第5話 『可愛い』を作ろう。
「さてと、じゃあはじめようか。ゼフィーさん、針と糸貸してもらえます?」
「構わないが、何をするんだ?」
「まあまあ、見てればわかりますよ」
おばちゃんから買った髪留めにちょうちょ結びにした飾り紐を合わせると、飾り紐の切れ端を輪っかにして2つを補強するように縫い付ける。本当は木工ボンドでもあればよかったのだが、この世界にはないだろうな。
ただ、身につけて激しく動くことを考えると、この方がむしろいいかもしれない。
「器用なもんだな」
「そうですかね?」
ゼフィーさんがオレの手先を見ながら感心している。ムダに長い一人暮らしのおかげで、プロ級とはいかないが、大概の家事全般はそつなくこなせるようになってしまった。親戚のおばさんなどにはよく「いつでもお嫁に行けるねぇ」などと言われ乾いた笑みを返していたが、こんなところで役立つとは人生何があるかわからない。
しばらくバランスをととのえたり、膨らみをもたせたりと少しでも可愛くなるよう微調整をして、それは完成した。
ちょうちょ結び型のリボンっぽい髪留め。生地はピンクと白の幾何学模様が織られていて、素材は何かわからないがつるつるしてシルクのよう。我ながら良い出来だ。
「よし、できた」
「ほう、これはなかなか可愛いな。それをどうするんだ?」
作ったはいいが、……これつけると女になるんだよな。たぶん。この世界で生きていくと決めた以上、必要不可欠なこととはわかっているのだけれど、いざ女になると思うと尻込みしてしまう。
すでに一度女になってはいるけど、あれはゼフィーさんに無理やりされたことだし、自分の意志で女になると言うのはなかなか踏ん切りがつかない。
髪留めをどうするのか、早く見せろと興味津々のゼフィーさんの眼差しが痛い。視線に押されるように、意を決してオレは後頭部の髪を一房つかみ、髪留めをつける!!
ああ、大切な何かを失ってしまった気がする。
「あー、つけたらやっぱり女になるんだ……」
リボンをつけた途端、身体が縮んでストンと目線が下る。髪も伸びたようで肩にツヤツヤの黒髪がかっている。胸を手に当ててみると、控えめだけど柔らかな膨らみがふたつ。これは確認のためであって決してやましい気持ちはない。たとえ、胸ってこんなにふにふにして気持ちいいんだ……と思ったとしてもそれは仕方なく確認した結果だ。
「なんと、これほど可愛くなるとは!!!」
「そんなに違います?」
「違うも何も昨日とは全く別物じゃないか!!!」
鏡が無いからわからないが、ゼフィーさんの反応を見ていると、昨日より随分可愛くなっているらしい。そこまで言われると自分でもちょっと見てみたいな。今度なにか探してみよう。
「へー、リボンはこっちでもやっぱり結構可愛いんだ」
「りぼん? りぼんというのかそれは!!」
「あれ、この世か……じゃない、国ってリボンないんですか?」
「あるわけ無いだろう! こんなに手軽に可愛くなれるならとっくに軍が採用している!!」
たしかに、ゼフィーさんの兜も羽飾りはついていたけど、すごく可愛いってわけでもないな。日本にいたオレからすると、ここは可愛いくないと生きていけない世界にしては可愛いものが少ないのだ。
もしかしたら日本にあった可愛いものを作って生計が立てられるかもしれない。
「イオリ、それはどうするんだ?」
可愛いもので億万長者、なんて妄想を膨らませていると、ゼフィーさんの熱視線が机に残った髪留めの素材に注がれている。オレは慌てて素材を手で覆い隠した。
「ダメですよ! これはサリィさんへのプレゼントにするんだから」
「娘はやらんぞ」
「そんなんじゃないです! 材料が無いから今日は無理ですけど、明日もう一回買い出しに行ってからな作ってあげますから。いくつぐらい必要なんです?」
「本当か!!」
