第34話 ナールくんとの再会
この世界に来て――いや、生まれてから初めて普通に女の子に好かれたと思ったら、女の子の正体はナールくんだった。
落ち着け、落ち着くんだオレ。
どんなにいい匂いがしてふかふかで柔らかくて狐耳の美少女でも、元はナールくんなんだ。
だからこの胸の高鳴りも一時の勘違いによる気の迷い。そう、言うなれば不慮の事故のようなもの。
内心の動揺を悟らせないよう、冷静を装ってオレは抱きつくナールくんを一旦引き剥がし、話し始めた。
元々美少年だったナールくんは、狐耳美少女となってもその可愛さは変わらず、それどころかより一層可愛さを増している。
正面から間近で見ているだけでちょっとドキドキしてしまうので、視線を瞳からややずらさないと緊張してまともに話も出来ない。
「ナールくんはどうしてこんなところに? 今までどこに居たんだ?」
「……」
しかし、オレの問いかけに先程までの笑顔とは打って変わって、ナール君がジト目でオレを睨んでくる。
あれ、何か変なことしたか?
もしかして男な事がバレて……いやそれならまず抱きついてこないよな。じゃあ抱きしめたのがまずかった? でもちゃんと狐耳など敏感な部分には触らないよう気をつけていたし、邪な触り方はしてないはず……。
突然のナールくんの変化に困惑していると、いつの間にか背後にやってきたタトラさんがこっそりと耳打ちしてきた。
「イオリさん、呼び方、呼び方ですよ」
「呼び方……あっ……」
タトラさんの指摘でオレはナールくんをくん付けで呼んでいた事に気づく。
ナールくんにとってオレはプロポーズした相手であると同時に、数少ない友人でもある。
以前からナールくんの前では呼び捨てで呼んでいたと言うのに、つい心のなかでの呼び方で呼んでしまっていた。
「……ナ、ナールはどうしてこんなところに?」
呼び方を訂正したオレに、少し不満げにしながらもナールくんはようやく機嫌を直して口を開く。
大体はペスさんから聞いていた通り、モンスターの群れが無差別に街を襲うようになり、王都に居るフォクさんが心配になって街を飛び出したと言うことだった。
「アズマの街を出た後、王都を目指してたんだけどモンスターはいっぱいいるし。どうしようか悩んでいた時にイオリに貰ったお守りの事を思い出したんだ。それで着けてみたらこの姿になって、体もすごく軽くなったんだ」
獣人化した事で身体能力が上がって、馬車も使わず王都を目指していたらしい。
そりゃあ、ヒト種の少年が狐耳の美少女獣人になってれば、商会の情報網にも引っかからないわけだ。まさか性別も種族も変わっているなんて誰も予想できるわけがない。
ひとまずナール君が無事なのは良かったんだが、それにしても随分と無茶をする。
「話はわかったけど、勝手に飛び出すのは良くない。ペスさんがすごく心配してたぞ」
「ごめんなさい、でもボクどうしても姉さまの事が……」
オレの注意にナールくんは狐耳を垂れさせてうつむいた。
両親を亡くしたナールくんにとってはフォクさんは腹違いとは言え、血を分けた唯一の肉親だし、仲も良いからな。
すでに王都は目と鼻の先。後のお小言はフォクさんに任せて、まずは王都でフォクさんと合流するとしようか。
「ナール、オレたちも今から王都へ向かうんだ。一緒に行こう」
「一緒に行ってもいいの?」
「ここまで来てひとりでアズマの街へ帰れなんて言わないさ。でも、ちゃんとフォクさんには報告するから、そのつもりで」
「うっ、わ、わかったよ……」
フォクさんに会ったときの事を想像してうめくナールくんだったが、自分の行動の意味はわかっているからか、抵抗する素振りは見せなかった。
肩を落とすナールくんの背中をトレットがポンポンと叩いて励まし、オレたちは荷馬車へと乗り込む。
その時、どこからともなく声が響いて来た。
「よくもやってくれたな。我が計画がよもやこんな形で破られようとは……」
「誰だっ!? 姿を見せろ!!」
姿の見えない声の主にオレは叫ぶ。
話しぶりからして、相手はモンスターを操っていた張本人だろう。
つまり、相手はこの無差別なモンスターによる襲撃事件の元凶であり、恐らく魔族。
周囲を警戒するオレたちの正面の茂みからそいつは現れた。
頭に白い猫耳フードを被った少女。
手には鞭を持ち、肌は人とは異なる紫色。
少女はオレたちを鞭で指差し、高らかに名乗りを上げる。
「我こそは魔王四天王最強のビーストマスター、ファンデ=シーラ!! よくも我が計画を破ってくれた。その罪、お前たちの命で償ってもらおうか!!」
次回
魔王四天王と遭遇した主人公。
彼らは無事四天王を倒すことが出来るのか。
ビーストマスターの力とは――




