞ。くぅっ!!」
「でも、でもぉ」
「どうしてこうなった……」
目の前で起こった惨状に、オレは頭を抱えることしかできなかった。
――事の起こりは朝食に遡る。
昨日プレゼントしたリボンがよほど嬉しかったのか、サリィがデザートにリンゴを用意してくれた。ひとり一個、置かれた小ぶりなリンゴを、サリィたちはそのままかじっていたが、オレはリンゴといえばカットして食べるものだと思いこんでいて、何気なくうさぎさんにした。してしまった。
まずくはないが、特に印象に残る程でもなかったはずのリンゴは劇的に変化した。酸味と甘味がくっきり引き立ち、一口噛めば爽やかで清々しい甘い香りが鼻を抜けていく。
今までこんなに美味いりんごは食べたことがなく、あまりの旨さに呆然としているとゼフィーさんがうさぎりんごを一切れ口に運び、同じように呆然として、それを見たサリィもまた手を出して……食べかけだったふたりのリンゴはすべてうさぎさんにされ、またたく間にオレたちの胃袋に収まった。
可愛いが強いこの世界では、可愛い料理=美味しい。その事実はオレだけでなく、ゼフィーさんたちにも革命をもたらしたようだった。
「イオリ!! すごいよ!!! こんなにかわいい料理あたし初めて食べた!!!」
「お前、もしかして一流の料理人だったのか? 領主様の晩餐会で出された料理だってこれほどのものはなかったぞ!!!」
「いや、ごくふつーの一般人なんですが」
ただうさぎさんにカットしただけでべた褒めしてくるふたりに若干引きながらも、オレは可愛い料理に光明を見出していた。
この世界の料理はお世辞にも美味しいとは言えない。塩は貴重だから薄味になるし、香辛料も日本に比べたら全然種類がない。砂糖なんて言わずもがなだし、調味料も酒、果物の絞り汁、酢程度。
食えるだけ幸せといえばそうだが、せっかくなら美味しいものが食べたい。というわけで、可愛い料理を作ろうと決意したのだが、昼はゼフィーさんがリボンの素材と一緒に喜び勇んで買ってきた、山のようなリンゴをうさぎカットにさせられた。ゼフィーさんもサリィも満面の笑みでリンゴを頬張っていたが、さすがに飽きるので夜は別の料理を作ろうと提案してみた。
「うさぎリンゴより美味しいものがあるの!?」
「たぶん」
「本当かイオリ!! 本当にうさぎリンゴよりうまいものがあるというのか!!!」
「できると思います」
ふたりに食いつかんばかりに詰め寄られ、冷や汗をかきながらオレは首を縦に降る。
ちなみにリボンづくりはサリィが手伝ってくれて、すでに予定の半分ほど終わっている。日頃から裁縫をしているというサリィはめちゃくちゃ器用でオレの三倍は早く、しかも出来栄えまでもオレより美しい。作り方さえ知ってしまえば、やはり手慣れた人間のほうが上手いのは当然か。
サリィにお礼を言うと「いいよいいよ」と言いながら、目が早く晩御飯を作ってと訴えていたので、夕食の準備に取り掛かった。
ガスコンロもオーブンも無い環境での料理は初めてなので、サリィに手伝ってもらいながら、夕食用として用意されていたパン種を丸めて行く。全粒粉で粒が目立つ黒っぽい生地を、大きな丸ひとつと小さな丸ふたつ塊を一個として分けていく。大きさは失敗してもいいようにと、可愛さ重視で一口サイズに。
「変わったことするのね、形を一緒にしないと火の通りが均一にならないよ?」
「可愛くするためには必要なことだから」
「ふーん」
かまどの扱いは全くわからないので、成型したパン生地はサリィに見てもらい、具材となる葉野菜と燻製肉、それに料理の決め手となるマヨネーズづくりに取り掛かる。
