第21話 勇者誕生
「……どうでしょう」
出来上がった料理のサンプルを持って、オレは王妃様にお伺いを立てる。
「まあ、これは可愛らしい焼き菓子です」
「ええ、生地は普通のクッキーですけど、こうして形を工夫することでずっと可愛くなります」
オレの考えた料理はシンプルなクッキーだった。
王妃様からは別にちゃんとした食事とは指定されていないし、甘いものって事だったからお菓子でも問題ないだろう。
砂糖が貴重なので果物を細切れにした際に出る果汁や、果物の一部を潰して生地に練り込み甘さを補いつつ、急造で用意してもらった動物や花柄の型をとり、さらに表面にドライフルーツやジャムを乗せ、動物には目や模様を、花には芯を描いた。
量を作るだけなら四角く切って大量生産が一番楽なのだが、この世界では可愛いほうが美味しいんだからしょうがない。
以外にもトレットとマオコンビの魔法とブレスの合体は非常に有用で、フルーツの乾燥だけでなく、温度を上げてクッキーの焼き上げにも活躍した。
代わりにできた端から多少つまみ食いされたが、それを差し引いても仕上がりの速度がいちいち窯を使うよりも早かったのでしょうがない。
王妃様は動物クッキーや花クッキーを楽しそうにひとつひとつ手にとって眺めている。
「よろしければ味も試してみてください」
「そうですね、では……」
王妃様に付きそう無愛想な侍女っぽい人がまず毒味をしした。侍女の人は、その美味しさに仕事も忘れとろけそうな笑顔になってしまう。
あまり可愛さを詰め込みすぎると、美味しすぎてしばらく人前に出られないアレな感じになってしまうのだが、今回の可愛さの調整はうまく行ったようだ。
侍女の人の反応を見て驚きながら、自分もクッキーを口に入れた王妃は、頬に手を当て少女のようにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
いや、少女のようにもなにも見た目は少女なんだけど、王妃様も見た目通りの年齢ではないだろう。……たぶんオレよりは歳上なはずだ。
「んー! イオリ、素晴らしいです!! 叔父上様がおっしゃっていた通り、可愛いだけでなく料理の腕前も比類なきものをお持ちですね!!」
とりあえず気に入ってもらえたようで一安心。
王妃様はサンプルのクッキーをまたたく間に平らげ、至福の表情で呆けていたが、すぐに立場を思い出したのか気まずそうに咳払いをひとつして身を正した。
「こほん、イオリ、素敵な料理をありがとうございます。きっと国民も皆喜ぶことでしょう」
「オレの力だけではないです。これだけの量を作るには料理人の方々や、仲間の協力があればこそです。礼なら皆にも言ってあげてください」
「ええ、皆には後ほど働きに見合った恩賞を与えましょう」
実際、オレのしたことと言えばレシピを考え、見本を2,3個作り、あとはひたすら美味しくなる魔法をクッキーにかけていただけだ。生地はタトラさんがこねたし、フルーツはトレットとマオが乾燥させて、型取りと飾りは料理人の人たちに丸投げした。
「それでも、イオリでなければこの素晴らしいクッキーは出来なかったでしょう。さっそく明日、王都の人々を集めクッキーを振る舞います。イオリも是非同席してください」
「はあ……」
たかがクッキーひとつ配るのにそんな盛大な催しをするのかと疑問に思いつつも、国の風習なんだろうぐらいに思ってオレは気のない返事をした。
とにかく突貫でクッキーを焼き続けたので今は一刻も早く休みたい。
王妃と別れ、用意された客室へたどり着くとおれはそのままベッドに倒れ込み意識を失った。
◆◆◆
翌日、使いの人がやってきて、会場へと案内される。
連日移動に次ぐ移動であまりしっかりと休めなかった上、突然のクッキー作り王都の住人分なんて無茶ぶりに対応したので久しぶりのベッドでガッツリ寝てしまった。
まだ半分寝ている頭で、オレはタトラさんに手を引かれてフラフラと歩く。
「イオリさん、しっかり歩かないと危ないですよ。あたしがおぶって行きましょうか?」
