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かわせか! ~『可愛いが強い』世界転生~  作者: 代々木良口
はじめての『可愛い』。
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第4話 異世界チュートリアル

前回のあらすじ

夢だと思ったけど夢じゃなかったし異世界だった

 ゼフィーさんに連れられ、オレは街中をぷらぷらと歩く。街は中心地に近づくごとに格が上がり、中央には石造りの屋敷があって、この一帯を治める領主様の屋敷だそうだ。

 屋敷周辺は石畳も整備されているそうだが、用事もなく一般人が近寄れば余計なトラブルに巻き込まれるだけだから、絶対に足を踏み入れるなと釘を刺された。オレとしてもわざわざそんな面倒なところに行くつもりはない。

 というわけで、今は下町の市場を案内されているんだが、意外なことに市場を行き交う人々は普通のおっちゃんやおばちゃんが多くいた。てっきりこの世界では誰でも可愛い女になっているんだとばかり思って身構えていたので、肩透かしを食らう。


「結構、男の姿の人多いんですね」

「ああ、安全な街中なら無理して可愛くなる必要はないからな。すべてとは言わないが、普通の格好の者も多いぞ。もちろん、兵士などは別だが」

「へー、そうなんですね」

 

 隣を歩くゼフィーさんは、当然鎧を着込んだきれいで可愛いお姉さんの姿になっている。事情を知らなければ女騎士のお姉さんとのデートでドキドキなはずだが、残念ながらゼフィーさんはおっさんだ。

 どんなに見た目が良くて、時折隣からいい匂いがふわっと香ってきても、髭面の顔が刷り込まれてしまっているのでぜんぜんときめかない。

 途中、何人か兵士の人がゼフィーさんを見つけて近寄ってくる。そのたびにオレのことを紹介し、確認事項を言いつけている。そういえばゼフィーさんはオレと違って、本来は仕事しなきゃいけないんだよな。


「すみません。仕事がありますよね」

「気にするな。もともとこの街は治安がよく事件なんぞほとんど起きない。今一番の問題はどこの馬の骨ともわからないお前だ。他の者に任せるわけにもいかんからな」

「あ、はい」


 確かに。街の人達は放牧的というか、現代日本で社畜として生きてきたオレから見るとのんびりしている。それは文化レベルの違いもあるだろうが、治安が良いというのも理由のひとつなんだろう。

 市場に目を向ければ、木の机に屋根だけを取り付けた簡素な屋台や露天が立ち並ぶ。区画ごとに大まかに販売品が区別されているようで、生鮮食品を取り扱う区画では、様々な野菜や肉が売られていて、見た目じゃがいもっぽいものやトマトっぽいもの、大根、人参、玉ねぎなんかもある。値札も見てみたが、見慣れた数字だ。

 一応確認のため、店のおばちゃんに聞いてみる。


「あの、これの名前ってじゃがいもですよね?」

「なんだい、じゃがいも以外の何に見えるって言うんだい。へんな子だねぇ」


 やっぱりじゃがいもらしい。言葉が通じるだけで野菜の名称は全く別、って事もあるんじゃと身構えていたけれど、ちゃんと日本の名称で通じるらしい。

 もしかしたら全く別の野菜なのかもしれないけれど、オレは農家をするわけじゃないし相手に言葉が通じて買い物できれば問題ないな。


「さて、どうする?」

「なにがですか?」


 唐突にゼフィーさんから話をふられ、オレは首をかしげる。何かあったかな?


「お前なぁ、その格好のままでいるつもりか? 街中で生きていくならたしかに必須というわけではないが、それでも街中が完全に安全というわけではない。護身用に可愛いもののひとつでも用意しておくことは必須だぞ。お前が故郷へ戻りたいと言うならなおさらだ」

「あー、なるほど。そうですよね」

「可愛いものはとうぜん高価だ。お前にやった金で買えるのは護身用のものを揃えるためだったんだが……わかってなかったのか?」


 ゼフィーさんが貸してくれたお金は、市場の品を見る限り、食費や日用品をあわせても一ヶ月は余裕で生きていける額だった。

 やっぱり騎士だから金持ちなんだ、すごい太っ腹だなーと思っていたら、そういうことだったのか。


「ごめんなさい。普通に日用品を買うための小遣いだと思ってました」

「何を言ってる、その金だってサリィの目を盗んで大事に大事に貯めた私のへそくりだぞ。そんなことのために貸してやるわけ無いだろう!」

「ですよねー」


 案外ゼフィーさんも苦労してるんだな。美人のお姉さんの姿で所帯じみた事言ってるからギャップすごいけど。

 さて、護身に故郷へ帰る準備か……。正直元の世界に戻りたいか、と言われると微妙である。両親もまだ生きてるし、未練はあるものの、こうして落ち着いて考えると今の仕事、ブラックすぎて遅かれ早かれドロップアウトしてただろう。戻っても働ける自身がない。というか出社ももうしたくない。60連勤はもう嫌だ。

