第50話 魔軍侵攻
トレリスの街のはるか南部、険しい山脈の先からそれは突如として現れた。
地上にはトレリスへ続く平原を飲み込むモンスターの大群。
上に目を向ければ、同じく青空を覆い尽くす大小様々な翼を持つ飛行型モンスターの群れ。
魔族の姿こそまだ確認されていないが、魔族による侵攻の第一波と考えて間違いないだろう。
一体、こんな数のモンスターがどこにいたのだろうか。
獣人王国の王都を包囲していたモンスターの大群もすごかったが、こちらは軽く見積もってもあの時の倍は居そうだ。
以前なら、まともにぶつかればトレリスの街などひとたまりもなかっただろう。
しかし、この間オレたちだってただ無駄に過ごしていたわけではない。
この時のため、万全とはいかずとも念入りな準備を苦労して行ってきたのだ。
オレの発案により、街を囲む防壁には色とりどりの染料で着色され可愛い絵が描かれ、ただの木の壁にも関わらず防御力が格段に向上している。
小型スライムの体当たり程度ならびくともせず、複数匹が合体した大型のスライムであっても、破壊するにはかなりの時間を要するはず。
防衛に当たる兵士はビキニアーマで武装し、さらにリボンで可愛さを増している。
しかも、防衛には街の兵士だけでなく、王都からの増援に、エルフの里からやってきたエルフたちまで参加してくれているのだ。
街の住人へのリボンの配布も済んでおり、皆いつでも美少女へと変身することが出来る。
「進軍の速度から推測すると、敵の第一陣は昼には街へ着くでしょう」
偵察役を買って出たクーラさんが、どこか遠くを見つめながら報告をしてくれる。
エルフの視力を活かした遠見の能力……ではなく、召喚獣との視界の共有による観測の結果だ。
――魔法に秀でたエルフは、幼い頃よりトレットの手ほどきを受けて居るため召喚魔法も多くのものが扱える。
里長であるクーラさんも当然のごとく召喚魔法を扱えた。
ちなみに、クーラさんの召喚獣は、トレットの召喚獣であるぴーちゃんと同じくシマエナガだった。というかエルフの召喚獣としてシマエナガは一番多い種族だという。
さすがに大きさは随分と差があり、クーラさんの召喚したシマエナガは、せいぜい人ひとりを乗せて飛ぶのがやっとと言った程度。
クーラさんははじめ召喚獣を人前で呼び出すことをためらっていたのだが、召喚獣を一目見てオレは納得した。
エルフにとってトレットは憧れの的。幼い時にはトレットに恋をした者も少なくないらしい。
憧れの人と同じ召喚獣を幼いエルフの少年は求め、大人になりトレットとの関係性などを理解してその選択を後悔するまでがワンセットなのだろう。
こう言うと、まるで生きた黒歴史のような扱いだが、一度心を通わせた召喚獣を嫌って居るわけではなく、単純に事情を推察できる人の前で召喚するのが気恥ずかしいんだと思う。
事情を知らないブラン様は、素直にクーラさんの報告を聞きテーブルに広げた地図を睨んだ。
魔族の侵攻をみこし、魔境の境界線近くに配した見張りから『異変あり』の報告を受けたのが早朝のこと。
ブラン様によって緊急招集をされたオレたちは、ブラン様の館に設置された本部で対応に追われていた。
「ゼフィは警備兵を指揮し、防壁の上から敵の迎撃を。街の住人にはリボンの着用のうえ、避難所へ誘導してください。イオリさん、トレット様には遊撃をお願いします。街の外へ打って出て、出来る限り敵の数を減らしてください。その間に王都へ援軍の要請を行います」
ブラン様の号令により、集まった人々が慌ただしく動き出す。
殆どの人が部屋を出た所で、ブラン様は深刻な顔でオレたちに謝罪してきた。
「イオリさん、トレット様、本来であればあなた方を死地へと赴くようなお願いをするべき立場には無いのですが、どうか街の防衛のため力をお貸しください」
なんだかいつもより難しい顔をしていると思ったら、ブラン様はそんな事を考えていたのか。
「やめてください。オレにとってももうこの街は故郷みたいなもんなんですから。街を守るためならいくらだって力を使いますよ」
「気にするでない。街には他では食べられぬごちそうが多いのじゃ。それだけでも守る意味があるからの。それに、ここが陥落すれば次は魔族はエルフの里を狙うじゃろう。そのようなことワシが許すわけなかろう?」
オレたちの言葉に、ブラン様は深々と頭を下げた。
「イオリさん……」
「イオリ……」
ブラン様とのやり取りの後、本部に残っていたタトラさんとサリィが心配そうに声をかけてくる。
「タトラさん、街の防衛を頼みます。タトラさんが街に居てくれれば、オレたちは気兼ねなく戦えますから。サリィも街の皆を頼んだぞ」
敵の数からして、今回の戦いはおそらく長期戦になる。
一度の戦いで決着がつかない以上、攻撃と防衛、どちらも欠かすことができない。
防衛には兵士やエルフがあたるが、現状の物理攻撃力ではタトラさんがおそらく一番なはず。
エルフの魔法で対処できない相手をタトラさんにはお願いすることになるだろう。
「わかりました。イオリさん、トレットちゃん、頑張ってください!」
「ふたりとも絶対無事に帰ってきてね!!」
ブラン様、タトラさん、それにサリィに見送られ、オレとトレットはモンスター討伐のため、街を出るのだった。
次回
ついに始まった魔族の侵攻。
果たして主人公は街を、大陸を守ることが出来るのか。
伊織たちの前に立ちふさがる相手とは――




