第46話 魔族の刺客
屋台に響き渡った叫び声の元凶を探して、オレは急ぐ。
屋台の軒先で慌てるタトラさんを見つけると、事態の把握のため何があったのかを尋ねた。
「タトラさん、さっきの叫び声は……」
「それが、この人がおにぎりを食べた途端、倒れてしまって」
タトラさんが指し示す先には、見慣れない女性が倒れていた。
オレもすべての街の人を知っているわけではないが、市場へやってくる人であれば大体の顔はわかる。
しかし、倒れている女性の顔に心当たりはなく、周りの人の中にも知り合いは居ないようで皆遠巻きに女性を見るばかりだ。
やはり、外から来た美味しい料理に耐性のない人が食べてしまったらしい。
「大丈夫ですか?」
「にゃんでこんな美味しい料理がド田舎にあるのよぉ……」
地面に倒れ、アレな感じになっている女性に声をかけるが、意識がトリップしているようで会話にならない。
せっかく綺麗でエロ可愛い容姿をしているというのに、人に見せちゃいけない状態のせいで魅力が壊滅している。
このまま他のお客の迷惑になるし、女性から漏れ出るセリフが街の人の神経を逆なでするようなものばかりなので、安全のため避難させることにした。
「ほら、おねーさんしっかりしてくださいよっと!」
女性を正気に戻すため、オレは声をかけながら彼女の手を引っ張り腕に力を入れる。
抱き起こそうとしたその時、女性の背中から唐突に羽が生えた。
みるみる内に肌の色が不健康そうな紫へと変色し、頭からはねじれたヤギっぽい角、さらに腰からハート型の尻尾まで生えてくる。
見知らぬ女性から異形の魔族へと変身したその者に、オレは見覚えがあった。
「はっ!! あたしは一体!? なんで変身が……あっ」
「……お前、どうしてこんな所に居るんだ。魔境に帰ったんじゃないのか? リプル」
変身が解けたことで正気に戻ったのか、魔族は変身が解けていることに驚き、次にオレの姿を見て硬直する。
驚きのあまり固まっている魔族を、オレはジト目で睨みつけた。
見慣れぬ女性の正体は、オレたちに敗れ、魔境の実家へと帰ったはずの魔王四天王の一人、リプルだった。
オレの視線に気圧されるように身を引きながら、リプルはやけっぱちに喚いた。
「しっ、仕方ないでしょ!! あたしだって実家で慎ましやかに暮らしたかったわよ!! でもしょうがないなじゃない! あいつ、あたしが魔王軍をやめるって言っても聞く耳もたないし、勝手に偵察任務を押し付けて来たんだから!!!」
どうやら一度魔境に戻ったのに、他の魔王四天王に魔境から追い出されたらしい。
魔王四天王の力関係がイマイチわからないが、リプルはもしかしたら魔王四天王の中では下っ端なのか?
そういえば、この前戦ったファンデが魔王四天王最強とか言ってたような。その割にあまり強くなかったけど。
ともかく、また敵対するというのなら反撃する気力が無くなるまでボコるしかなないか。
「つまり、お前はトレリスの街を襲おうとしてたってことか」
「違うわよ!! ま、待ちなさい! ここであたしを倒すと絶対に後悔するわよ!!」
攻撃魔法の予備動作に入ったオレを見て、リプルがなぜか涙目になって慌てだす。
「そんな事言われても、倒さなきゃ街に被害が出ちゃうだろ」
「本当よ!! 絶対、ぜーったい後悔するわよ!! 知ってるでしょ! 魔王様が復活した事! 特別に、あなただけにとっておきの情報を教えてあげるから!!」
魔王に関する情報、ねぇ。
怪しい通販番組の出血大サービスみたいなノリでまくしたてるリプルの言葉に、オレは一瞬動きを止め、再び攻撃魔法の予備動作を始めた。
「いや、別に魔王とかオレはどうでもいいし」
「なんでよ!? 魔法様の情報よ!! あなたたちにとって喉から手が出るほど欲しい情報でしょ!! いい、この魔石が指し示す光の先に魔王様が居るのよ!」
ドヤ顔でリプルは胸元から取り出した赤い宝石を見せてくる。
宝石は一筋の光を発し、リプルの言うように何かを示していた。
「光は魔王様の近くに行けば行くほど光を増し……て……」
「キュピ?」
しかし、最後まで魔石の説明をすること無く、リプルは黙ってしまう。
魔石の光は屋台の隅でおにぎりを頬張るマオに向かって一直線に伸びていた。
ふむ、てっきりその場しのぎのハッタリかと思っていたのだが、物はたしかなようだ。
もしかしたら、魔族が魔王復活を知ったのも魔石のおかげだったりするんだろうか?
「…………???」
リプルは手に持った魔石とマオを交互に見比べ、頭に疑問符を大量発生させている。
リプルの理解を待っていると話が進みそうにないので、さっさと答え合わせしてやろう。
「わかったかだろ。魔王がどこに居るか知ってるから魔石とかいうものの意味はないんだよ」
「うそ! だって封印の丘に居たはずじゃ……」
「封印が解けたんだろ。お前がさっき言ってたじゃないか」
親切に教えてやっているというのに、リプルは全く理解できていない様子で取り乱す。
「じゃあなんでミニドラゴンの姿になってるのよ! 魔王様がミニドラゴンなわけないじゃないの!!」
「オレが倒して再度封印したから?」
こともなげに言ったオレの言葉に、今度こそ理解の範疇を越えてしまったのか、リプルはまともに喋ることもできなくなり、幼児退行したかのようにおぼつかない言葉でオレに尋ねてくる。
「え? ふう……いん……? じゃあ、まおうさまはふっかつ、できないの?」
「うん」
その言葉を聞き、リプルは気絶してしまった。
せっかく美味しい料理のダメージから回復したというのに、忙しないやつだ。
次回
魔王封印の事実を知った魔王四天王。
彼女は衝撃を乗り越えることが出来るのか。
トレリスの街に魔物影が近づく――