「いや、そこまでじゃないから……ふぁぁ……」
「だらしない顔じゃの。今日は式典があるらしいが、そんな様子で大丈夫なのじゃ?」
「式典って言ってもオレがすることなんて無いだろ。へーきへーき」
手ぐしで適当に髪をなでつけながら、トレットたちと雑談をしていると会場に着いたようだ。
そこは王都が一望できる広いバルコニーで、偉そうな人たちがズラッと並んでいる。
使いの人に案内されるまま前の方へ移動すると、眼下に広がる広場に王都の人々がひしめき合って歓声を上げていた。
よく見ると広場の要所要所にテントが張られ、オレたちが作ったクッキーを配布しているらしい。
人々はクッキーの美味しさに驚き、国王を称え喜んでいた。
なるほど、王妃様がしたかったのはこれか。
魔王復活の不安から活気のなくなっていた住民たちは、一時的かもしれないが活力を取り戻し、笑顔を浮かべている。
人間、美味しいものを食べれば気分も盛り上がるし、オレの料理はうってつけだったってことだな。
住民を元気づけるためだけに大げさなとは思うけれど、王都を活気づけるにはちょうど良い催しだし、皆の笑顔を見るとなんとなくオレたちの苦労も報われた気がする。
オレの到着を見た王様は、ゆっくりとバルコニーの先へ歩み、人々の顔をひとりひとり見るかのように広場を見回して口を開く。
「王都に住む我が親愛なる臣下よ! 今日はよく集まってくれた!! この素晴らしき日を祝うため、特別にある者に料理を作ってもらった。堪能しているだろうか?」
王様の問いかけに応え、広場から大喝采が鳴り響く。
王様は満足げに頷くと、芝居がかった仕草で手をかざして周りを静まらせ話しを続けた。
王都の住民のために必要な式典だというのはわかったが、校長の挨拶とか立ったまま寝て聞き流していたオレには中々苦痛な時間だ。こんな席に出るぐらいならあと半日ぐらい寝ていたい。
早くも睡魔に襲われ始めたオレは直立不動で腰を落とし、立ち寝の準備に入る。
「それでは紹介しよう。今そなたたちが食べているこの世のものとは思えぬほど可愛らしい焼き菓子を生み出した至高の料理人にして、我らが窮地を救う勇者、イオリだ!!!」
……は?
今王様なんて言った。勇……者? オレが?
半分寝ていた頭に入ってきた言葉の意味を理解する前に、周りが行動を起こしていた。
「さあ、イオリこちらへ」
王妃様がオレをせっつく。
「なにを呆けておる、シャンとせんか、勇者イオリ!!」
オレの肩をバンバン力任せに叩いてくる幼女将軍。
「すみません、イオリさん。現状ではわたしの力では止めようもなく……」
申し訳無さそうにブラン様が謝ってくるのだが……ちょっと言っている意味がわからない。
混乱するオレは、周囲に押される形で王様の隣に立たされ、こっそり側に付いている王妃の侍女に操られるまま手を振ったりお辞儀をしたりと、操り人形よろしく真っ白になった頭で淡々と作業をこなしていく。
「皆、すでに空に浮かんだ影から魔王復活の話は聞き及んでいるはずだ。伝説の魔王の復活は皆の心に暗い影を落としたことだろう。魔王の力は強大だ。国王として、これまで何の手立ても打てなかったことをまず謝罪させてもらう。……だが、心配することはない! なんと魔王はすでに勇者イオリの手によって討伐されていたっ!! 未だ魔王を信奉する魔族の脅威は残るが、イオリが居る限り、我が国は決して魔王に屈することはない。親愛なる王国の民よ! 今こそ余は勇者の元力を合わせ魔族を打ち倒そう!! そのためにもそなた達国民の力をどうか余に貸してはくれまいか!!!」
王様の演説に、広場のテンションは最高潮に達した。
熱狂的に王様を称える者や、勇者誕生を祝う者、王国万歳を叫ぶ者に、お金を払うからとクッキーのおかわりをねだるものまで、よくわからないことになっている。
……あれ、オレなんでこんな事になってるんだっけ?
次回
王の策略によって勇者に祭り上げられた主人公。
混乱する彼が次に向かう場所とは。
伊織は面倒事を解決し、平穏を手に入れることが出来るのか――




