第19話 決戦
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!!!!」
オレは、よくわからない叫び声を上げながら頭を抱えてうずくまる。まさか、たった一発の魔法がこんな事態を引き起こすなんてわかるわけ無いだろう! もし過去に戻れるのなら、助走をつけてオレを殴り飛ばしてやりたい!!
「落ち着けっ!!! こうなっては仕方ない。すぐにエルフの里へ使者を送り、種族大連合を組むんじゃ!!!!」
「そんな暇ないだろバカ!!! 魔王が目の前にいるんだぞ!!!!」
トレットの案は、確かに実現すれば魔王への対抗手段となる……。しかし、魔王は目の間に復活してしまっているのだ。仮に使者が出せたとして、エルフの里に着くまでに街が何回滅ぶかわからない。
だが、何もしなければそう時間をかけず、魔王はやはり街を滅ぼすだろう。
どう転ぼうが、街は滅亡。これ、もしかして絶体絶命のピンチじゃないか? いや、そんなはずないっ! 何か方法があるはずだ!!!
「…………オレが行く」
「バカなことを言うではないっ!! ワシの話を聞いておらんかったのか!!!! お主ひとりに一体何ができると言うんじゃ。むざむざ死ににいくつもりか」
無い頭で考えた結論はそれだった。トレットの全力攻撃でも、魔王にはダメージが通らないという。しかし、少しでも足止めをすることができれば、人がわずかでも助かるかもしれない。
それならば、自分の命をかける価値はある。なにより――
「――オレのせいで、もし多くの人が死ぬようなことになったら、正気を保てる自信がない。それならいっそ、魔王と戦ったほうがいくらかマシってもんだろ」
やせ我慢100%だが、笑ってみせる。腹をくくってしまえば、ソレが最善の選択肢に思えてくるのだから不思議なものだ。
「お主……。やれやれ、バカだバカだと思っておったが、これは本物じゃの。……わかった。もう止めはせん。……じゃが、ワシも一緒に行くぞ」
「トレット、お前……」
「勘違いするでない。むざむざ死ぬつもりなぞ毛頭ないのじゃ。住民の避難が終わるまで、ワシとお主で魔王を足止めするのじゃ。文句なかろう?」
差し出された小さなトレットの手を、オレは握りしめる。こんな時、言葉はいらない。ふたりで視線を交わし、笑い合う。そこに、後ろから声がした。
「……それなら私も行こう」
「ゼファーさん!?」
ゼフィーさんはそれが当然とでも言うように、いつもと変わらない綺麗な立ち姿で宣言した。その言葉には有無を言わせない圧力がある。
「私は街を守る剣。そして盾だ。少しでも住民の避難の時間を伸ばせるのならばこの生命、いくらでも使おう」
「父上!!!」
剣を抜刀し正面に構えたゼフィーさんは、己の心に誓いを立てて天に突き上げた。サリィはそんなゼフィーさんを見て、縋り付く。「行かないで」サリィの顔にはそう書いてあった。
「サリィ。お前は必ず生きてくれ。それが亡くなったお前の母……ガーベとの最後の約束だからな」
「でもっ、ならあたしも一緒にっ!!!」
「バカを言うなっ!!!」
食い下がるサリィに、ゼフィーさんが怒鳴る。短い付き合いではあるが、彼が娘をこんな剣幕で怒るところなど初めて見た。
「何のために私が行くと思っている!!! ……それに、お前にはやってもらいたい事がある。魔王の事を兵士とブラン様に伝えるのだ。そして、兵士と協力して街の人の脱出を手伝って欲しい。できるな?」
その言葉にサリィはゆっくりと掴んでいた手を離し、涙を拭くとゼフィーさんを見据え頷いた。凛としたその姿は、ゼフィーさんにそっくりだった。
「……あたしも騎士の家の娘です。必ず住民をエルフの里まで送り届けてみせます。だから、父上、イオリ、トレットちゃん……絶対、絶対皆生きて戻ってきてっ!!!!」
サリィに見送られ、オレたち3人は互いの顔を見合うと、巨大な揺らめく影へ歩みを進めた。
◆◆◆
「くくく……。さあ、人間どもの街を捻り潰し、屈服させてやろう……ん、誰だ? ……ふはっ、ふははははっっ!!!! 貴様、あの時のエンシェントエルフかっ!!!! 生きていたとはなっ!!!!!!!」
「お主こそ、封印の中でとっくにくたばっておると思っておったのに、しぶといやつじゃ」
魔王がトレットの姿を見て嗤う。もうほとんど目の前に来たというのに、魔王の影はおぼろげで正体がつかめない。トレットの軽口を魔王は軽く受け流し、言葉を続ける。
「ふむ、あれから多くの時を過ごしたというのに、まったく変わらぬその可愛さ。失うには惜しいな。どうだ? 世の片腕となり共に世界の覇権を握らぬか?」
「生憎じゃが、そんなものにワシは興味ないのじゃ。それに、仲間に引き入れたとたん、後ろから切りかかってくるような奴と手を組むほどワシはバカではないぞ、魔王!!!!」
大昔、魔王と戦い封印したと時に何かあったのだろう。トレットの言葉には静かな怒りがこもっていた。
「ふははははははっっっっっっ!!! 良くわかっているではないか!!!! だが、どうする? 見た所、仲間は脆弱な人間が2匹しかおらぬではないか。たったそれだけの戦力で我に挑もうというのか?」
「ふんっ、その余裕、いつまで続くかの?」
魔王を牽制しながら、トレットは小声でオレたちに作戦を告げる。
「お前達、今からワシがでかいの一発ぶちかましてやる。そこでゼフィーとイオリが同時に突撃してなんとか時間稼ぎをするんじゃ。その間にワシが次の呪文を準備する」
だが、オレはその案に待ったをかけた。
「待ってくれ」
「なんじゃ?」
「オレに考えがある。うまく行けば、魔王を倒せる……かもしれない」
そう、オレには秘策があった。どうにもならない強敵が現れた時、何を犠牲にしてでも生き延びるための策が。オレにとっても非常にリスクのある事だが――出し惜しみできる状況でもない。
「なんじゃと!? お主、ワシの話を聞いておったのか!? あやつはワシの魔法をいくら打ち込んでも傷一つつかなかった化物じゃぞ!!!」
「まあ見てろって、オレの本気、見せてやる!!!!!」
キャンキャン吠えるトレットを制しながら、意を決し、手を空高く掲げ力の限り可愛く叫んだ。
「シャイニーパワー!!! セーットアーーップッ!!!!!!」
次回
ついに魔王と対峙した主人公一行。
果たして彼らは魔王を止めることができるのか!!
己の内に秘められた可愛さが伊織を包む――。