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かわせか! ~『可愛いが強い』世界転生~  作者: 代々木良口
はじめての『可愛い』。
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第1話 恋心粉砕骨折

第1話です。

 前略――母上様。夢の中で変な怪物に襲われたオレを助けてくれた、綺麗で可愛い女騎士のおねーさんは、なぜか兜を取ったら髭面のおっさんになっていました。


「……え、あれ? おねーさん……?」


 目の前で起こったことが理解できず、オレは震える指でおねーさんだったおっさんを指差し確認する。

 髭が濃い。骨格が太い。顔の彫りも深い。髪の色はおねーさんと一緒の赤毛なのに流れるような長髪が短髪になってる。ナイスミドルといえばそうかも知れないが、オレの知ってるおねーさんはこんなおっさんじゃない。


「どうした変な顔して。ほら、はやく兜をつけろ。そんな可愛くない格好でゴブリンに襲われたらひとたまりもないぞ」


 おっさんは手に持った兜をオレに差し出す。鈍く銀色に光る、可愛らしい羽飾りの意匠が施された兜も、兜と同じ色の鎧もたしかにさっきまでここにいたおねーさんとまったく一緒。一緒だというのに……っ!!!


「なんでっ!! 声まで変わって!!! おねーさん! おねーさんはどこに行ったのっ!!!」


 気づけばオレは絶叫していた。天に向かって。こんな理不尽な事を起こした自分の夢に。もしこれが夢だっていうならせめて血涙ぐらいは流してくれ。


「なにを馬鹿なこと言っている。可愛い装備を身につければ可愛くなる。外せば元に戻る。常識だろう」


 おっさんは何度か兜をつけては外ししてみせた。その度におっさんはおねーさんになっておねーさんがまたおっさんに……それは天国から何度も地獄へパワーボムされているような光景。そして、なによりも聞きづてならない事をおっさんは言っていた。


「………………元に?」

「ああ」

「じゃあ、ほんとに、やっぱりおっさんが……オレを助けてくれたおねーさん?」


 かすれる声で、ほんの僅かな望みを、その言葉を否定してくれると信じてオレはおっさんに尋ねる。


「おっさんではない。私はゼフィ=ラサス。街の警備に当たる騎士だ」

「おねーさんが……おっさん……おっさんが……元の姿……」


 それが当然だと言わんばかりに、おっさんは姿勢を正すと、胸を張りオレを見つめ名乗る。オレの理性が耐えられたのはそこまでだった。


「どうした?」

「あァァァァァんまりだァァァァァっっっっっっっ!!!!!」

「おいっ、ほんとにどうしたんだ!?」

「なんで夢の中でまでこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだぁぁっっっ!!!! オレがっ!!! オレが一体何したっていうんだよ!!! うわぁぁぁんんんんっっっっ!!!!!」


 一瞬でもっ!!! 可愛くてキレイなおねーさんとお近づきなってちょっといい感じになって、お付き合いして結婚して女の子と男の子の姉弟が生まれて幸せな家庭が築けると思ったのに!!!! それなのにっ!!! それなのにぃぃぃっっ!!!! こんな最悪な失恋の仕方をなんでよりにもよって夢の中でしなきゃいけないんだよぉぉぉぉぉっっっっっっ!!!!!!

 絶望へ叩き落されたオレは膝から崩れ落ち、何度も、何度もこの理不尽なやるせなさを大地に叩きつけた。生まれてはじめて号泣というのはこういうものなんだとわかるほど涙が流れる。口からは言葉にならない奇妙な音の嗚咽だけが漏れ出て来て、止めようもない。


「おいっ、大丈夫か!! おいっ!!!」


 年甲斐もなくガチで泣きわめくオレに、おっさんはオロオロしながらもちゃっかりと微妙な距離を取ってこちらの様子を伺っている。

 一体どれほど経ったんだろうか、涙の水たまりができるほど泣き続けたオレは、ようやく立ち上がった。あ、風が頬を撫でて涙の跡がひんやりして気持ちいい。


「うっ……ぐす……」

「落ち着いたか?」


 おそるおそるおっさんはオレに尋ねる。まだ完全には立ち直れないし、受け入れられないことも多いけれど、いくら夢とは言え、命を助けてもらった人を前に泣き続けてるのはあまりにもかっこ悪い。膝のホコリを払い、なんとか言葉を絞り出す。


「ふぁい……」

「ま、まぁ記憶喪失で草原に放り出されてたんじゃ混乱する気持ちもわかるが、まずは身の安全を考えろ。悩むのはその後だ」


 およそ命の恩人の前、というか人前でしてはいけない痴態を晒したというのに、おっさん――いや、ゼフィさんはおねーさんだった時と同じように薄く微笑んでくれる。


「ゼフィさん、取り乱してすみませんでした」

「分かれば良いんだ。ほら、兜をかぶれ」


 ゼフィさんから手渡された兜をオレは持ち上げ、あることに気づいた。

 

