第18話 特訓! タトラさん
「すごい。こんな艶々な毛並みになったの初めて……」
宿屋で大きめのタライを借りて、魔法で用意したお湯とタトラさん、それにトレットが作ったというエルフ特製ミックスハーブを入れて待つことしばし。
湯上がりのタトラさんを丁寧にブラッシングすると、元々艶のあった毛並みがふかふかで艶々な極上の毛並みとなった。
これまた宿で借りた姿見の前で、タトラさんは何度もクルクルと回りながら自分の姿を確認している。
「今日から毎日お風呂とブラッシングしてもらうんで、慣れてくださいね」
「えぇっ!! こんなに綺麗になったのに、毎日入るんですか!?」
「当然。今日の毛並みの仕上がりを維持するためには絶対必要なことですから」
「なるほど……可愛くなるのって大変なんですね。あたし、可愛い人は生まれたときからずっと可愛いんだって思ってました」
しみじみと言うタトラさんの言葉も間違ってはいない。可愛く産まれた方が楽なのは確かだ。しかし、それは可愛さの全てではない。特にこの世界は可愛くなる努力をすればしただけ可愛くなるのだから。
オレからすればもふもふですでに十分可愛いタトラさんがそんな風に思ってしまうのは奇妙な気がするが、それだけ獣人の中でひどい扱いを受けてきたんだろう。
だが、今はその思い込みも随分和らいでいるのか、タトラさんの言葉に以前のような悲壮感は感じられなかった。
「素質ってものあると思いますけど、多分皆可愛くなる努力をしてるとオレは思いますよ。エルフだってああ見えて可愛さを磨いているんですから」
「そっか。あたしも頑張ってみますっ!!」
「その意気です!」
タトラさんのやる気も十分だし、この調子でどんどん進めてしまおう。
「身体の手入れはこんなもんで良いとして、あとは服だな」
「イオリさんの防具みたいなものじゃダメなんですか? すごく可愛いと思うんですけど」
「これは戦闘を想定したものだし、タトラさんに似合う服装はもっと別にあると思うんですよね」
タトラさんに似合う可愛い服。何が良いだろうか。
ビキニアーマーは可愛いが、タトラさんの魅力を最大限引き出すには今ひとつという気がする。
タトラさんは別に戦闘するわけではないのだから、防具にこだわらず、もっと可愛い服を用意して勝負に臨みたい。
もふもふな毛並みを生かしてハイレグ水着……いや、逆に肉球や耳を強調するため、他を隠す服装と言う手もある。幸いにもトレリスの街に比べると、アズマの町の布製品の価格は安い。無理をすればオレたちの資金力でもフリフリのドレスぐらいなら作れるだろう。
素材に限りがあって何も作れないというのも困るが、逆に素材は自由で選択肢が多すぎるというのも中々悩ましいものだ。
「魔法で変身した時の服ではどうなのじゃ? あれほど可愛い服なぞ早々ないじゃろ」
腕組みをして唸っていると、横からトレットが口を出してくる。確かにシャイニーキュアーの衣装は可愛いが……
「そりゃお前みたいなのじゃロリ幼女の姿なら似合うだろうが、タトラさんの魅力を引き出すには適してないぞ。そもそも、どうやってタトラさんに着せるんだよ」
「知らんのじゃ」
なにか方法を知っているのかと思ったが、考えなしかい。それからしばらく悩んでいたが、どうにも方向がまとまらない。時間はあまりないが、これは一からじっくり考えなければならないな。
ならば服の問題はひとまず置いておいて、最後の一手、確実にキツネのお姉さんをギャフンと言わせる切り札を作らなくてはならない。
腕組みを解いたオレは、タトラさんに向き直りその事を告げる。
「服はもう少し考えるとして、もうひとつ重大な事があります」
「えっ、まだ何かあるんですか!?」
「そう。それは必殺技っ!」
「必殺?」
「見るもの全てを虜にする可愛い必殺技。それを習得すればどんな敵が来ても怖くないっ!!」
「え、でもあたし、そんな技なんて使えませんよ? 武術だって全然習った事ないですし」
拳を握りしめ力説するオレに、タトラさんわたわたと慌てるけれど何も心配することはない。必殺技とはいえ、オレの考えたものはするだけなら何の技術も必要としないものだ。ただし、タトラさんの心がそれに耐えられれば、だが。
こればかりは実際に試して見るしか無い。もしかしたらすんなり出来てしまうかもしれないし、タトラさんの心が耐えきれなければそもそも技を出すことすら出来ないだろう。
技を試す前からむやみに不安をあおる意味もないので、タトラさんが気負わないようなるべく軽い調子で答えておく。
「大丈夫。やること自体はそんな難しいものじゃないんです。やろうと思えば誰でもできるような簡単な事ですから」
「そんな簡単なのに、必殺技になるんですか?」
「オレが考える限り、獣人、というかタトラさんが使えば必殺技になります。人やエルフでは同じ事をしてもそれほど威力のあるものではないですから」
謎掛けのようなオレの言葉に、タトラさんは半信半疑のまま「はあ」と気のない返事をした。
今まで見てきた獣人たちの事を思い出すかぎり、この技を使う者は居かったしタトラさんが使えば効果は抜群だろう。
ふふっ、対決の場でタトラさんがこの技を使った時の人々の反応が今から楽しみだ。
次回
獣人の娘の特訓を開始した主人公。
長く苦しい修行の果てに、ついに娘の可愛さが開花する。
勝負の行方、そして伊織たちの身柄は――