葉野菜は水洗いして、燻製肉は薄切りに。卵に酢、塩を入れて根気よく泡立て器っぽいもので混ぜながら油を加えていく。結構な重労働だが、分量はそれほど必要ないのでなんとかなった。
そうこうしていると、サリィが焼き上がったパンを持ってきてくれる。
「イオリ、出来たよ。うーん、見ようによってはたしかにちょっと可愛いかもね」
言外にこれならリンゴのほうが良かったというオーラが漂っているが、まだ完成していないのだから評価を下すのは軽率だ。
「ははっ、まだ仕上げがあるから。あとはオレだけでできるからサリィはゼフィーさんと待ってていいよ」
「え、でも」
「いいから、いいから。サリィもきっと気にいるから」
半ば無理やりサリィを追い出すと、パンに切れ目を入れて、具をはさみ、マヨネーズを絞り袋に入れてちょいちょいと目、鼻、耳を書き足せば……。
「くまさんバーガー完成!!!」
出来上がったバーガーを高々と持ち上げる。黒っぽいパンにマヨネーズで描かれたくりくりお目々、口からはみ出る葉野菜と燻製肉。これだけ可愛ければ、きっとめちゃくちゃ美味しいに違いない。
ゴクリ、とひとりでに喉が鳴った。一個ぐらいならつまみ食いしてもいいよな。本当に美味しいのかわからないし。味見。……そう、味見をしなければ人様にお出しできる料理かわからないじゃないか。
手のひらサイズのくまさんをパクっと一口。
「おぉっ!!!!」
……うまい!!! なんだこれ、本当にあのボソッとした黒パンと同じ素材なのか? 噛めば噛むほどパンの旨味があふれて、フレッシュな葉野菜と燻製肉の塩気、それにマヨネーズが具材の橋渡しとなっていて……とにかくうまい!!!
ついつい我慢できず次のバーガーに手を伸ばすと、勢いよく扉が開いてゼフィーさんとサリィが乗り込んできた。
どうやら我慢できずに扉の前で様子を伺っていたらしい。
「イオリずるい!! ひとりだけ先に食べるなんて」
「そうだ、私たちにもよこせ!!!」
止める暇もなくふたりはくまさんバーガーを掴むと、かぶりついた。
◆◆◆
――そして、くまさんバーガーを食べた結果が、目の前の惨状と言うことになる。
「あぁ、くまさんのパンがこんなに美味しいなんてぇ。もう普通の黒パンなんか食べられないよぉ……」
「くまさん、美味しいよくまさん……」
「やりすぎた……」
恍惚とした表情でゼフィーさんとサリィはうわ言のようにくまさんバーガーの美味しさを口にして床に倒れ込む。
りんごのうさぎを食べた時からわかっていたことだが、ふたりとも美味しいものへの耐性がオレよりも無いらしい。確かに、くまさんバーガーは今まで食べたどんな高級料理よりも美味しいけれど、さすがにこんなマズい状態にはオレはならない。
しかし、ふたりの反応を考えると、あまり可愛すぎる料理は作らないほうがいいのか?
けどなぁ、これだけ美味しいならぜひとももっと改良を加えて食べたい。食は人生の一大娯楽なのだから。
ひとり頭を悩ませていると、突然、ゼフィーさんの部下が入り口から現れる。
「隊長ー、本日の報告に伺ったんですが、鍵もかけないなんて不用心ですよ。隊長ー? ……貴様!! 隊長とサリィお嬢さんに何をした!!!」
「あーもう!!!」
「むぐっ! お、美味しいぃ……」
兵士の口にくまさんバーガーをねじ込み昏倒させると、オレはこの混沌とした状況にどう収集をつければいいのかと頭を抱えるのだった。
次回
意図せず飯テロ(物理)を起こした主人公。
求められる料理、微妙に増える体重。
噂は噂を呼び大きなうねりとなって伊織へと襲いかかってくる――




