第11話 出航
「積み荷だけど、水はどれぐらい持ってくんだい?」
「ああ、水は大丈夫です。魔法で出せるんで。その分保存食を積んでいこうと思ってます」
魚屋のおばちゃんはオレの答えに目を見開いて大いに驚いた。
「もったいないねぇ。それだけ魔法が使えたら、普通の航路なら引く手あまただろうに。どうしても行くのかい?」
おばちゃんの言うことももっともだが、そもそもオレは船乗りになりたいわけではないので、いくら船上で有用な能力を持っていても就職に活用するつもりはない。
なにより、オレには米を入手するという大きな目標があるのだ。
ホカホカの炊きたてご飯さえあればどれだけ食の幅が広がるか……。
「オレには夢があるので……」
「そうかい。それじゃあしょうがないねぇ、達者でやるんだよ」
溢れそうになるよだれを飲み込んで、オレはおばちゃんを見つめる。
瞳に宿る無言の決意を察し、おばちゃんは肩をすくめるとふっと微笑んだ。
◆◆◆
米の存在を知ってから幾日経った事か。待ちに待った出航日がついにやってくる。
船の操縦に関してはオレたちは門外漢なので、ノイケの街に留まっていた船乗りに乗船中の水使いたい放題、まかないもオレが提供すると言う事で募集をかけてみた。
まだきちんとした航路が開拓されていない地域への航海と言う事でちゃんと集まるのか心配していのだが、予想に反し船員はまたたく間に集まってしまった。
海の怪物や海賊を討伐できる強さがあるので危険は少なく、しかも、今までにない形の船の運用をまかされると言うのは船乗りにとって魅力的だったらしい。
山盛りの食料と、米の購入費用に充てるための交易品を積み込む。交易品のチョイスはタトラさんに丸投げしてしまった。
積み込みが終わると、オレ、トレット、タトラさん、マオ、そしてタトラさんの愛馬であるファべも一緒に船に乗り込む。
当初ファべは海上での長旅はストレスになるだろうし、ノイケの街で預かってもらう予定だったが、普段おとなしいファべが珍しく抵抗した。
目をうるませた動物が鼻を鳴らしながらこちらを見てくる破壊力はなんとも言えないものがあり、飼い主であるタトラさんすら絆されて「こんなにお願いしているんですから一緒に……」とファべ側に回ってしまったため、仕方なく同行する事となった。
全員乗船したことを確認すると、オレは船長をお願いしたムキムキでツルンとした肌の獣人に声をかける。
「それじゃあ、お願いします」
「はいよっ!! お前ら!!! 出航だぁぁぁっっっ!!!」
「「「おおぉーーー!!!」」」
船長の号令のもと帆が張られれ、ゆっくりを船が動き出した。
獣人なのになぜモフモフではないのか? と思われるが何のことはない。船長は黒い肌にところどころ白い斑点のある、どう見てもシャチの獣人なだけだ。
海獣の獣人を見たのははじめてだったので驚いたが、海の向こうの獣人の国であるアクリム王国出身の人らしい。
船長以外にも船員にはアクリム王国出身者が多く、皆アザラシやオットセイなどの獣人であり向こうでは皆、一般的な容姿だと言うのでアクリム王国は海獣王国なのかもしれない。
せっかく海の怪物ことエロ大ダコを討伐したのだから、国へ戻りたくなるのでは? と疑問に思って聞いてみたところ、そんな事より新型の船とまだ見ぬ新天地、との答えをいただいた。
どうやら船乗りになる人間は皆似たり寄ったりの思考らしく、逆に「なぜいつでも行ける国にわざわざ戻るんだ?」と返され、答えに窮してしまった。
本人たちがそれで良いというのなら問題ないのだが、冒険家の心はオレには理解できそうにない。本音を言えば、今すぐ米が手に入るなら今回の船旅も中止してさっさと米を堪能したいと思っているぐらいだ。
ともかく、船が動き出すと、見送りにやってきていた街の人達から歓声が上がる。
見慣れぬ形の船はすっかり街で受け入れられ、停泊中はちょっとした観光名所になっていたらしい。
船を改装してくれた船大工の親方のところには、早速同じように改装して欲しいという依頼が複数舞い込んできたようで、そのうち船の形が全て白鳥ボート型になってしまうんじゃないかと一抹の不安がよぎる。
船着き場一面に広がる大小さまざまな白鳥ボート風の船……。
想像すると、とんでもない事をしてしまったのではないかと後悔もあるが、やってしまったものはしょうがない。
悪い思考を振り切るようにオレは風魔法を展開し、ノイケの街を後にするのだった。
次回
はじめての船旅に心躍る主人公。
頬を切る風、揺れる地平線、胸の奥底から湧き上がる熱い何か。
伊織はこの窮地を克服できるのか――




