第66話 かわせか!
ようやく魔導砲を破壊したオレたちだったが、おかげで魔力が尽きてしまったようだ。
どんなに頑張ってもわずかに落下速度が遅くなるだけで、飛んでいる感じがしない。
ゆっくり落下しながら、魔法少女の衣装が解け光の粒子となって消えていく。
ああ、ついに魔法少女の姿を保つこともできなくなったのか。
いくら魔法を使っても魔力切れにならないから、てっきり無尽蔵に魔法を使えるんだと思っていたけど、やっぱり限界ってあるんだな。
オレは落下するトレットに視線を移した。
トレットもオレと同じく魔法少女の衣装が光の粒子となって綺麗な軌跡を描いている。
無駄だとわかりつつ、一応聞いてみた。
「ねえ、トレット。魔法は?」
「見てわかるじゃろ。お主と同じく欠片も残っておらん」
「そっか。それなら仕方ないや」
案の定トレットの魔力もガス欠らしい。魔王は……聞くまでもないか。
ここまでひとりで魔導法を持ち上げて飛んで、必殺技まで使ったんだから。
魔王の竜の翼も、魔法少女の衣装も黒い光になって散っている。
これは打つ手なしか。
あー、せっかく魔導砲を破壊できたというのに、これはもうどうしようもないかな。
でも、皆は守れた。
元の世界ではただ無味乾燥に生きていたオレが、こっちの世界で人を救うことができたのなら悪くない。
ちょっとした誇らしさを胸に抱いて、徐々に近づく地面を見たオレは静かに目を閉じる。
程なくオレの体は地面に激突し、体がばらばらになる衝撃を……受けなかった。
地上に激突したはずのオレの体は、もふもふで柔らかい物体に包まれている。
不思議に思って薄めを開けると、タトラさんが心配そうにオレの顔を覗き込んでいた。
「イオリさん!! トレットちゃんも大丈夫ですか!?」
「タトラさん……うん。この通り元気だよ」
そうか。タトラさんが助けてくれたんだ。
横を見ると、トレットもタトラさんの大きな胸のクッションに受け止められ、無事らしい。
「ふたりともよかった!!」
タトラさんはオレとトレットを思いっきり抱きしめて涙を流す。
いつもなら窒息しそうなタトラさんの包容だけど、今日だけは好きなだけ身を預けよう。
「魔王様!!」
「お怪我はありませんか!!」
「魔王様ぁ!!」
タトラさんの胸に埋もれながら、耳にリプルたちの声が聞こえてくる。
どうやら魔王はリプルたちが受け止めたらしい。
タトラさんやリプルたちがオレたちの無事を喜んでいると、遠くから誰かの叫び声が聞こえてきた。
「トレット様ー!!!!!!」
タトラさんの胸から顔を出し見てみると、馬サイズのシマエナガの背に乗ったクーラさんがものすごい勢いでこちらに飛んできてる。
オレたちを見つけたクーラさんは、飛び降りるようにシマエナガの背から降りるとオレたちに駆け寄ってくる。
「あれ? クーラさんどうして」
「イオリ様、皆さんが魔導砲破壊へ向かった後、空から虹色の光が降り注いだのです。これはただ事ではないと察し、居ても経ってもいられず……」
ああ、魔導砲の破壊のあとの爆発はやっぱり地上からも見えたのか。
でもそれって、街からここまでの距離を爆発の後一気に飛んできたってこと?
なにげにクーラさんもとんでもないことをするな。
よく見たらクーラさんのシマエナガは、強化されたぴーちゃんのように淡く緑に光っている。
あれって、魔法少女になったトレットだけが使える魔法じゃないんだ。
「トレット様、ご無事ですか?」
「なに、ワシの可愛さを持ってすれば魔導砲など物の数ではないのじゃ」
「ご無事でなによりです。お疲れさまでした」
クーラさんはトレットに自愛に満ちた視線を向け涙ぐんでいた。
なんだかんだ言って、クーラさんはトレット大好きだからな。
「イオリ!! トレットちゃん!! 無事だったんだね!!!」
そのまま愛の告白でもしそうなクーラさんを生暖かい目で見守っていると、タトラさんの胸に埋もれたまま誰かに抱きつかれた。
見ると、そこには避難をしているはずのサリィの姿。
どうしてここにと一瞬疑問に思ったが、サリィのスカートに淡い緑の光が付いている。クーラさんについてきちゃったのか。
オレはサリィの頭に手を乗せようとして、タトラさんに拘束されたままであることを思い出した。
サリィも喜んでいるし、このままでも良いか。
「イオリ、その様子なら無事、魔導砲を破壊できたようだな」
タトラさんとサリィの気が済むようもみくちゃにされるままでいたら、サリィとは別の聞き慣れない声がどこからともなく聞こえてくる。
オレが声の主を探して居ると、サリィが地面を指差した。
指の先をたどっていくと、やたら偉そうなロリっ子がいる。
ロリっ子はサリィと同じ赤髪で、よく見ると顔立ちもサリィにそっくりだ。
「……サリィって妹いたの?」
「何を言っている。私だ、ゼフィ=サラスだ」
オレの疑問に答えたのは、サリィではなくロリっ子本人。
そして、ロリっ子は妹ではなく父親のゼフィさんだった。
「えぇっ!! ゼフィさんどうしたのその格好!!!」
「空から降ってきた虹色の光のかけらに当たり、気づけばこの姿になっていた」
「なっ!?」
よくよく見れば、雰囲気というか仕草はゼフィさんそのもの。
急にロリっ子となったためか、いつもの鎧姿ではなく、サリィと同じ雰囲気のワンピース姿だったので全然わからなかった。
でも魔導砲の破片に当たってロリ化したって、それは他にも魔導砲のかけらに当たって可愛くなった人がいっぱい居るってこと?
