第8話 海賊釣り
「イオリさん、本当に大丈夫なんですか……?」
「平気ですって。おいトレット、速度が落ちてるぞ、真面目に漕げよ」
「なぜワシまでこんな事をしなければならないのじゃ……」
半信半疑なタトラさんにオールを漕ぐ手は止めずにそう言いながら、オレはダレていたトレットに檄を飛ばす。
オレたちが今いるのは海の上。手漕ぎ式の漁船に乗り込んで、海賊が出没するという沖に出ていた。
オレは船の舳先でのんびりとお茶を飲んでいる、この船の持ち主でもある獣人で漁師のじいちゃんに感謝の言葉を述べる。
「すみません。無理を言って連れてきてもらって」
「なぁに、漁場を海の魔物から取り戻してくれたんじゃ。これぐらいの事ならいつでも力になるよ。それにしてもすごいもんじゃのう、まさかふたりだけでこの船を動かせるとは、さすが魔物を退治しただけのことはある」
腰の曲がった漁師のじいちゃんは、ホッホッホッと笑いながら白髪のあごひげを撫で付けた。
オレたちが乗り込んでいる漁船は、本来であれば6人ほどの男たちが漕ぐしろものらしいのだが、今はオレとトレットだけで事足りている。
獣人の男と比べれば華奢で細い少女の腕でなぜこうも軽々とオールが漕げるのか突っ込みたいところはあるけれど、可愛ければ何でも出来てしまう世界なのだから、深く考えるだけ無駄なのだろう。
漁船は外洋に出るには心もとないが、ノイケの街でも大ベテランだというじいちゃんの先導に従って漕いでるうちは安全だと信じている。
じいちゃんを紹介してくれた魚屋のおばちゃんには感謝してもしきれない。
「いやぁ、それほどでもないですよ。でも、頼んでおいてなんですが、本当に漁場に行かなくて良かったんですか?」
「数は向こうに比べれば少ないが、こっちにも魚はおるし、他の漁船が無い分のんびり漁ができておるから心配いらん。ほれ、言うとったら魚が釣れたぞ」
言いながらじいちゃんは複数の釣り竿の一本を上げて慣れた手付きで魚を釣り上げ。針を外すと餌を付けまた糸を垂らす。
流れるような動作には無駄がなく、じいちゃんの熟練の腕を感じてしまった。
ついつい見とれてしまったが、オレは慌てて首を振って本来の目的を思い出す。オレたちは別に魚を釣るためにわざわざ海に出たのではない。本命はあくまでも海賊船なのだ。
ノイケの街で海賊の話をしてくれた魚屋のおばちゃんによると、海賊が出没するようになったのは、海の怪物が漁場を荒らすようになるよりも前からだという。
ということは、あのエロ大ダコのせいで貿易が滞っていた期間は、海賊にとってもろくに商売にならず悶々とした日々を過ごしていたに違いない。
オレたちが大ダコを退治したため、これから多くの貿易船がまた行き交うことになるが、まだ出発準備の整わない現時点では、海賊も獲物に飢えている状態だと思われる。
つまり、商船でもない漁船であっても、その場しのぎの稼ぎのために襲ってくるに違いないっ!!!
……という訳で、漁船を餌に海賊を釣ろうという作戦なわけだが、お目当ての海賊船はそう簡単には見つからない。ソナーやレーダーでもあればもっと効率的に探せるかもしれないが、生憎そんな高度な機械はこの世界には存在するわけがない。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだろうと数日間毎日船を出してみたが、魚は釣れども海賊船の姿は一度として見ることはなかった。
もしかして商売にならないから拠点を変えてしまい、ノイケの街近くからはいなくなってしまったのだろうか?
「今日はもういいじゃろう。お腹が空いたのじゃー。お腹ぺこぺこなのじゃー」
「帰ったらたっぷりフライを食わせてやるから、もうちょっと我慢しろって」
いつものようにトレットとそんな取りを何度かして、海賊船に関する収穫が何もないまま今日はもう帰ろうかと思っていたその時、漁師のじいちゃんが無いかを発見した。
「おや、あれは……何じゃろうな」
じいちゃんが見つめる方角に目を凝らしてみたが、なんにも見えない。
トレットやタトラさんも同じように目を細めるがやはり何も見つからないようだ。
本職の漁師の目を信じないわけではないが、発見の一報からあまりに進展がないためオレたちの緊張の糸が緩み始めた所で、ようやく米粒ほどの小ささの何かが目視できた。
米粒だったそれは、近づくにつれどんどん大きくなり、全貌が見えてくる。
それは確かにベッタベタな海賊船だった。ドクロマークの帆を掲げた船の甲板には手に何やら武器を持った獣人たち。
「よしっ!!」
ようやく目当ての海賊船を見つけ、オレは小さくガッツポーズを取る。そして、事前の打ち合わせ通り不自然にならないよう少し速度を落とし、用意していた降参用用の白旗を振って完全に停止した。
タトラさんと漁師のじいちゃんには被害が及ばないよう甲板の隅に避難してもらい、トレットを護衛に付ける。
目算では、相手の海賊船に乗っているのはざっくり30人ほどだろうか。
海賊船が隣接し、渡し板をこちらの船にかけた所で、オレはおもむろに声を張り上げた。
「よーし、全員武装解除しろ! 抵抗しなければ命までは取らないっ!!!」
「……は? 何だこいつ、恐怖で頭でもおかしくなったのか?」
相手が飛び道具でも持っていたら魔法で威嚇攻撃をしようと思っていたが、接近してみても海賊たちが手に持っているのは棍棒や剣など接近戦用の武器ばかり。
相手は獣人だしそこそこの可愛さはあるものの、所詮海賊家業に身を染める者たちだけあって、フォクさんのところの護衛である犬耳お姉さんたちに比べれば妙なオーラを纏った者も居ないようだ。
これなら心置きなく突撃出来るだろう。オレは久しぶりに全力でピコハンを一振りすると、あっけにとられる海賊との『話し合い』のため単身、海賊船に駆けていった。
次回
海賊船を襲う主人公。
獲物となるはずだった漁船に逆に襲撃された海賊たちは阿鼻叫喚の渦に飲まれる。
海賊たちの命は助かるのか――