第2話 里の災厄
「……おい、生きてるか?」
「当たり前じゃ。ワシがこんな事でどうにかなる可愛さだと思っておるのか?」
動物の肉球跡と唾液にまみれながら、オレはトレットに声をかける。熱烈な森の動物さんたちの歓迎を受けたにしては、元気そうな返事だ。
顔を見ることができれば良いのだが、残念ながらオレたちはふたりとも地面に突っ伏して起き上がることも出来ない。足元でなにかにつつかれている感じがするが、きゅぴーきゅぴー鳴き声が聞こえているので、おそらくマオなんだろう。
気力を振り絞って立ち上がると、日が昇りはじめている。
……たしか動物から逃げてる時、夕暮れ前だったはずなんだが。
「もしかして、オレたち一日気を失っていたのか……?」
「ふー、死ぬかと思ったのじゃ。えらい目にあったのっ!!!」
地面にめり込んでいた頭を引っこ抜き他人事のように笑うトレットを、オレはジト目で見つめる。
「えらい目って、お前のせいだろ! なんでこんなに危ない森の事を先に言わないんだよ!!!」
「何を言っておる! ワシひとりの時にはこんな事にはなっておらんかったのじゃ!! 毎回こんなに動物さんが群がってきたら、さすがにひとりで人間の街まで行こうなどと思うはずなかろうっ! お主が可愛すぎて動物さんたちの興味を引いたのが原因じゃろっ!!!」
「ぐっ……」
まさか自分が原因だと思っても見なかったので、言葉に詰まる。
内面は別として、可愛さで言えばトレットも見てくれだけは天使のような幼女なのだが、森の動物にとってエルフは別枠なのかもしれない。
釈然としないものを感じながらも、少し冷静になったら急に空腹に襲われ腹が鳴った。保存食でも食べようかと背中の袋に手を伸ばし、……伸ばし……あれ?
背中に背負っていたはずの旅道具一式が無くなっている。
「……やばい、どこかで旅道具、落としたみたいだ」
「なんじゃと!!! それではもしかして食料もっ!!!」
「ああ。綺麗サッパリ無くなってる。道理で起き上がった時、身体が軽かった訳だ」
「大変ではないか!!! 朝ごはんはどうするのじゃ!!!」
「お預けだな」
「いやじゃー! お腹ペコペコなのじゃー!! ご飯を食べねばここを一歩も動かんのじゃー!!!」
「無茶言うな!! どうやって用意しろ……って……」
怒鳴り合うオレたちだったが、近くに動物の気配を感じるとすぐさま押し黙った。さすがにもう一度じゃれつかれたら無事では済まない。
森の動物さんの恐ろしさは本能に刻み込まれてしまっている。トレットも同様らしく、一瞬で駄々をこねるのをやめ、真顔になった。
「……おい、これからは慎重に進むぞ。エルフの里まで、あとどれぐらいで着くんだ?」
「……むう。ワシらの足ならあと半日ほどかの。急いで里に向かうのじゃ。付いてこい」
「きゅぴー」
◆◆◆
先行するトレットが足を止め、目配せで目的に着いた事を教えてきた。見渡す限りでは集落っぽいものどころか、普通の木々しか見当たらないが、ここが本当にエルフの里なのか?
