第13話 商人と栽培魔法
市場でチューリさんの居場所を聞くと、程なく発見できた。
さすが街の顔役の大商人。
背後からでもわかる恰幅の良い中背の男性に向かってオレは叫んだ。
「チューリさ―ん」
「ゼフィ様、それにトレット様、タトラ様まで。みなさんどうされたのですか? ……おや、そちらのお方は」
オレの声に振り向いたチューリさんは、人の良い笑みを浮かべ挨拶を交わす。
そして、オレと目の会ったチューリさんは腰を折り、丁寧な自己紹介をしてくれた。
「お初にお目にかかります。トレリスの街で商人をしておりますチューリ=フィリップと申します」
「イヤイヤ、チューリさん、オレですニャ。オレ。伊織ですニャ」
頭を下げるチューリさんに手を振ってオレは自分が知り合いであることを説明する。
チューリさんはオレの顔を覗き込んで観察していると、納得したのかウンウンと頷いた。
「イオリ様? ……確かによくよく見れば。その格好はどうなされたのですか?」
「まあ色々あったニャ。それよりも、ブラン様からの依頼ですニャ。街の防衛に関わる事でチューリさんに作業をお願いしたいと」
その言葉で、チューリさんの表情が一瞬で商談の顔となる。
オレの外見の変化よりも商人にとっては商売の話のほうが一大事。こうした切り替えが出来るからこそ、街の大商人でいられるのだろう。
「それは、どのような事なのでしょうか。まさか街の外壁の建て替えでは……」
「ああ、ちょっと違いますニャ。部分的な補修は必要かもしれニャいですが、外壁に関しては塗装で可愛くしたいんですニャ」
「塗装でですか。それは荷馬車のようにということですね」
この前街に戻った時、荷馬車を可愛く塗装することで性能を向上させる方法はチューリさんに伝えていた。
そのため、外壁を塗料で可愛くするという案はすんなりチューリさんに理解してもらえた。
「たしかにそれならば予算的にも無理なく行えるでしょう。さらに家の壁や屋根に応用すればその効果は計り知れない……イオリさん、素晴らしい発明です!!!」
「は、ハイですニャ」
オレの手を握りチューリさんは目を輝かせブンブンと握手してくる。
いや、オレとしてはそこまで深く考えていたわけではないんだけど、チューリさんがやる気になっているので気にしないでおこう。
「それと、リボンの増産もお願いしたいニャ。住民だけでなく、できれば馬なんかの家畜にも付けられるぐらいの数を用意できないですかニャ?」
「すでにリボンは街の主要産業になっていますし、そちらは問題ないでしょう。しかし、町の防衛を固め、住民だけでなく家畜の分までとは、一体何が起こるのでしょう? やはり、魔王復活の噂はほんとうなのですか?」
「魔王の復活は無いですニャ。しかし、魔族の侵攻は恐らく近い内に来ると思われますニャ」
オレは魔族に関しての情報もチューリさんに伝える。
無闇矢鱈と話すことではないだろうが、街の防衛に関わる民間のトップとなるのはおそらくチューリさんだし、知っておいてもらったほうが良いだろう。
「……なるほど、魔王四天王ですか。なんとも恐ろしいことです」
「オレたちはこれからブラン様と一緒に王都でその事について話してくるニャ。ブラン様から支払いは心配しなくていいと言われているので、チューリさんには防衛に関する装備の手配をお願いしたいにゃ」
「そういうことでしたら喜んでご協力いたしましょう。街がなくなってはわたくしも商売が出来ませんから」
「よろしくおねがいしますニャ」
オレたちは固く握手を交わして商談はまとまった。
ブラン様から頼まれた仕事はそれだけだったのだが、オレはついでなので以前渡しておいた米の種籾についても聞いておくことにした。
「チューリさん、それと前に渡した米の種籾ニャんですが」
「ああ、あれですか……すみません。こちらでもなんとか栽培しようと試みているのですが……」
米の話題になるとチューリさんは、あからさまに肩を落としてしまう。
やはり、栽培法の手がかりが簡単なメモだけでは難しいか。
食い道楽なチューリさんのことだ、かなり力を入れて栽培に臨んだのは間違いない。
「ちょっと見学してもいいですかニャ?」
「ええ、小規模な実験用の畑でしたらすぐそこですので、ぜひ!!」
「おい、イオリ大丈夫なのか?」
オレとチューリさんの会話を聞いていたゼフィーさんが肘で突いてくる。
確かにこんな事をしている場合かと言われればそのとおりなのだが、米はオレの食生活に関わる一大事なのだ。
素人が見た所で解決しないかもしれないがどうしても気になってしまう。
ちょっと見るだけだからと渋るゼフィーさんを説得して、オレたちはチューリさんの商会が管理する街内の畑へと移動する。
そこは家庭菜園のような本当にこぢんまりとした場所だが、ちゃんと水が引かれており傍目には水田になっているように見える。
植えられた苗は自立しているものの、あまり元気はなさそうだった。
「手引書の通り水田を作り、発芽した苗を植えては見たのですが、どうにも育成状況は芳しくありません」
米の魅力を知るチューリさんも、このままでは無駄に種籾を消費してしまうと意気消沈している。
うーん、育て方が全く間違っているのならアドバイスも出来るのだが、今の状態を見るとオレに出来ることはなさそうだな。
そこで今までつまらなそうにくっついてくるだけだったトレットが何気なくつぶやいた。
「可愛さが足りんのでは無いのか?」
「え、そうニャのか?」
「アシハラの国は巫女の儀式のおかげで可愛さに溢れておったのじゃ」
言われて見れば確かに米を分けてもらったアシハラの国は毎日儀式をして土地に力を込めてたよな。
ものは試しなので、軽く踊りを踊ってみる。
「可愛く可愛く可愛くニャーれ、おっきくニャーれ」
すると、水田が光りの粒子に包まれて、元気のなかった苗がみるみる力を取り戻し、それどころか異常なスピードで成長を始めた。
「おぉ、苗がみるみる大きく!! イオリ様! ありがとうございます!!!」
「良かったけど……ちょっとキモいニャ」
まるで早送りで映像を見るような苗の急成長に若干引き気味になるオレ。
「これ、もしかして他の作物にも使えるのかニャ?」
「使えるじゃろうな。どんなものであっても可愛さはすべての源なのじゃから」
という事は、植物に関してはこの方法を使うととんでもない収穫量になるのでは?
チューリさんもオレと同じことを思ったらしく、鼻息荒くにじり寄ってくる。
「イオリ様! 先程の育成方法を、わたくしにお教えいただけないでしょうか!! お礼はいくらでもいたします!!」
「チューリさん、わ、わかったから落ち着くニャ!!」
とは言え儀式も魔法のひとつなので誰にでも出来るものではないだろう。
可愛くなって、魔法で……と言ったらチューリさんはすぐさま使用人にリボンと可愛い服一式をもってこさせ自ら幼女になると、その場で栽培の踊りをマスターしてしまった。
恐るべし、チューリさんの食への執念。
「ありがとうございます!! これでトレリス、いや、この国の食糧事情は劇的に変わるでしょう!! そして、今よりも豊かな食生活が待っているのです!! これもすべてイオリさんのおかげです!!」
「ニャ、ニャあ……」
幼女になって興奮しっぱなしのチューリさんのテンションについていけず、オレは曖昧な相槌をうつことしか出来なかった。
次回
旅支度を終えた主人公一行は王都へと旅立つ。
初めての空の旅が、領主にもたらすものとは。
巨大シマエナガのもふもふが伊織たちを包み込む――




