第6話 東へ
「おい、おいイオリ!! お主何をボーッとしておるのじゃ! ワシのエビフライが焦げるおるのじゃ!!」
トレットに肩を揺すられ、正気に戻ったオレは鍋を見る。
入れたばかりだったはずのエビフライは煙を出していつの間にか真っ黒になってしまっていた。
「ああ、すまん」
「ワシのエビフライが……」
炭化したエビフライの残骸を肩を落とすトレットに謝り、オレは新しいエビに衣を付けて鍋に投入しようとする。しかし、すんでの所でトレットに止められた。
「やめるのじゃ! そんな状態で作ってもまたエビをダメにするだけじゃろっ!! どうしたというのじゃお主」
トレットに心配されるとは、相当な状態なんだろう。ひとまずエビを置き、オレはこいつに相談して良いものかどうか頭を悩ます。
仮にトレットが「良い方法があるのじゃ!」とのたまった所で今までの実績を考えると、ろくでもない結果にしかならなそうだし、かと言って提案を無視するとへそを曲げでめんどくさそうだ。
それならひとりで考えたほうが良いか、とも思ったのだが一応トレットなりに心配をしているようなので、正直に話すことにした。
「この街に来て魚を思う存分食べたろ」
「うむ? そうじゃな。はじめて食べたが、なかなか美味しかったのじゃ」
「そうだろ。それで、魚の次は米が食いたくなってな……」
そう。ここ最近魚を食べ続けたことですっかり胃が和食を欲するようになってしまっていたのだ。しかし、この世界では麦は栽培されているが、米は一度たりとも見たことがない。無いとわかると余計に食べたくなるのが人情というもの。
刺し身を食べては寿司にしたらうまそうだとか、エビフライを揚げながら天ぷらにして天丼にしたら絶対美味しいだろうとか、そんな事ばかりが頭を駆け巡り、気がつくと手が止まってしまっていた。
「……なんじゃ。そんな事で悩んでおったのか。そもそもコメとはなんじゃ」
「そんな事って言うけどな。オレにとってはもう二度と食べることの出来ないあっちの世界の食い物なんだぞ」
よっぽど深刻な悩みに見られていたのか、話を聞いたトレットがどんどん興味を失っていき視線でもう良いから早くエビフライを作れと催促してくる。
くっ、いつもは食い物の事ならもっとぐいぐい来るくせに、最初から食べられないとわかっているものに関しては興味なしかよ。
「……コメ? コメってもしかして東の国で作られているっていう作物のことですか?」
オレたちのやり取りを見ていたタトラさんがポツリとそんな事を口に出した。
「っ!!! 米があるんですか!?」
「きゃっ、あ、あたしもよく知らないんですけど、この前交易船の人がそんな名前の品を東の国から輸入してきたって言ってました……けど……」
思わぬところから出てきた米の情報にオレは舞い上がりタトラさんに詰め寄った。
タトラさんは顔を赤くしながら、しどろもどろに交易船の事を教えてくれる。
「じゃあその商人から米が買えるんですね!!!」
「あ、いえ。船に積み込んでいた分はもう売ってしまったらしいです。あんまり利益にもならないから別の商品を探さないとって言っていたのでその……」
話を聞くたびにオレはどんどん膝を落とし、地面に伏してうなだれ、最終的に四つん這いで嗚咽を漏らすこととなった。
あまりの落胆ぶりにタトラさんはオロオロと動揺しているが、今はちょっとフォローが出来ない。
せっかく見つかった米の存在。しかし、見つかったと思った手がかりが目の前から消えてしまうのは、なまじ存在しないよりたちが悪い。
米を輸入した商人に卸先を聞いてそこから分けてもらうと言う考えも一瞬浮かんだが、そもそもそれほどの量を仕入れていないらしいので望み薄だろう。
蜃気楼のように消えてしまった米の手がかりに、オレはただただ己のタイミングの悪さを呪った。
こんな事ならタトラさんにくっついて市場調査という名の街の探索に付き合っていればよかった。ここ最近は街でブームとなったフライの技術指導とレシピ作成にかまけていたため、別行動が多くなっていたのが災いした。
悲嘆に暮れていたオレだが、ひとしきり嘆いた所でふと考えを改めた。
そうだ、諦めるのはまだ早い。米の存在が確認できたのだ。今まで存在すら定かではなかった米が、確かにこの世界にもある事がわかったんだから、方法は一つしか無い。大陸で食べられないのならオレが輸入元の東の国へ行けばいいじゃないか。
そう結論づけたオレは、がばっと顔を上げふたりに東の国行き決定を告げる。
「よし、タトラさん、トレット、東の国へ行こう!!! オレ、船を探してきますっ!!!」
「え、イオリさん? ちょっと本気なんですか?!」
「相変わらず変な所で行動力のあるやつじゃのぅ」
有無を言わせず船着き場へ駆けるオレを、ふたりは呆然と見つめ続けていた。
次回
米を求め東の国へ旅立つ事を決めた主人公。
しかし、辺境へと向かう長く危険な船旅に出ようという船は中々見つからない。
伊織たちは無事旅立つことが出来るのか――




