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かわせか! ~『可愛いが強い』世界転生~  作者: 代々木良口
獣人の奴隷と『可愛い』。
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第5話 もふもふぷにぷにの誘惑

「すみまーせんでしたーっ!!!!」


 オレは額を地面にめり込ませタトラさんに土下座する。比喩ではない。実際、頭突きの勢いで土下座をしたため、結果として地面にめり込んでしまったのだ。

 トレットをなだめすかしてなんとか聞き出した話によれば、獣人の耳や尻尾は非常に敏感な部分で、かつ己の存在を示すシンボルのようなものでもあり、親兄弟でもみだりに触れば即喧嘩、最悪絶縁すらあり得るほどデリケートな部分だと言う。

 夫婦でもよほど仲が良くなければ触れる事はないし、触れるとしてもふたりだけの時に触れ合うもので、公衆の面前や、まして野外でなどもってのほかの行為らしい。

 さらに言えば、タトラさんは正真正銘、成人したての女の子だった。つまり、オレは初対面のうら若き女の子相手にとんでもない要求をした超絶変態と言う事になる。

 ここは地面に頭がめり込もうがDO GE ZAの一択しかない。


「あの、イオリさん急に倒れ込んで何してるんですか?」

「あれは変態なりの謝罪の印らしいぞ。前にサリィから、ああやって謝られたと聞いたことあるのじゃ」


 ああ、そういえばサリィにも土下座してたな。オレ、普通の女の子相手に土下座ばかりしてないか? キャッキャウフフは望んでいないから、普通にコミュニケーションが取りたい。

 そして、土下座文化のない獣人とエルフには、オレの渾身の謝罪も意味が通じていなかった。くそうっ!!


「イオリさん、あたし気にしてないんでもう謝らないでください」

「タトラさん……」


 恐る恐る顔を上げると、まだちょっと顔を赤らめたタトラさんが手のひらの肉球をすり合わせてはにかんでいる。

 なんていい子なんだ。こんな良い子にオレはなんて事してしまったんだろう。改めて罪悪感が襲ってくる。


「人間はエッチだって色々な人から聞いていたけど、ずっと嘘だと思っていたあたしが世間知らずだっただけなんですから」

「タトラさんっ!?」


 許してくれたのは嬉しいけど、なんか許す方向性が違わないかっ? っていうか、獣人の中で人間の認識ってそうなのっ!?

 自分がやらかしておいて何だが、獣人から見た人間がそんな不名誉な認識とは、この世界の人間は獣人に一体何をしてきたんだ。

 ……いや、多分今のオレと一緒なんだろうな。もふもふの毛並みを見たら、愛でたくなる気持ちはわかる。


「ほら、もう立ってください。いつまでもそんな格好じゃ汚れちゃいますよ」

「うぅ、ありがとうございま……す……」


 タトラさんは手を差し伸べてくれて……ついそのぷにぷにの肉球に視線が釘付けになってしまう。

 トレットが無言でオレたちの間に割って入って、タトラさんを守りながらオレを威嚇してきた。ち、ちがうっ!! 不可抗力だ!!! やましい心なんてあるわけ無いだろ?


◆◆◆


「すごいっ!! すごいですっ!!! こんな可愛くて美味しいもの、あたし初めて食べましたっ!!!! こんなに美味しいものが野宿で食べられるなんて、信じられません!!!!!」


 口元をベタベタにしながらタトラさんがスープを貪るように食べる。

 スープは星型や花型に切り抜いた乾燥野菜に、味付け用の塩漬け肉、それに煮詰めたミルクを少々入れたクリームシチューもどきだ。簡素ではあるけれど滋味あふれるスープは、肌寒くなってきた夜の空気の中で食べると一層うまく感じた。

 トレットとタトラさんの誤解を解くために手を尽くしていたら、いつの間にか日が暮れてしまい、なし崩し的にオレたちはゴブリンに襲撃された街道沿いで野宿する事になった。

 ふたりとの間にできた大きな溝を解消するため料理番を買って出たが、上手く行ったようで良かった。

 料理番と言っても火や水は魔法で出せるし、食材を携帯鍋に入れて煮るだけなのだが。


「ふふふ、そうじゃろ。こやつの作る料理はなかなかのものなんじゃ」

「きゅぴー!」


 自分は何もしていないにも関わらず、トレットがドヤ顔で胸を張り、マオが同意するようにきゅぴきゅぴ鳴く。

 というか、マオはしょうがないとして、なんでトレットまで口元ベタベタなんだよ。

 オレも一口スープを口に運ぶと、ミルクの甘味と野菜のダシ、肉の旨みが混ざり合って胃から身体が暖まってほっこりする。


「イオリさんはすごいです。ちょっとエッチだけど、可愛いものをいっぱい作れて、イオリさん自身も可愛くて、本当にすごいです!!!」


 若干不名誉な評価が頭に付いているものの、そこは自業自得なのであえて受け入れよう。この誤解を解くにはオレ一人の力では難しいと半ば諦めている。

 タトラさんはずっと美味しい、可愛い、すごいを繰り返してオレを褒めてくれた。ただ、その視線にオレに対する憧れのようなものを感じて、ふと疑問が口からこぼれた。


「ん? タトラさんも十分可愛いんじゃないんですか?」

「そんな、あたしなんて身体大きいし、獣人の女なのに全然可愛くないです……」


 急にタトラさんは威勢をなくし、耳までぺたんと垂らしてしまう。

 これは……マズったか?

 でも、タトラさんは客観的に見ても美人の女の子だし、もふもふでつややかな毛並みの耳や尻尾、手足の肉球まで完備した魅力的な可愛い娘なんだから、身体が大きい事ぐらいそれほど関係ないと思うんだが、そんなに自信をなくすような出来事でもあったんだろうか。


「タトラ、可愛さは内からにじみ出るものなのじゃ。そんなしょげていてはせっかくのお主の可愛さが台無しじゃぞ」

「トレットちゃん、ありがとう。でもやっぱりあたし……」


 トレットの励ましもあまり意味が無いようで、せっかく盛り上がった夕食は一転しておお苦しい雰囲気に包まれてしまう。

 これは、結構根が深そうだ。気まずい沈黙の中、スープを食べ終えたマオだけが腹ごなしに皆の肩に飛び移って遊んでいた。


次回


獣人と人の文化的差異に苦しむ主人公。

彼らが行く先に待ち受けるのは、無数の獣人が闊歩するケモミミパラダイス。


果たして伊織はもふもふの誘惑に耐えられるのか――

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