第32話 ナールくんの捜索
「ナール坊っちゃんのこと頼んだよ、イオリ、みんな」
アズマの街に着いて早々ではあるが、オレたちはナールくんを探すため街を出発する。
クレープを心待ちにしていた街の住民には申し訳ないけれど、また今度時間のある時まで待っていてもらおう。
オレたちを見送るペスさんは、何度も動き出した荷馬車に手を振り追いかけてくる。
ペスさんもナールくんの捜索に同行しそうな勢いだけれど、モンスターの活動が活発になっている今、ペスさんを守りながら捜索する余裕はオレたちにもない。
ペスさんもそれをわかっているからこそ、追いかけては来るものの、一定の距離を保っている。
やがて、街の防壁が見えなくなってきたところでペスさんはついに立ち止まり、オレたちとの距離が開いていった。
「ナールを探すというが、あてはあるんじゃろうな?」
ペスさんの姿も見えなくなるまで進んだ所でトレットが口を開く。
「ペスさんの話じゃ、商会の情報網にも引っかからないって事だったからな……」
トレットの質問に、オレは頭をかいて思案顔になってしまう。
大見栄を切ってナールくんの捜索を引き受けたものの、手がかりはまったくない。
ペスさんの雇い主で、ナールくんの姉に当たるフォクさんが取り仕切る『銀の尾先商会』は獣人王国でも有数の規模の商会だ。
商人にとって情報は重要な商材のひとつ。当然、『銀の尾先商会』の情報網は獣人王国国内に限って言えばかなりなものだろう。
にもかかわらず、獣人社会では目立つはずのヒト種の少年の情報が全く無いというのはどうしたことか。
もちろん、賢いナールくんが商会の関係者に見つかってアズマの街へ連れ戻される事を警戒している、という可能性もある。
しかし、いくらナール君が賢いからと言って、身を隠して移動するなんて芸当が可能なんだろうか。
まとまらない思考を巡らせていると、手綱を操るタトラさんが沈んだ空気を払拭するようにわざと明るく声をかけてくれた。
「イオリさん、きっと大丈夫ですよ。ナールくんはしっかりしてるし、とっても可愛いですから」
「そうですね、ナール君がアズマの街を飛び出してからもう随分時間が経ってるらしいから、もしかしたらもう王都に着いててフォクさんに会ってるかもしれないですしね」
通信技術が発達していないこの世界では、距離が離れればそれだけ連絡は難しくなり、タイムラグも長くなる。
ナールくんが発見されたけど、連絡が遅れているだけという可能性もあるのだ。
もちろんそれは希望的観測だが、悪い方向に考えて落ち込んでいるよりマシだろう。
「よし、ひとまず王国の近くまでぴーちゃんで移動しよう。途中でナール君が見つかれば良し、ダメでも先に王都のモンスターの問題を解決しておけば、ナールくんが危険な目に合う可能性も少なくなるだろうから」
「うむ、ではそれで決まりじゃな。ぴーちゃんを召喚するのじゃ!」
オレがそう結論づけると、トレットも大きく頷いて召還の準備にとりかかった。
◆◆◆
「何か変わったことがあれば教えてくれよ。モンスターの群れとか、ナールくんとか」
「わかっておるわ。ぴーちゃんの視力ならおちゃのこさいさいなのじゃ」
ぴーちゃんの背に乗ったオレたちは、王都を目指し進む。
ふかふかの羽毛に包まれてオレたちの視界は遮られているものの、小さな獲物も見逃さないぴーちゃんの視界をトレットが共有しているので、何かあれば教えてくれるだろう。
トレットに任せて自分は何も出来ないで居るというのは少々もどかしいが、 こればっかりは仕方ない。
地上から探すよりは異変も見つけやすいだろうしな。
とくにすることもなく、ぼんやりとしていると、マオがオレの頭の上によじ登ってひと鳴きした。
「きゅぴー!」
「ん? マオも捜索を手伝ってくれるのか?」
「きゅぴ!」
確認するオレに、日から強く返事をするマオ。
たしかにナールくんを捜索するのであれば、ぴーちゃん1羽の視界よりも、マオが手伝ったほうが効率がいいかもしれない。
「それじゃあ、頼もうか」
オレは召喚魔法でマオを召喚すると、頭上に居たマオが目の前の魔法陣から現れる。
これでオレもマオの視界を通じて捜索することが出来るというわけだ。
「きゅぴー!」
マオはひときわ大きく鳴いて翼をはためかせると、ぴーちゃんの羽毛をかき分けて外へと出た。
大空へ飛び出たマオは、翼を広げ風を掴むとぴーちゃんの後ろについて飛ぶ。
巨大なぴーちゃんと一緒に飛んでいると、ただでさえ小さなマオの体が余計に小さく感じてしまう。
正面の視界は白一色だ。
まあ、今見なければ行けないの地上の様子だし、問題はなにもない。
そして、マオの視界を通じて眼下に広がる景色を見ていると、進行方向の先に大きな土煙を発見した。
「ん? あれは……?」
「当たりのようじゃ」
オレが声を上げると、ぴーちゃんの視界を通じて同じ景色を見ていたトレットが応じる。
土煙の正体は、今まさに王都へと向かう真っ最中のモンスターの群れだった。
次回
モンスターの群れに戦いを挑む主人公一行。
果たして彼らはモンスターの魔の手から王都を守る事ができるのか。
伊織のピンチに現れた謎の影とは――




