第29話 ベッドの問いかけ
ケモミミ騒動の翌日。ナールくんが部屋から出てこないというので、オレは部屋の前まで来ていた。トレットに頼もうと思ったのだが、「お主のせいなのじゃから、自分でなんとかするのじゃ」と冷たくあしらわれた。
そう言われてしまうとぐうの音も出ないので、気まずさはあるが、話をしない訳にいかない。
ノックにも反応がないので、オレは一声かけて扉を開けた。
「ナール、入るぞ。……どうしたんだ?」
「なんでも無い」
鍵はかかっていないようで扉はすんなりと開いたのだが、ナールくんはベッドで布団にくるまって微動だにしない。
オレが近づくと、布団を被りそっぽを向いてしまう。 これは手強そうだ。
「なんでも無いって、そんな格好で言われてもなぁ」
やはりここは伝家の宝刀、土下座の一手か。しかし、頻繁に使いすぎてはオレの頭の価値は無くなってしまう。土下座とはいざという時、真に相手の許しを請う時に使うものであって、無闇矢鱈と使うものではないはずだ。ここは本当に土下座をするべき状況なのか……オレがひとり葛藤していると、ナールくんがそっぽを向いたまま口を開いた。
「……イオリはなんであの頭飾りを作ったの?」
改めて聞かれると、返答に困ってしまう。一応、ナールくんが獣人っぽくなれば良いんじゃないかと思って初めは作っていたが、実際には途中で要らなくなったとわかっても完成させてしまったし、自分でも明確な意識があったわけではないのだ。
考えた末に導き出された答えはシンプルだった。
「そうだなぁ、面白かったからかな」
結局、特別な理由があって作ったわけではなく、作る工程が楽しかったので完成させてしまった。としか言いようがない。
答えたオレに、ナールくんは布団から顔を出し、以外そうな顔で聞いてくる。
「えっ、イオリは獣人になりたくて作ったんじゃないの?」
「別に獣人になりたいわけじゃないぞ。オレは人間のままでいいし」
ナールくんにとってその答えはあまりに本人の常識とかけ離れていたのか、ベッドから身を乗り出して湧き出す疑問をオレにぶつけてきた。
「でも、あんなに可愛い獣人になれたんだよ? 本当はずっと獣人のままでいたかったんじゃ……」
「そりゃあ、可愛いに越したことないだろうけど、別に獣人が特別可愛いってわけでもないし、人間だって努力すればいくらでも可愛くなれるぞ。ナールだってその辺の獣人よりずっと可愛いじゃないか」
「で、でも、人間は獣人と違って耳も尻尾もなくて……」
「そんなに頭を固くする必要ないって。獣人も人も同じ人間なんだから可愛いやつも居るし、可愛くないやつも居る。耳や尻尾が無いってだけでそんなに卑屈になる必要なんて無いと思うぞ?」
なおも食い下がるナールくんに、オレは淡々と答えたつもりだったが、最後の言葉にナールくんは目を見開き、言葉を失ってしまった。
沈黙するナールくんを見て、ようやくオレは相手を言葉でボコボコに打ち負かしているのではと思い至り、慌ててフォローをする。
「オレ、変なこと言ったか? さっきのは、お前を追い詰めるつもりじゃなくってだな……」
「う、ううんっ!! 違う。母さまと同じ事言われたから、びっくりしただけ。……獣人も人、たとえ耳や尻尾が無くても、おんなじ人間で、だから母さまは父さまを好きになってボクが産まれたんだって」
なんだ、大切な事はちゃんと教わっていたのか。ナールのお母さんの言葉は、甘い理想論かもしれない。獣人は自分たちこそが一番可愛いと思いこんでいるし、人間同士だって可愛さの違いで差別はあるだろう。しかし、理想がなければ人はそこへたどり着くことも出来ないじゃないか。
手に手をとって皆仲良く、などとは言わないが、人も獣人も、エルフだって対等な関係で居る世界であって欲しいとオレは思っている。
「……良いお母さんだったんだな。オレもそうだと思うぞ。まあ、そんな事言っても、奴隷の戯言だけどな」
ふっ、と自然に笑みがこぼれ、オレはナールの頭を撫でた。やわらかでふわふわな銀髪の手触りが心地よい。
しばらく何か考え込んでいたナールくんは、唐突に顔を上げ、別の質問を投げかけてくる。
「イオリはなんで奴隷をしてるの? やっぱり借金のせい?」
また答えづらいものを。本当はなんちゃって使用人で、なんちゃって奴隷なのだが、なぜかいい感じにナールくんの元気が出てきた雰囲気をぶち壊しかねないし、ここは適当に嘘を付いておこう。
「あー、まあそうだな。借金だ。うん。すごーく沢山借金してるんだよ」
「そうなんだ……」
なんだかわからないが、ナールくんはひとり頷くともぞもぞとベッドから這い出し、部屋を出ていってしまった。
あれ、もしかしてオレと話していて自己完結したんだろうか。なんとも手応えのない、狐につままれたような気分で、ナールくんが出ていった後ももぬけの殻となった部屋でオレは首をひねるばかりだった。
次回
少年の心を無意識に開く主人公。
その意味を、まだ彼は知らない。
少年の心に目覚めた思いとは――