訝しむオレをよそに、トレットが口に両手を当て声を張り上げた。
「おーい。ワシが帰ったのじゃー、誰か出迎えぬかー、誰かおらぬのかー」
声に反応し、木の上から何者かの気配が産まれた。見ると、若く可愛いエルフが弓をつがえてこちらを狙っている。
「ここはエルフの里、許可なき者の立ち入りは許されぬ!! 一体何者……だ…………ト、トトトトトトトトトトトレット様ぁ!?」
「うむ。戻ったのじゃ。ワシはお腹ペコペコなんじゃ。何か料理を用意するのじゃ」
「……トレット様がお戻りになられたぞぉ!!!」
威圧的な見張のエルフは、トレットを見た途端、慌てて木々を飛び移りながらトレットの帰りを知らせているようだ。
あの慌て振りからすると、エルフの里ではこののじゃロリエルフ、もしかして本当にすごい存在として敬われているのかもしれない。
「窓を閉めろ!!! 食料は倉庫から絶対に出すなよ!!!!」
「子供も絶対に外に出すなよ!!! トレット様のマネをされたらかなわんっ!!!」
「緊急事態だ!! 戦士たちは非番の者もかき集めて防衛に当たれ!!! 気を抜けば里が滅ぶぞ!!!!」
…………あれ? エルフの人たちの対応、なんかおかしくない? 人類全ての災厄とか言われてた魔王相手でも、トレリスの街こんなに混乱しなかったぞ。
◆◆◆
「――トレット様、よくぞお戻りになられました。我ら里のエルフ一同、心よりお帰りをお待ちしておりました」
これほど心と表情が一致していないのも珍しいと思うほど嫌そう、というか不安そうな顔で、エルフの幼女が出迎えてくれる。
美形のエルフが多い中でもやはり長となる人はひときわ可愛く、ショートの金髪で青い瞳、落ち着いた清楚系幼女って感じの見た目だ。
里の入り口で見張りのエルフさんの連絡、というより緊急警報によってやってきた可愛くて完全武装したエルフたちに案内され、オレたちは里の長が住む家へ案内された。
エルフの住居は木のウロを利用したもので、長の家はものすごくデカイ大木の中であった。
外見はただの木にしか見えないが、内装は可愛らしい装飾が施された家具や布で飾られていて、トレリスの街よりよっぽど豪華。
「うむ。久しいなクーラ。こやつはイオリ、人間じゃがワシに匹敵する可愛さを持っておる。先日、人間の街の近くで魔王が復活してな、それを封印したのもこやつなんじゃ」
「なんとっ!!! ……魔王はエルフにとっても脅威、里の者を代表してお礼申し上げますイオリ様。申し遅れました、私はクーラ=ドーツ、このエルフの里の長をしております」
クーラさんはトレットと同じ種族なのかと思うほど丁寧にオレに挨拶をしてくれる。
人とあまり関係を持たないとか、初めて会ったエルフがアレだった事などがあり、エルフは全員高慢チキなのかと思っていたんだけど、普通の常識的なエルフも居るんだな。
「ご丁寧にどうも。河井 伊織と言います。えっと、そんな魔王の復活とか封印とか気軽に信じちゃって良いんですか?」
「はい。トレット様は性格に多少……かなり……問題……いえ、奔放なところがありますが、偽りを述べる方ではございません。ならば、イオリ様は里の恩人という事です」
言葉の端々と表情にクーラさんの苦労が忍ばれる。こんな常識人なら、トレットと話すだけでも胃がキリキリしそうだ。
怖いもの見たさ、聞きたさ? で悪いとは思いつつ、ちょっとトレットの事を聞いてしまう。
「あの、こいつって里ではどんな扱いだったんですか? 一応ここのエルフの祖とかほざいてますけど」
「おっしゃるとおり、トレット様は我らが偉大なる祖先であられます。イオリ様もご存知かと思いますが、あの通りのお方でして……。里におりてきては食料を根こそぎ食い荒ら……お食べになられ、畑を荒らす害獣よりも恐れ……いえ、敬われております」
権威を傘に着たたちの悪いたかりじゃねぇかっ!!!
クーラさん、最後の方視線そらしてまで無理にフォローする必要ないからね?
「……えっと、オレたち少し事情がありまして、こちらの里に少し滞在したいかなーって思うんですけど……」
クーラさんはこの世の終わりかと思うほど絶望の表情を浮かべる。
「……そうですね、できれば2、3日滞在の許可をいただけると助かるんですが」
「そうでしたかっ! ええ、ええっ!!! イオリ様はこの里の救世主!! ごゆるりとご滞在くださいっ!!!!」
地獄から天国にやってきたかのような晴れ晴れしい笑顔で、クーラさんはオレの手を取りブンブン握手した。
……エルフの里の人たちの事を思うと、このまま厄介になるなんてオレには出来ないっ!!!!
というか、地味に扱いが救世主にランクアップしてるけど、これ絶対、厄介者ののじゃロリエルフ引き取ってくれてありがとうって事だよなっ!?
取り敢えず後でトレットにはピコハンをお見舞いしよう。そうオレは心に誓った。
次回
苦難を乗り越えエルフの里へたどり着いた主人公。
だが、そこは安住の地とはならなかった。
次に伊織が目指す場所とは――