第12話 旅の準備
「イオリさん、トレットちゃん! 見て!! こんなに売れたよっ!!!」
「良かったですね」
タトラさんが今日の売上を見せてくれる。屋台の店主中心だったため、大金とまではいかないが、クレープ屋の売上と比べればものすごい売り上げだ。
やっぱり単価が高いと売れた時の利益はすごい。
「でも、どうして急にこんなお客さんが来たんだろう?」
「ああ、それは……」
オレは屋台での一件をタトラさんに説明する。正直に話せばプライドを傷つけてしまうか、とも思ったが、隠してもそのうちバレるだろうし、ダメだったなら早めに謝ったほうが良い。
しかし、タトラさんはプルプル震えていたかと思うと、突然オレに抱きついてきた。
「ありがとうっ!!!」
「わぷっ!?」
タトラさんに抱きかかえられ、頭というか上半身がビッグでふかふかなモノに埋もれてしまう。嬉しいけどこれ窒息するっ!!!
「タトラふぁんっ! いき!! 息がっ!!!」
「あ、ごめんなさい。つい嬉しくて……」
気持ちいいけど危険な抱擁から開放されると、オレは呼吸のできるありがたさを実感した。女性の胸に埋もれるのは男の夢だとずっと思っていたが、ものには限度というものがある。今度してもらう機会があったら、もう少し手加減してもらおう。
「喜んでもらえてよかった。差し出がましいまねをして、嫌われるんじゃないかとちょっと不安だったんで」
「そんなっ、あたしもただ雑貨を売るだけじゃ皆買ってくれないってわかってて、ずっと悩んでたんです。だから、こんな売り方があるなんて思いもしなかったし、皆に可愛い小物をちゃんと使ってもらえるなんて嬉しいですっ!」
獣人の世界だと必要以上に可愛くなる事は、よっぽど生活に余裕が無いとしないみたいだからなぁ。タトラさんが考えなしに可愛いものを売りたい、ではなくきちんと売り方で悩んでいてくれて良かった。
商品である以上、質の良い物が無条件で売れるなんて早々無いのだから。
「でも、よかったんですか?」
「?」
タトラさんのプライドを傷つけること無く、問題を解決できた事にひとり納得して頷いていると、タトラさんが遠慮がちに尋ねてきた。
「せっかく美味しい料理が作れるのに、その秘密を他の人に教えちゃうなんて」
「あー、その事なら大丈夫です。秘密とかそんなすごいもんじゃないんで。それに、タトラさん商品が売れたならまた仕入れをして次の街に行くんですよね?」
「ええ。そうですけど……え、もしかして一緒に来てきてくれるんですか!?」
「オレたちはそのつもりだったんですけど、ご迷惑でした?」
オレとしては人間の王国での面倒事を避けるため逃亡中なのだから、元からひとつの街に留まるつもりはなかったし、獣人の国で活動するには獣人の協力者が居たほうが何かと便利であることはこの街で実証済み。
タトラさんについていく気満々だった。全く相談をしていなかったため、一応トレットをチラ見してみるが、無言で頷いたので同じ意見のようだ。マオは……勝手についてくるわな。
「迷惑だなんてっ!! イオリさんたちが一緒に来てくれたら安心ですけど、良いんですか? イオリさんの料理の腕があればどの街でもすぐにお店持てそうなのに」
「あー、店を持つとか面倒な事は今はするつもりないんで気にしないでください」
その手の仕事はトレリスの街に戻れば嫌というほどある。しかし、オレの望みは日本で叶えられなかった、ブラックとは無縁の、裕福でなくても平穏で悠々自適な生活だけ。
今はトラブルでちょっと理想の生活から遠のいているが、まだ諦めたわけじゃない。
ほとぼりが冷めたらトレリスの街に戻って、まったりライフを満喫するんだ。
「そういう事なら、よろしくおねがいします」
「ええ、任せてくださいご主人さま!!」
「ご、ご主人さまはもういいですからー」
タトラさんは顔を赤らめうずくまってしまう。
◆◆◆
「旅に出る前に、準備をしたいんですけど。タトラさん、荷馬車と馬をちょっと可愛くしていいですか?」
出発に先駆けて、オレはタトラさんにそうお願いをした。
荷馬車は便利だが、乗っていて改善点もいくつか発見している。
これから行商を続けるなら、荷馬車での移動時間は結構あるだろうし、できることはしておきたい。
「馬って、ファべにですか。別に構いませんが、何をするんです?」
「それは馬小屋で実際に見てのお楽しみです」
「ワシも行くぞ!!」
「きゅぴー!」
退屈していたのか、トレットとマオも手と前足を挙げる。断る理由もないので、皆で馬小屋に移動した。
馬――ファべの繋がられた馬小屋に移動すると、熱烈に歓迎してくるファべにちょうちょ結びにした干し草をやる。
よしよし、これから可愛くしてやるからな。
つぶらな瞳で何度も頭を擦り付けてくるファべの頭を撫でながら、オレは用意していたピンクのリボンをあしらった首輪を付けてやる。
ファべは可愛くなった事がわかるのか、飛び跳ねて喜んだ。
「あ、それイオリさんの髪飾りの!!」
「ええ、馬も可愛くなれば移動も楽になるんじゃないかと思ったんです」
「なるほど。たしかにそうですね」
感心するタトラさんの視線に、別の興味が込められている事に気づいたオレは、懐から赤いリボンの髪飾りを取り出してタトラさんに聞いてみる。
「……タトラさんも付けてみます? リボン」
「ふぇっ!? そ、そんな私がそんな可愛いものつけても意味ないですよ!!」
しかし、その答えは想定済み。オレは一回り小さな赤いリボンを取り出す。どちらも屋台で稼いだ小銭でファべ用のリボンと一緒に用意したものだ。
「そんな事ないですって。それじゃあこの小さいやつを尻尾につけてみるってどうです? おしゃれは見えない所からって言うし」
「それぐらいなら……」
タトラさんは好奇心が勝ったのか、もじもじしながら頷いた。
よしっ! これぞ必殺、高いハードルからだんだんハードルを下げて相手に要求を飲ませる、譲歩的依頼法っ!!
オレが密かに計画している、タトラさんに可愛いものを身に着けさせよう計画の第一歩は上手くいきそうだ。
「付けましょうか?」
「だっ、大丈夫ですぅぅぅっっ!!!!!」
タトラさんはリボンをひったくって、真っ赤になって逃げたしてしまった。一体どうしたんだろうと小首をかしげていると、呆れた顔のトレットがツッコんできた。
「何しとるんじゃお主。リボンにかこつけて尻尾に触れようなどと、この前お主が言っておった、「せくはら」といか言うのではないのか?」
「…………はっ!!!!」
そう言えば、耳と尻尾は親兄弟にも触らせないデリケートゾーンだった!!! どうも慣れないんだよなぁ。獣人のこの文化。
まだ荷馬車の改造があるんだが、まあ了承は取ってあるし、後で見せれば大丈夫だろう。
オレは荷馬車の改造に取り掛かるのだった。
次回
新たな旅路に向け着々と準備を進める主人公。
はたして彼の思い描く改造とは、どのような物なのか。
新たな荷馬車の姿が今、誕生する――