第5話 衝撃のエビフライ
ノイケの街の漁場を荒らしていた大ダコを退治して以来、オレたちは毎日のように市場に入り浸って思う存分魚を味わっていた。
焼き物に始まり、煮物、蒸し物、炒めものと思いつく限りの魚料理をオレは作り、珍しそうに出来上がった料理を見つめるトレットやタトラさんに振る舞い、一緒にその味を堪能する。
久しぶりの魚料理は単純な旨さだけでなく、もう戻ることが出来ない日本を思い出させてくれて、思わず涙が出てしまった。ブラックな会社勤めが長く、ろくでもない思い出も多かった日本だけれど、食事だけは未だに焦がれてしまう。
商売もせずに食い道楽を重ねて大丈夫なのか、と言う心配もある。しかし、アズマの街で銀髪狐耳のフォクさんの依頼をこなしかなりのお礼を貰っているので、今の所ガツガツと働く必要はなくなっていた。
さすが、獣人の国有数の豪商は気前が良い。「その内、身内となるのだから遠慮するな」と不吉なセリフも一緒に貰ったが、それは聞かなかったことにした。
資金的な余裕はそれだけでなく、ちょっとした副収入もある。
「おや、イオリたちじゃないか。今日は早いねっ!」
「おはようございます。せっかくだから朝ごはんもこっちで作っちゃおうと思って」
「そういう事かい。良いよ、そこにあるやつなら何でも好きに使いな。あんたの料理は市場でも大人気だからねぇ。もちろん、アタシの分もよろしく頼むよっ!!」
「はは、じゃあ多めに作りますね」
すっかり仲良くなってしまった魚屋のおばちゃんに、オレは愛想笑いを返した。
当初、オレは自分たちだけの食事を作っていたのだが、匂いにつられた人たちが物欲しそうに毎回見てくるため、おすそ分けを上げていたらなぜかオレが料理を始めると勝手に食材を持ち寄る人が現れ、料理を食べた後で小銭を置いていく人が現れ……今では面倒なのでおばちゃんの店先を借りて、気まぐれ日替わりレシピの辻屋台を開くようになってしまっていた。
営業許可もなしに大丈夫なのかと最初はビクついていたが、そもそも屋台は場所代の支払い以外に細かい規定はなく、市場内であればよほどおかしな店を出さない限り問題となることは無いという。しかも市場で顔の広いおばちゃんが後ろ盾となっているため、なおさら変なことが起きる心配は皆無。
そんな訳で、何故か思う存分海の幸を食べているだけで小銭が舞い込んでくるよくわからない現象が起きてしまっていた。
朝だし軽めに海鮮麦粥でも作ろうかとおばちゃんが指定した魚の詰まった桶を探っていると、中に背を丸めた懐かしい食材、もとい生き物を見つけた。
「お、エビがあるじゃないか」
「なんじゃ、それはうまいのか?」
ピチピチ勢いよく跳ねているエビを捕まえてどう料理しようか悩んでいると、トレットが手元を覗いてきた。
こいつ、始めは見たこと無い食材ばかりで恐る恐る魚料理を口に運んでいたのだが、食べた料理すべてがことごとく美味かったため、今ではオレがうまいと言えば躊躇なく「自分も食べるのじゃ!」とねだるようになっていた。
「ああ、塩焼きにしても良いし、すりつぶしてつみれにしたり、あとは……やっぱりフライだよなぁ」
トレットに説明しながら、オレはカリカリの衣をまとったエビフライの味を思い出してしまった。
フライはとんかつや白身も良いが、海鮮で王道と言えばやはりエビフライをオレは推す。
白いプリプリの身に、程よく熱が通り、衣のおかげで漏れ出ること無く凝縮されたみずみずしく甘い濃厚な汁が口の中でじゅわっと……。
「じゅるっ!」
「そこまでか!? そこまでうまいのじゃな!!! ええぇい、ならそのふらいを早く作るのじゃ!!!」
想像でよだれを垂らしたオレを見て、我慢できなくなったトレットがオレの首根っこを捕まえガクガク揺すってくる。