 親しい友達と言っても就職してから疎遠になって連絡もとってないし、恋人も当然いない。趣味にしても仕事でもうずっと遊ぶ暇がなかった。

 すぐに戻る方法もないし、いっそまっさらになってこっちの世界で再スタートしたほうがしがらみもないし、楽かもしれない。

 可愛い少女になるっていうのは……色々受け入れづらいものがあるが、命との秤にかければ、それぐらいは受け入れよう。

 そうすると、問題は当面の護身用の装備を買って、身を守りつつ生きていく事だな。


「故郷には帰るにしてもかなりの準備が必要ですし、しばらくこの街に住もうと思います」

「そうか」

「ただ、ゼフィーさんが言う通り護身用のなにかは必要だと思うんですが、可愛いものって何があるんでしょう?」



 方針は決まったものの、何を買えばいいのか全く見当がつかない。可愛いもの、と急に言われても、何があるのかすらさっぱりだ。

「そうだな、兵士なら兜や鎧などの防具、一般人の護身用なら宝石などで作った指輪やペンダントなどの装身具だろう。防具は予算的に論外、装身具であっても、どれも新品では買える額ではないから中古を買うことになる」

「なるほど……やっぱり可愛いいほうがいいんですが?」

「当たり前だ。身につけるものが可愛ければ可愛いほど自分が可愛くなれるんだからな。買えるなら予算内で一番自分にあった可愛いものを揃えるのが常識だ」


 まったくわからないけど、ゼフィーさんが常識だと言うならそうなんだろう。可愛いもの、可愛いものねぇ。中古のアクセサリーを取り扱う露天を一緒に見て回ったが、あんまりかわいくないボロボロの指輪なんかでもべらぼうに高い。ゼフィーさんからもらった金でギリギリひとつ買える程度のものばかり。

 オレにとっては虎の子の元手。少しでも安くていいものが買いたい。あーでもないこーでもないと可愛い小物を物色していると、母親の買い物につきあわされたことを思い出す。しかし、今は可愛いが死活問題。となりでゼフィーさんがうんざりし始めようが妥協できるわけがない。

 そうして、装身具の露天区画を端から端まで食い入るように見たけれど、これだというものがやっぱりない。

 どうしたものかとふと隣の区画を見ると、きれいな布や帯なんかが飛び込んできた。


「そっちは反物だぞ。仕立てれば可愛くなるかもしれんが、どちらにしろ高価だ、お前の予算では帯ひとつでも厳しいぞ」


 ゼフィーさんが予想以上に長い買い物に文句を言いながらも説明してくれる。たしかに、どれもきれいな模様が織られていて、反物のままなのに中古のアクセサリーより高い。仕立てようとしたらさらに金がかかるんだから、全く手が出ないだろう。

 しかし、オレが思いついたのはまったく別のことだ。店の丸々としたおばちゃんに幅広なピンクの飾り紐をひとつ手にとって、値段を聞いてみる。


「あの、これいくらですか?」

「それかい? それ一本なら……」

「あ、いえそんなにいりません。これぐらいあれば十分なんですが」


 手を肩幅ぐらいに広げておばちゃんに示す。使いたいのはそんな長い紐でなく短いやつだ。


「おや、そんなに短いと、なんの飾りにも使えないじゃないか」

「いえ、そういうのがほしいんです」

「あんた変わってるねぇ。そういうことなら余った端切れだからこっちから選んどくれ、あまりもんだし、値段はこんなもんでどうだい?」


 とってもお手頃価格。本当は一本買うのもギリギリだと思っていたが、これならもう少し余裕がありそうだ。


「じゃあ、これとこれ、ふたつもらえますか?」

「あいよ、ちょっとまってなっ!!」

「おい、そんなもの買ってどうするんだ。いくら可愛くても身につけることができなければ意味がないんだぞ?」

「ゼフィーさん、わかってますって」


 せっかくのへそくりを無駄遣いされて怒るが、これは絶対に必要なものなので我慢してもらう。

 ゼフィーさんをなだめながら紐をまとめ紙袋に入れているおばちゃんを見ると、なんだかとても愛嬌がある。きれいとかとはかけ離れていて、まんまるなんだが、タイヤとか売りそうなマスコット的というか、 これはこれで……


「可愛い、と言えるのか」

「あら、いやだよー! こんなおばさんにお世辞なんか言ってっ!!」


 自然とつぶやいた独り言を耳ざとく聞いたおばちゃんは、手をパタパタ振りながら笑う。こういう仕草は万国世界共通なんだろうか。


「いや、からかうつもりはなくて本当にですね」

「もう口がうまいんだから!! ほらよ、おまけしといてあげたから持ってきな!」


 まさか聞かれているとは思わなかったので慌てて訂正しようとしたが、気を良くしたおばちゃんは追加で端切れの紐を一本入れて手渡してくれた。まさかマスコットみたいで、とは言えず微妙なスマイルでお代を渡すオレ。

 またきなよ!! と上機嫌のおばちゃんに見送られてしまった。


◆◆◆


 目当てのものが買えたので、帰りに中古の小物屋で壊れた髪留めの台座をみっつ譲ってもらった。木製でそれだけでは味も素っ気もないものなので、こちらもほとんどタダ。残りの金は大切にとっておこう。


「それにしても……イオリお前、すごいな。人の趣味にとやかく口は出さないが……」

「そういう意味じゃないって言ってるのに。もういいです……」


 おばちゃんとのやり取りのあとから、ゼフィーさんはオレとの距離を微妙にとっている。へんな視線を感じると思っていたが、ゼフィーさんにも誤解されていたようだ。必死で誤解を解こうとしたが、わかってるぞ、無理しなくていい、みたいな生暖かい笑みを浮かべるようになったので最後は諦め無言で帰宅した。


次回

へそくりを無駄遣いされおこなゼフィー。

ようやく主人公っぽいことをし始めた伊織。


そしてついに伊織は決断の時を迎える――

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