第9話 ピコハン無双
「ぐわっ!」
「なんだこいつ人間のくせに異様に可愛いぞ!?」
「囲め囲め!! あの妙ちくりんな可愛い武器に気をつけろ!! とんでもない威力だ!!!」
ピコハンを一振りするたび、ピコン、と小気味良い音とともに海賊の意識が刈り取られていく。
オレとしては早く降参をしてもらって船を明け渡してほしいのだが、あちらも商売道具を奪われたらどのみち生きていけないのだから、必死で抵抗するのも致し方のないこと。
ピコハンの射程外から包囲の輪を縮めながら距離を詰めてくる色々なケモミミ獣人海賊に向かって、オレは手のひらをかざし呪文を唱えた。
「ファイヤー、……は燃えるとまずいか。ウォーター! ウォーター!! からの突撃!!!」
「気をつけろ! こいつ魔法まで使うぞ!?」
「クソッ、なんて威力だ! 一体何者だ? まさか正規軍か!?」
「馬鹿野郎っ! 包囲を崩すんじゃ……うあぁぁぁっっ!!!」
消防ホースによる放水のような勢いの水流に押され崩れた包囲の一角に突っ込み、突然の魔法攻撃に動揺する海賊たちに次々とピコハンをお見舞いする。
この世界の強さの基準が未だによくわかっていないが、巨大スライムや復活した魔王と戦うことを考えれば、海賊程度ならダース単位でもひとりでどうにかできてしまいそうだ。
オレは戦闘狂ではないのだが、久しぶりに思う存分振るうピコハンの音はなんとなく心地よく、ついノリノリでピコピコ叩いてしまう。
「無駄な抵抗は止めておとなしく船を明け渡しなさい! そうすれば痛い思いはしない!!!」
「無駄な抵抗だと……バカにしやがって! オレを誰だと思ってるっ!! 猫目のミーケ様と……ぐわぁぁっっ!!!!」
他の海賊よりも一回り身体の大きく、アイパッチで片目を覆った獣人が何やら喋っていたが、勢いに乗ったピコハンをついそのまま繰り出してしまった。
ピコハンは見事頭部にクリーンヒットし、アイパッチ獣人は白目をむいてひっくり返る。
「お、お頭ぁぁぁぁっっ!!!」
「お頭がやられたぞぉっ!」
「オレたちもうだめだぁ!! 皆殺しにされるんだぁっ!!!」
アイパッチ獣人が倒れると、残りの海賊たちは戦意を喪失して瓦解した。とは言えそのままだとうるさいし、反撃されても困るので丁寧にひとりづつ叩いて全ての海賊を無力化した。
海賊船を制圧したオレは、トレットたちに合図をして漁船からこちらの船に乗り移ってもらう。
「……これではどちらが海賊だかわからないのじゃ」
「海賊相手とは言え、イオリさん容赦ないですね……」
海賊船に移ってきたトレットとタトラさんの第一声はそれだった。
ピコハンで意識は奪ったが、目立った怪我も与えずに海賊を無力化したというのに解せぬ。
若干引き気味のトレットが船を見渡して尋ねてくる。確かに、これだけの帆船をオレたちだけで操縦するのは普通であれば不可能だろう。しかし、オレには秘策がある。
「船を奪ったのはいいが、これからどうするのじゃ?」
「そりゃ、こうするんだよ。キューティーウィンドー!!!」
あまり可愛くなりすぎないよう注意しながら呪文を唱え魔法を発動させた。
帆の様子を見ながら何度か威力を調節していると、魔法の風を受けた海賊船がゆっくりと動き出した。
船の速度は手漕ぎの漁船とは比べ物にならないほど早く、定期的に魔法の重ねがけが必要とはいえ、非常に楽ちん。
船の移動を確認すると、オレは海賊船と乗ってきた漁船を船乗りのじいちゃんの指導の元ロープで連結させ2、3度引っ張って強度を確認する。うん。問題なさそうだ。
「おじいさん、とりあえず街に戻るんで道案内を頼みます」
「ほほぉー、これはすごいのぉ!! こんな楽に船で移動できるとは、魔法とはすごいものじゃな!!!」
おじいさんは眉毛で隠れた目を見開きながら、ハイテンションで先導をしてくれる。
トレットやタトラさんも波を切って進む帆船の速度にはしゃぎ、ここ数日何度も往復した海であるというのにしきりに移り変わる景色をながめていた。
「すごいのじゃ!! オールを漕がなくても勝手に進んでおるのじゃ!!! それにずっと早いのじゃー!!!」
「ほんと、風が気持ちいいです」
はしゃぐふたりを見てオレも自然と笑みがこぼれた……まあ、トレットにはそのうち風の制御魔法を交代で使ってもらうつもりだが。
◆◆◆
ノイケの街に戻ると、ドクロマークをかがげた海賊船は悪目立ちをしたようで、船を降りるなりすぐさま街の警備隊に包囲された。
オレは海賊を退治した旨を警備隊に告げ、昏倒させ拘束した海賊を引き渡す。警備隊には本当にオレたちだけで海賊を壊滅させたのかと疑いの眼差しで見られたが、魔物退治の実績と漁師のじいちゃんの証言のおかげでなんとか受け入れられた。
残った海賊船に関しては海賊を討伐したオレたちの所有で問題ないらしい。街の領海で捕まったのだから船も街のもの、などと言われずに済み、ほっと胸をなでおろす。
こうして、ようやく東の国へ向けての足を手に入れることができた。
次回
船を手に入れた主人公。
ついに東の国へ向け、船出の時を迎える。
伊織の魔改造で船が変わる――