「あの、ゼフィさん」

「なんだ?」

「オレ、この兜かぶったら、もしかして女になるんですか?」

「当たり前だろ。可愛いものを身につければ可愛いく、すなわち女の姿になるのは道理ではないか」

「えー……」


 いやその理屈はおかしいとオレの魂が訴えかけるが、ゼフィさんはなんども兜をかぶっておねーさんになっていた。だから、そうなることが道理であることはわかる。わかるのだが。


「兜、かぶらずに行くってのはなしですか?」

「何を言っている! 可愛くならずにどうやって街まで帰るつもりだ!!! 先程ゴブリンに襲われたばかりだろうっ!!! お前死にたいのか!!!!」

「はい。ごめんなさい」


 やはりかぶらなければならないらしい。というかさっきの怪物ゴブリンだったんだ。オレ的にはゴブリンって言うともっとおどろおどろしいイメージなんだけど、見た目だけはコミカルなんだよな。


「なにしてる。早くしろ。ゴブリン程度ならこの姿でもどうにかなるが、街の外では何が起きるかわからんのだ」

「いやー、その心の準備が」

「可愛い装備を身につけるのに心の準備などいるものかっ!! 貸せ!!! わたしがかぶせてやる!!!」

「いやぁぁぁっっ!!! 女になるのはやっぱいやだぁぁぁっっ!!!」


 兜から逃げようとするものの、自分の数倍はガタイがよくしかも筋骨隆々のゼフィーさんに力でかなうはずもなく、片手で押さえつけられ叩きつけるように兜をかぶせられてしまう。


「……ほぅ。抵抗するから可愛さに自信が無いのかと思ったが、なかなか可愛いではないか。これほどの可愛さなら街までは安心だな」


 姿が変わる時、痛みが走るとか何か特別な事が起きるのかと身構えていたが、特にそんなことはなくただ兜をかぶっただけで終わった。しかし、なんだかゼフィさんが一回り大きくなったような気がする。

 自分の胸元に視線を下ろすと控えめな膨らみの小山がふたつ。ゼフィーさんのようにたゆんたゆんにはならないのか。

 手を見ても男だったときよりさらに一回り小さく華奢で、それでいてぷにぷにして自分の身体なのにちょっと気持ちいい。

 女になってしまったことへの罪悪感……気恥ずかしさ? ……とにかく言葉にできない奇妙な感覚はあるものの、自分以外の何かに変身したという高揚感もあって、反応に困ってしまう。


「あ、オレほんとに女になっちゃんだ……」

「ほら、ちゃんと可愛くなったんだから街に戻るぞ。ぐずぐずするな」

「ちょ、待ってください。なんかこの身体、バランスがおかしくて歩き辛い」

「何を言ってる。そんな可愛い少女の姿になれば身体の使い方が変わって当然だろう」

「えっ、オレおねーさんになったんじゃないの!?」


 言われてみれば女だった時のゼフィーさんと比べて今のオレはすべてが小さい。ゼフィーさんが大きくなったような気がしていたが、なるほど、オレが小さくなったのか。胸が小ぶりなのもそのせいと。


「私よりも可愛い、それも少女になったんだ、それだけの力を持っていながら何を今更」

「えー、……女になるのに個人差なんてあるんだ」

「あるに決まっている。お前、えーっと、名前は何だったかな」


 そうだ。オレはまだ自己紹介もしていなかった。


「オレは伊織。河井(かわい) 伊織(いおり)と言います」

「イオリ。ふむ可愛い名前だな」

「ぐっ、ソウデスネ」 


 ゼフィーさんは人の気にしていることを的確に付いてきた。両親が男でも女でも通用するようにとつけた名前は、名字と相まって幼い頃には「かわいい()り~」などとからかわれてきて、あまり好きではない。

 初対面のヤンキーに「女みたいな名前だな」などと言われたら殴りかかっただろうが、ゼフィーさんにそんなことできるはずもなく、ただ頷くだけ。

 ゼフィーさんは気にした様子もなくオレの手を引いて街へと案内してくれている。

 これ、事情を知らない人間が見たら人さらいの現場に見えるんじゃないか? と少し不安になったのは内緒だ。


次回!

はじめての女体化に戸惑う伊織。ゼフィーさんから紹介される美少女、頬が熱くなる出会い!!

ドキドキのお泊りイベント!

そしてようやく気づく衝撃の事実!!


伊織は受け止めることができるか――

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