まさかゼフィーさんが釣れるとは思っていなかったが、色々お世話になっているのだ、この程度のことならやぶさかではない。鼻息荒く指折り数えているところを見ると、部下にも贈って良いとこ見せようとか考えてるんだろうな。
「そうだな、50……いや100は欲しいところだ」
「えっ、そんなに!? さすがに端切れじゃ足らないからけっこうしますよ?」
「かまわん。髪留めの土台も問屋から購入すればいい」
ゼフィーさんと部下の分だけだと思っていたら、ガチ発注だった。
「もちろん材料費は私持ちだ。別に手間賃は出すし、期間はそうだな、10日ぐらいでどうだ?」
一日10個か。作っているうちに作業速度も上がるだろうし、それぐらいなら根を詰めることなくできるだろう。ちょっと遊びを加えてもいいかもしれない。
「わかりました。じゃあ、明日買い出しに行きますね」
「すまんな。よろしくたのむ」
話がまとまったところで、オレはサリィさんへプレゼントするリボンの髪留めをささっと作ってしまう。こちらはクリーム色の単色でやはり幾何学模様が編み込まれたもの。赤髪のサリィにはこっちのほうが似合うだろう。
「サリィー、ちょっとこっちきてくれないー」
「どうしたのふたりとも。あら、イオリ可愛いわね」
しまった、作業に夢中で自分のリボン外すの忘れていた。男の姿を知っている人間に女の姿を見られるというのは気恥ずかしい。なんだろう、経験はないが隠れてコスプレとか女装していたのを見られたみたいな感じだろうか。
ゼフィーさんもサリィもそれが普通だから気にした様子が無いのが救いだ。
「これ、よかったら受け取ってもらえませんか。昨日のお詫びです」
「え、いいの!? こんな可愛いもの高かったでしょ!?」
「ふふ、サリィ、それはな、イオリが作ったんだよ」
何故かゼフィーさんがドヤ顔で言う。サリィはほんとにもらってもいいものかと戸惑っているが、チラチラリボンを見て落ち着かない様子なので、デザインは気に入ってもらえているようだ。
「うそっ、すごい……ほんとにもらってもいいの?」
「うん、もちろん」
「じゃあ、はい」
「?」
「つけて」
ふぁ!? まさか美少女の髪に髪飾りをつけるなんてイベントが起こるとは、誰が想像できただろうか。異性とお付き合いどころか、まともに会話したことすら殆どなかったオレが!!
初めてこの世界に来て良かったと心から神に感謝しながら、サリィの髪に触れる。軽くウェーブのかかったふわふわな赤毛を手ぐしでまとめる。
「し、ししししし失礼します!!」
「クスクス、そんなに固くならないでよ。あたしまで緊張しちゃう」
顔が火照って、鼓動がフルマラソンでもしているかのようにバクバク脈打っている。女の姿になっていてよかったかもしれない。男のままだったら絵面が大変よろしくない、間違いなく通報案件だ。
大丈夫、相手はまだ子供、冷静になれと自分に言い聞かせながら、緊張で髪をひっぱたりしないよう慎重に一房束ね、リボンで留めた。
「どう?」
サリィは手でリボンに触れると、その場でくるりと一回転してポーズをとるとはにかんだ。まずい。これはめちゃくちゃ可愛い。こんなに可愛い生き物がこの世にいていいのか。
リボンを付けただけなのに、上目遣いで見つめる姿は可愛すぎる。
「可愛いです」
「サリィ、すごいぞ!! やっぱりうちの娘は世界一可愛い!!!」
ゼフィーさんは大喜びでサリィに抱きつく。普通なら親ばかだなぁと思うところだが、オレから見てもそう思えるぐらいサリィは可愛いのでしかたない。
「父上っ、苦しいですっ!!」
抱きしめられたサリィは苦しい苦しいといいながらも、その表情はとてもうれしそうだった。
次回
ついに自らの意思で少女の姿となった主人公。
降って湧いたはじめての仕事依頼。
伊織はこのまま吹っ切れて可愛さにまみれた生活を受け入れてしまうのか――