「わかった、わかったから落ち着け!! ……あのー、おばちゃんこのへんで食用の油って買えるかな? 結構大量に使いたいんだけど」
「そりゃあ市場なんだからいくらでもあるけど、そんなにどうするんだい? 炒めものならそこの油壷の分で十分だろ?」
「いや、油を鍋に入れてその中にエビを入れて揚げ……煮たいんだ」
「それは……贅沢な料理だねぇ……」
オレの説明に、おばちゃんはキョトンとして大口を開けた。確かに、この世界では油はそれなりに高級品だし、そんな反応になるのもよく分かる。
しかし、一度フライの頭になってしまうと、オレもどうしてもエビフライが食べたくなってしまった。急いで周囲の店で油とパン粉、それに小麦粉と卵を買って来て、手早く準備を整えてしまう。
温度計なんて無いので、適当な感覚で熱した油に衣をつけたエビをどんどん入れていく。ついでに魚も切り身にして油の中に放り込んで一緒にフライにしてしまった。
朝から揚げ物とか重すぎるかとも思うが、こっちの世界のオレの身体はなぜか10台後半ぐらいまで若返っており、さらに今はリボンで美少女に変身して胃もたれ知らずの身体となっていた。
「ほぉ、魚を油で煮ておるのか」
「不思議ですねー。魚のまわりにだけなんで泡が出てるんでしょ?」
「油はそう見えて水より熱いし、油がたまに跳ねて飛ぶんで気をつけてください」
はじめて見る揚げ物に、トレットとタトラさんがランランと目を輝かせて観察している。
元々一緒に食べるつもりだったので何の問題もないが、油が跳ねると危ないのでその注意だけはしておく。
ほどなく揚がったエビフライは適当な感覚で作ったにしては良い色に仕上がっている。その他雑多な魚フライとともにエビフライを器に並べていると、なぜかおばちゃんと市場の人たちまで準備万端でオレに視線を注いでいた。
「しまった……気づかれてたか」
「イオリ、こいつがフライなのかい?」
「はい。油を使ってるんでちょっと高いですけど、それでもよければ皆さんドウゾ。美味しくなーれ、美味しくなーれ、キュンキュンキュンっ!!!」
ここまで来たら自分たちだけで食べるのは無理と悟って、オレはヤケクソ気味に仕上げの魔法をかけて料理の完成を告げる。値段なんて付けていないので支払いは適当だが、皆何故かきちんと食材の値段以上のお金は払ってくれていた。そこは市場で働く商人たちなので、おおよその値段は食べればわかるということだろうか。
オレの合図とともに思い思いのフライを手に取り、かぶりつく人々。
――そこからは壮絶なフライの奪い合いが始まった。
ただでさえこの世界の住人にとっては、はじめて食べる料理法。しかもオレのいた元の世界では中毒者レベルの愛好者を量産していた揚げ物だ。一度味わってしまえば皆がその虜となってしまうのは致し方ないことだろう。
一口エビフライを噛んだトレットが変な叫び声を上げて倒れたかと思えば、タトラさんも腰砕けになり、おばちゃんや市場の人達も面白げな声を上げたかと思えば、すぐに復活してフライ争奪戦に復帰していく。
って今フライ食べて光線放った奴いなかったか? よく見ると、フライを食べたマオが光るブレスを放っているらしい。例によって見かけだけの威力なしブレスっぽいが、どこぞの料理アニメみたいなリアクションをまさか現実に見ることになると思わなかった。
結局、フライの虜とのなった市場の人達のご厚意で、頼んでもいないのに大量の油と食材が追加され、オレは延々とフライを作ることとなってしまった。これだけひっきりなしに揚げ続けたというのに、オレの胃に入ったフライは結局数個のみで、逆にフライへの欲求が強まってしまった。
もうフライの調理法は皆に広めて、オレはゆっくりと自分の分のエビフライだけ堪能したい。
次回
念願の魚料理を味わった主人公。
食っちゃ寝を続けた彼らが次に目指すものとは
伊織の心に望郷の念がくすぶる――