第27話 獣人王国の異変
「イオリさん、元気だしてくださいよ」
「うぅ……」
エルフの里を離れ、オレたちは巨大シマエナガのぴーちゃんによる空の旅を続けていた。
しかし、旅の途中で幾度となく発作的に唇に触れた生暖かい感触を思い出して、オレは身を震わせてしまう。
自分の不注意が招いた事とは言え、思っていたよりも心のダメージは大きかったらしい。
頭を抱えるオレの背中をタトラさんがさすり落ち着かせてくれた。
「まったく、唇のひとつやふたつ良いではないか」
「うるさい! のじゃロリエルフにはオレの純情はお前にはわからないんだ!」
「なんじゃとっ!」
エルフの里を出てから幾度となく繰り返されたオレたちのやり取りに、トレットが呆れた声を上げてくるので、オレが噛み付いて口喧嘩が始まる。
タトラさんは慣れたもので、オレたちの勢いが収まった頃を見計らって、話題を変えてきた。
「ほら、もうすぐパーズー王国に入りますから。フォクさんやナールくんもきっと待ってますよ」
「ああ、そうですね……」
フォクさんは獣人王国で出会った、王国有数の商会である『銀の尾先商会』の会頭で、3本の尾っぽと狐耳を持つ銀色の毛並の獣人だ。
出会った当初は可愛さ対決をしたり衝突もあったが、今では和解し良い関係を築いている。
ナールくんはフォクさんの腹違いの年の離れた弟で、獣人ではなくオレと同じ普通の――ヒト種の可愛らしい天使のような少年である。
きっと対魔族連合の話しをすればふたりとも手を貸してくれると思うのだけれど、ナールくんとは少々事情がってオレは再会を素直に喜べない。
「なんじゃ。ナールのプロポーズの答えでも考えておるのか?」
「ちがわいっ!」
そう、ナールくんはなぜだか美少女姿のオレに恋してしまったらしく、熱烈なプロポーズをされてしまっていたのだ。
普通、ヒト種の社会ではどんなに美少女の姿になっていたとしても男女の区別は自然と出来るらしいのだが、種族的に男が美少女化する事がほぼない獣人の社会で生きてきたナールくんには、そうした基本的な能力が培われていなかった。
結果、初めて出会った同じ年齢に見える同族で異性に見えるオレに恋をしてしまった……のだと思われる。
さっさとオレが男だとばらしてしまえば済みそうな話だが、恋した相手が男だった時の衝撃はオレにもよく分かるので、少年の夢を壊すことも出来ない。
幸い、ナールくんはオレにふさわしい立派な男になるため、商人修行の真っ最中。まだプロポーズに対する答えを出すまでに猶予はあるし、途中でナールくんが心変わりをしてくれる事を密かに願っている。
「ふふふ、あの年頃の男の子はすぐに大きくなるから、しっかり答えを考えておいたほうが良いですよ」
トレットに続いてタトラさんまで恐ろしいことを言う。
いや、でも別れてから1年も経ってないし、さすがにまだ大丈夫……だよな?
「む、いかんぞ。イオリ、タトラ、緊急事態なのじゃ」
ナールくんとの再会に戦々恐々としていると、突然トレットが真剣な声でオレたちを呼んだ。
ただ事ではないトレットの雰囲気に、オレとタトラさんも思考を切り替え最大限の警戒体勢をとる。
「どうした?」
「街がモンスターに襲われておる。かなりの数なのじゃ」
「はぁ!? そんな馬鹿な。見間違いじゃないのか?」
トレットの言葉にオレは思わず聞き返した。
モンスターは通常、自分たちのテリトリーから出てくることはない。
人を襲うことはあるが、それは人の方からモンスターのテリトリーへ近づくからであって、モンスターがわざわざ危険を犯して集落を襲う事なんてめったに無いことだ。
しかもトレットは街と言った。
小さな村ならいざしらず、街と言うものは警備の人員を確保し、堅牢な防壁を有するものだ。モンスターが街を襲うなんて自殺行為に近いだろう。
「ぴーちゃんの目に狂いはないのじゃ。このままでは街に被害が出かねん。わしらで援護をするぞ」
召喚したぴーちゃんと視覚を共有しているトレットは、確信を持って断言してきた。
普段いい加減なこいつがここまで焦るということは、本気でまずい状況なのかもしれない。
オレは腰に差していたピコハンを引き抜き、身構える。
「しょうがないな。準備出来たぞ」
「時間が惜しい、一気に突っ込むのじゃ!!」
トレットがぴーちゃんに合図を送ると、ぴーちゃんはオレたちを乗せたまま急降下を始めるのだった。
次回
モンスターの襲撃を受ける獣人帝国の街。
主人公一行は無事街を救うことが出来るのか。
伊織のピコハンが唸る――