……街を救うためとは言え、なんだかまた面倒事を増やした気がする。
しばらく魔導砲破壊の余波について考えたオレは、全部忘れることにした。
今はもう面倒なことなんて何も考えたくない。
オレがひとり決意を固めたところで、突然魔王の体が輝き始める。
「ま、魔王様!?」
「これは!!」
「何なの!?」
魔王に抱えたリプルたちがざわめく中、魔王は慌てた様子もなくリプルたちの手を離れ立つと、オレたちに向かって小さな手を広げ、高らかに宣言した。
「む、時間か……。イオリ、そして人間どもよ!! 覚えておくが良い! いつか我は真の可愛さを我がものとし、完全に封印を解いてみせよう。その時こそ、世界を可愛さで征服するのだ!! そして我が同胞よ、死と恐怖による支配は可愛さをもたらさぬ。我が復活に備え、真の可愛さを磨くのだ!!」
「「「ははっ!!」」」
跪くリプルたち四天王3人組を見て魔王は満足げに頷き、完全に光に積まれる。
光が膨れ上がり弾けると、後にはいつものチョコレート色の手乗りドラゴンの姿へと戻ったマオがいた。
どうやら魔王は完全に封印を解いたわけじゃなかったようだ。
「キュピ?」
「魔王様ぁ!」
「必ずやご期待通りの可愛さを身に着けてみせます!!」
「あたしたち頑張りますから、見守っていてください!!」
先程の魔王の言葉など覚えていないかのように、マオは無邪気に小首をかしげる。
そんなマオにリプルたちは感涙しながら頬ずりしてカオスな光景を生み出していた。
魔王はまだ世界征服とか企んでいるらしいけど、あの様子ならもう人をむやみに殺すこともないだろうから、また封印を解いたとしても多分問題ないだろう。
ともかく、これで魔導砲も破壊したし、魔王がむやみな侵攻を禁止したのだから魔族との衝突も回避できた。
すべて丸く収まって万事解決って所だろう。
「よーし皆、魔導砲は壊せたしトレリスの街に凱旋だよ♥」
「あの……イオリさん。さっきから気になっていたんですけど……」
ノリノリで勢いよく拳を上げたオレに、タトラさんが待ったをかける。
タトラさんの顔色はなんだか困惑していて、何を思っているのか分かりづらい。
「どうしたのタトラさん?」
「その、イオリさんの喋り方っていうか、仕草? いつもより可愛くないですか?」
「…………え?」
タトラさんの言葉にオレは固まってしまう。
あれ、そう言えばなんとなく気分がウキウキして、甘ったるいような……?
「あれだけの力を使ったのじゃ。当然じゃな」
「我らエルフにも到達できない極地に達するとは、さすがイオリ様」
「ちょっとまって……」
トレットは腕組みして意味ありげに頷いているし、クーラさんは感心して尊敬の眼差しを送ってくる。
しかし、オレはそれどころではない。
たしかに『そうなる』リスクはわかった上で変身した。
でも、実際になってしまうとやっぱり動揺してしまう。
いや待て、まだ慌てるような時間じゃないぞ、オレ。
前みたいに時間が経てばもとに戻れる可能性だって残っているんだ!
「見事な可愛さなのじゃ。これならちょっとやそっとの事でもとに戻ることもあるまい」
「嘘だぁぁぁぁっっっっ!!!!」
僅かな望みを一瞬でトレットに打ち砕かれたオレは膝から崩れ落ちて絶叫した。
せっかく皆助かって、魔族との戦いも無くなったって、これからオレのスローライフが始まろうというのに、こんなのってあんまりじゃないか。
男として過ごしてきた20数年の思い出が走馬灯のように脳裏をよぎった。
ひとしきり嘆いた後、オレは涙を拭いゆっくり立ち上がるとある決意を胸に天に拳を突き上げる。
「……よし、決めた!! あたしは絶対、絶対に男に戻ってやるぞぉぉっっっ!!!」
いまだに天から降り注ぐ虹色の光に向かって、オレはそう誓った。
これにて第5章終了です。
また、明日更新のエピローグをもってかわせか! 最終話となります。




