第22話 孤立無援の朝食
「はっ、嵌められたぁっ!!!」
オレが正気に戻ったのは『勇者お披露目』の式典が終わり、客室へと戻りベッドへ入って寝ようとした時であった。
ぼんやりと違和感を感じながらも、あまりの衝撃から思考の停止していたオレはきっちり最後まで式典を行っていて、後戻りができそうにない。
これじゃあ、今まで苦労して王様との謁見を回避し続けてきた努力が水の泡じゃないか。
ベッドから跳ね上がったオレを見て、隣で寝ていたトレットが目をこすって寝ぼけた声を出す。
「何じゃ今更、うるさいのじゃ。先程までおとなしく受け入れておったではないか」
「どうして止めてくれなかったんだよっ!!」
「止める必要もないじゃろ。お主が勇者なのは間違いないのじゃからのぉ……ふぁぁ」
「おい、寝るな! せめてもうちょっとオレの話を聞け!!」
「わかったわかった。明日聞いてやる……の……じゃ……」
適当な事を言ってトレットはすぐに寝てしまった。当然のようにタトラさんもすでに夢の中。
くそう、まったく頼りにならない!!
その日は満足に寝ることも出来ず、翌日、朝食の席でオレは改めて王様に宣言した。
「オレは勇者なんてなりませんからね!」
「そうか」
ビシッと指差すオレの事などどこ吹く風といった様子で、王様は食事を続けている。
食堂には式典の慰労ということで、式典の立役者として国王夫妻に幼女将軍、ブラン様、それにオレたち3人が同席していた。
しかし誰もオレの宣言をまともに取り合わず、示し合わせたように皆淡々と食事を続けている。
「聞いてますか、オレは絶対に勇者なんかにはならないって言ってるんですよ」
「……聞いている。残念だがもう手遅れだ。そなたは勇者として国民に認められた。一度動き出した人心の歯車は余にも止めることは出来ぬ」
食事を終えた王様はオレの宣言をサラッと流して、さらにカウンターで言葉のボディブローを打ち込んできた。
「それに、そなたは神となる気もなく、それでもなお人々の可愛さを守りたいのだろう? ならばせめて勇者となり己のわがままを貫いたツケを払わねばな」
ぐっ、ぐぬぬぬ……。
国境での一件の理由を問いただしたのはそれが狙いだったのか。あの時は何も言わず罪を帳消しにしてくれたと思ったのに、なんと狡猾な。
自分の言動をこんな形で使われるとは思ってもみなかった。
オレが黙っていると、話が済んだと判断した王妃様たちが好き勝手に話し始める。
「イオリ、昨日のクッキー、とても美味でした。またぜひ作ってくださいまし」
「うむ、あの焼き菓子もうまかったが、オレは船上で食べたひときわ可愛いくまさんバーガーの味が忘れられん。今度作ってくれ。それにお前にはもう一度手合わせをしてもわねばな!」
「勇者イオリ、この国の……いや大陸の命運はそなたの働きにかかっている。頼んだぞ」
くそう、オレの気も知らず好き勝手言って。王族なんかきらいだ。
これ以上、王様に文句を言ったところで事態に進展はないと理解したオレは、せめてもの抵抗に自分の朝食にだけ美味しくなる魔法をかけて食べた。
……その朝食も半分ほどトレットに盗み食いされたけど、阻止する気力もわかない。
オレが勇者として祭り上げられたことで唯一の利点は、対魔族連合への協力を王様が正式に承認してくれた事だろう。
王様はタトラさんとなにやら打ち合わせをし、近隣諸国への協力要請を打診してくれるという。
オレの思惑とは大幅にずれた結果となってしまったが、ともかくこれでガーデニア王国の協力は得られたわけだ。
一連の話が済むと、オレたちは急ぎ王都を発つ。まだ他にも連合参加をお願いする国があるからであって、居心地が悪いから逃げ出すわけではない。
ちなみに、ブラン様だけは王都でまだ話し合いがあるということで残ることとなった。まあ、ブラン様はかなり強いらしいし、必要なら後でトレリスから迎えを呼ぶことも出来るので大丈夫だろう。
盛大な見送りを回避するため、オレたちはこっそりと城の裏手から荷馬車に乗って城を出ると、そのまま一直線に王都も飛び出し、トレットが召喚したぴーちゃんに乗り込んだ。
ようやくかたっ苦しい雰囲気から解放されたオレは、仏頂面で腕組みをして唇を突き出して不快感を最大限強調する。
「イオリさん、機嫌直してください」
「いつまでむくれておるのじゃ。そろそろ観念せぬか」
式典の話は事前にトレットとタトラさんにも正しく通達されていたらしい。
つまり、ふたりもオレを勇者へと担ぎ上げる手助けをしていたのだ。
王様にぶつけ足りない不満を、オレはトレットに吐き出す。
「だいたい、トレットはなんで何も言わなかったんだよ。もともとオレが王都へ行かないでも済むように旅を進めたのはお前だろ」
「はじめは確かにお主の望み通り静かに暮らせるよう、手助けをしてやろうとそう思っておったのじゃ。じゃが、お主はおとなしくするどころか、行く先々で大事を起こすではないか。いまさら勇者の肩書が加わったところで周りの評価が変わることなの無いじゃろうし、良い時期だと思っただけなのじゃ」
「いや、それは言いすぎだろ、たしかに復活した魔王を倒して、アシハラの国で大蛇の封印を手伝って、ガーデニアと隣国のゴタゴタを両軍壊滅させて解決して、獣人帝国で帝都を破壊した魔族を討伐しただけ……あれ?」
事実を列挙すると、なんだかすごいことをしているような気もするかも?
いや、騙されてはいけない。全部たまたま、偶然巻き込まれただけでオレはどれもしたくてやったわけではない。
言うなれば、被害者側の存在なのだ。
しかし、なぜかオレの心を見透かしたようにトレットとタトラさんの視線は生暖かい。
「で、でもエルフの里と獣人王国では何もしてないぞ!!」
「エルフにとっては魔王討伐だけですでに偉業なのじゃ」
「獣人王国でもすごい料理と見たこともない高性能な船を作っちゃいましたし……。とくに、船に関しては海洋国家のアクリム王国で作られるもの以上の性能でしょうから、もしかしたら影響力は一番かもしれないです」
アクリム王国って、海の向こうの獣人の王国だよな。たしかオレたちが乗っていた船の船長を任せたシャチっぽい獣人のオルカス船長の出身国とかなんとか。
オレはただ白鳥ボート風に可愛くしただけなのに、そんな大事だったのか?
なけなしの反論は、トレットとタトラさんに即座に否定されてしまった。
「これでわかったじゃろ。今更なのじゃ」
「だったらなんでもっと早く教えてくれないんだよ。そんなすごい事してたなら止めてくれてもいいだろ!」
ふたりは不思議そうに顔を見合わせると、ハモってこう答えた。
「イオリさんだから」
「なのじゃ」
なんだそれは。まるでオレが常識外のトンデモ存在みたいじゃないか。
次回
反論の甲斐なく勇者のレッテルを貼られた主人公。
その称号は彼に何をもたらすのか。
伊織たちはエルフの里へと降り立つ――