第6話 荷馬車に揺られて
緑豊かでのどかな街道の景色がゆっくりと流れていく。
「ありがとうございます。助かりました」
「そんな、どうせ目的地は一緒ですし、助けていただいたのは私の方なんですから気にしないでください」
オレの言葉に、タトラさんは手綱から手を離さず器用にぶんぶんと頭を振った。
街道沿いで一晩を明かしたオレたちは、同じ街へ向かうならとタトラさんに勧められ、荷台に乗せてもらっている。
地面むき出しの道を、サスペンションもなにも無い荷馬車で移動するためかなり揺れるが、積み荷と一緒にぎゅうぎゅう詰めになりながら移りゆく景色を眺めていると、なんだか無性にワクワクしてしまう。
あれだ、三輪車の荷台に乗って田舎に引っ越すあの映画みたいな気分と言えばいいだろうか。
トレットも荷馬車は珍しいようで、何も言わず荷台の縁から身を乗り出しながら無言で遠くを見つめ、足をプラプラさせている。マオは馬車の周囲を飛び回っては荷台で休憩、というサイクルを繰り返しているが、楽しそうなので問題なし。
年季の入った木製の荷馬車は一頭立てで、荷車を引く馬はスラッとしたサラブレッドのような格好いいタイプではなく、つぶらな瞳がチャームポイントの、ずんぐりむっくりした可愛いポニーのような見た目の品種だ。
足から頭までの背丈で女のオレと同じぐらいの小柄な馬なのに、オレたち3人と1匹に荷台に積まれた商品まで引いていて、見た目よりかなり力がある事がわかる。
この世界で人の使役する馬というと、大体この品種らしい。理由は、可愛くないと力が弱いし危なくて使い物にならないからという世知辛いもの。
休憩の度、暇つぶしに餌の干し草をちょうちょ結びにして馬のおやつ代わりに与えていたら、妙になつかれてしまった。
タトラさんは「干し草をあんなに美味しそうに食べるだなんて」と驚いていたが、さすがに餌全部をちょうちょ結びにするのはやめたほうが良いと思うぞ。
「そういえば、タトラさんって何を売ってるんですか?」
ずっと風景を見ていたら少し飽きてきたので、荷台に詰め込まれた大小様々な木箱に目を向けてみる。
「可愛い小物とか、雑貨を取り扱っているんですけど、あんまり売れなくて……」
タトラさんは少し困ったような声で肩を落とした。
小物と言うとトレリスの街で見たような中古の装身具とかだろうか。可愛い物なら結構需要はありそうな気がするのに、……もしかしてタトラさんの趣味が悪くて売れないとか?
「ああ、獣人はあまり可愛いもので身を飾ったりせんからのぅ。普通に売ろうとしても難しいじゃろうな」
「そうなのか?」
オレの疑問を、脇で話を聞いていたトレットが補足で説明してくれた。
「獣人は己の可愛さに自信を持っておるから、無理に可愛くなろうとはせんからの。というか、熱心に可愛いもので身を飾る者など人間くらいじゃぞ。エルフも内側から可愛さを磨くからの」
「ああ、エルフに関しては前もそんなこと言ってたな」
「それと、小物とは言え可愛いものは高いですから……。おかげであまり売れなくてもなんとか商売を続けられているんですが」
命に危険がないレベルで可愛いなら、余計な出費をするやつは少ないって事ね。
ん? でもそれならお手頃価格の可愛い小物なら結構売れるんじゃないか? オレは頭のリボンをひと撫でするが、特に金に困ってるわけじゃないし、タトラさんも商売が出来ないほどでないならオレが気にすることでは無いだろう。
「タトラさんは可愛いもの、身に着けないんですね」
「あたしは、本当は可愛いものをいっぱい身につけたいんですけど、何をつけても似合わなくって。イオリさんみたいに身体が小さければ良かったのに」
タトラさんの肩が一段と沈んだ。あ、これ地雷だったか。
ただでさえ背が高くて、可愛くないと思っているのに、可愛くなるための小物すら身に付けられないと思い込んでるなら、コンプレックスにもなるかもなぁ。
オレとしてはタトラさんは今のままでも十分に可愛いと思うし、小物だっていっぱい身につけて自分が広告塔になれば商売も上向きになると思うが、この様子だと口で言っても納得しないだろう。
うーん、ここは論より証拠でタトラさんに可愛い物をプレゼントして、身につけてもらうのが手っ取り早そうだな。
タトラさんに似合う可愛いものか……。ちょっと獣人の街に着いたら、何か良いものが無いか探してみよう。
「タトラさんって好きな色とかあります?」
「え、……そうですね、赤色が好きですけど、なにかありました?」
「いいえ。ちょっと気になっただけで、深い意味はないです」
「はあ、そうですか」
唐突なオレの質問にタトラさんは小首をかしげるが、今はまだ本当に意味はない。意味が出てくるのは街に着いてからだ。
「それにしても、そろそろ飽きてきたのじゃ! まだ街には着かんのか?」
「えっと、もうすぐそこまで――あ、見えてきましたよ! あれですっ!!!」
タトラさんの指差す先には石造りの壁に囲まれた街が見えてきた。
規模はトレリスの街とあまり変わらないか少し大きいぐらいだと思うけれど、門からちらりとのぞくその街並みは、石造りの家々が立ち並び、整然としている。
こうして比較対象があると、トレリスの街はつくづく田舎だったんだと実感するな。
次回
主人公一行は無事、獣人の街へたどり着いた。
初めて見る都会の街並みに、否応なく主人公の心は踊る。
浮かれる伊織の身に何かが起こる――




