第8話 奴隷の心得
「ふたりとも、ごめんなさいっ!!!!!」
宿の部屋に入るなり、タトラさんは見事なジャンピング土下座をした。
タトラさんには一度しか土下座を見せていないはずなのに、完璧な土下座だ。
「ふたりを助けるためとは言え、命の恩人を奴隷だなんてっ!!!」
街中でずっと無言だったのは、それを気にしていたからか。
額を床にこすりつけるタトラさんに対して、オレたちはあっけらかんと応える。
「オレは気にしてませんよ。あのままだったらもっと危ない事になってたでしょうし」
「うむ。長い人生、たまには奴隷になるのも一興じゃからな」
トレットの意見にはさすがにツッコミを入れたいが、奴隷扱いされた事は本当になんとも思っていない。
というか、実際に奴隷なんて映画なんかでしか見たこと無いから、どういう扱いなのかよくわかんないんだよな。イメージとしては、ムチでしばかれながら過酷な肉体労働をさせられてるって感じなんだけど。
「それにしても、奴隷制度ってあったんですね」
「ええ、同じ獣人を奴隷とする事は禁止されてますけど、人間やエルフの奴隷は認められているんです……」
タトラさんは土下座はやめたものの、まだ申し訳無さそうに話してくれる。
トレリスの街やエルフの里では奴隷の存在を見かけなかったので、てっきりこの世界には奴隷なんて居ないと思っていたのだが、そうでもないんだな。
「奴隷ってやっぱり飯もろくに与えられず死ぬまで肉体労働みたいな感じなんですか?」
「そんなっ!! 確かに肉体労働は奴隷の仕事として多いですけど、それに見合った食事はちゃんと出ますし、そんな使い潰すような事はしませんよ! 街の奴隷の仕事で多いのは、店番とか、雑用とか家事とかですね」
あれ、思ったより待遇は良いんだな。意外に思っていると、顔に出たのかタトラさんが続けて教えてくれる。
「その、奴隷は高級品なので……」
ああ、なるほど。高級だけど、一度購入すれば安価な労働力として使えるって事か。高級で一度買ったら労働力だから大切に使うって、なんというか……白物家電みたいな扱いだな。
話を聞いて見ると、休みはないが最低限の衣食住が保証できない者はそもそも購入権もなく、奴隷契約の内容にもよるが、年季が開ければ開放されるものらしい。
奴隷となるのは、ほとんどが借金の支払いができず自分をカタにしてとの事。奴隷狩りで無理やり、とかは無いとのこと。
進んでなりたいとは思わないが、この世界の奴隷はオレが思い描く奴隷の待遇より、随分マシみたいだ。
「そういえば、なんでエルフの里には奴隷いないんだ?」
「当たり前じゃろ。そんな可愛くない事して、なんの得があるというんじゃ? 雑用なんぞ自分ですればいいじゃろ」
エルフの里に奴隷のいない理由は、至極もっともなものだった。この世界だと可愛さは確かに重要だもんな。それに、里は街と違って規模も小さいし、生活が複雑化して人手が足りなくなる、なんて事もなさそうだった。
「……エルフの里の規模なら何の問題もないな」
「うむ。皆ワシの教育によって、日々内面から可愛くなるよう努力しておるからの」
トレットが胸を張る。今回ばかりは正しい反応と言えよう。トレリスの街で見なかったのは……そんな余裕もないってところだろうか。獣人の街と比べると、あそこ街って言うよりちょっと大きな町ぐらいに見えるし。
「奴隷の事は大体わかりました。それで、オレたちはひとまずタトラさんの奴隷のフリをするって事で良いんですかね?」
「えっ、あたしは構わないですけど、良いんですか? 奴隷ですよ?」
オレの言葉は予想外だったのか、タトラさんが驚いて尻尾を立てる。
良いも何も獣人の町に留まるなら奴隷のフリをしていたほうが楽そうだし、扱いもそう酷くなさそうだから、なんちゃって奴隷になるぐらい問題ない。
「かまいません。奴隷ってなにか目印みたいなものあったりします?」
「それなら……これ売り物のペット・奴隷用の首輪なんですけど……」
タトラさんが差し出したのは、ピンクのシンプルな首輪だった。
ペットと奴隷、同じ枠なんだ。いや、こっちから頼んだんだから問題はないんだけど。
「それじゃあ、ちょと付けてもらえます? 自分だと付けられないんで」
「は、はいっ!!」
おぉ、タトラさんの肉球がぷにぷにして、別のところもぷにぷにして、息遣いまで感じられてちょっとドキドキするぞ、これ。
「……できました」
「それじゃあ、よろしくお願いします。……ご主人さま」
「っ!!!!」
試しにちょっと上目遣いでご主人さま呼びをしてみたら、タトラさんが真っ赤になってしまった。
「あれ、大丈夫ですか?」
「ひゃ、ひゃいっ! あの、可愛い人に自分がご主人さまって呼ばれると、なんだか変な感じで……」
「……ご主人さま、大丈夫ですか?」
「だめっ、だめですっ!!! ご主人さまって呼ばないでくださいぃっ!!!」
何か変なスイッチが入ってしまったタトラさんは、真っ赤になった顔を手で覆って丸まってしまう。そのくせ尻尾はブンブン振っているから嫌なわけではないようだ。
反応が面白くてついご主人さまと呼んでしまう。
「いい加減にせぬかこの変態!!!」
変態エルフに変態と呼ばれた。解せぬ。
次回
奴隷として第一歩を踏み出した主人公。
このまま獣人の奴隷として第2、否、第3の人生を歩みだすのか。
伊織の声にケモミミが動く――




