第17話 魔法deスイーツ
「はーやくできないかなー♪」
「はーやく食べたいのじゃー♪」
美少女と幼女がオレの隣で珍妙なリズムの歌を歌っている。
二人で身体を揺らしながら足をバタつかせる光景は、見た目ほほえましいのだが、片や本物の美少女、片や詐欺ロリエルフジジィなので、オレとしてはあまり直視したくない。
美少女はサリィ、幼女はもちろんトレットだ。
くまさんバーガーとウサギパンを食べ尽くしたトレットが、「誰にも見せていない新作の甘味を用意してやる」と言う約束を思い出し、早く用意しろと連日せっついて来て、根負けしたオレがキッチンで料理に取り掛かる。そこへ、どこからか話を聞きつけたサリィがちゃっかり隣りに座ったため、このような状況になってしまった。
「楽しみだねー、トレットちゃんっ!」
「なのじゃっ!」
サリィとトレットは何が通じ合ったのか、いつの間にか打ち解け友人のような関係になっている。
トレットの元の姿を知っているオレとしては、ジジィが美少女と並んで頬を寄せ合っている姿など通報案件なのだが、サリィ本人も保護者であるゼフィーさんも気にしていないため、問題となっていない。一応、いつ何が起こっても良いように、ふたりが一緒にいる時には常にピコハンを即撃てるよう、勝手に警戒はしている。
「それにしても、まさかサリィが嗅ぎつけるとは思わなかった」
「甘いものをあたしに内緒で食べようなんて、十年早いんだから!」
普段、ゼフィーさんに似ておしとやかで淑女な振る舞いをしているサリィだが、スイーツの事となると目の色が変わる。サリィはもともと甘味好きだったらしいが、リンゴパンの衝撃が、少女の何かを変えてしまったらしい。
リンゴパンを食べて以来、オレの作る見たことのないスイーツはどんな手段を使ってでも味わてみせる! と勝手に闘志を燃やしているのだ。
「うーん、見てるだけなら構わないけど、つまみ食いとかはしないようにね」
「うんっ!」
「のじゃっ!」
言いながらオレは料理に集中する。正確には料理に使う魔法のために、だが。
魔法の習得はオレの料理の幅を格段に広げた。なんと言っても大きかったのは、氷が使えるようになったこと。冷やす、凍らせるといった調理法は、オレの知る料理を作るためには絶対に必要となるものなのだ。
「氷の妖精さん、お願い!」
あまり複雑で可愛い呪文やポーズを取ると大変な事になると学習したオレは、なるべく簡素な呪文で氷を作る。それでも、呪文を唱えれば大人の背丈と幅のある氷柱がニョキッと生えてきた。
氷柱を適当な大きさに砕き、ボウルに入れ、その上から一回り小さなボウルを置く。そうして、最近、財政の改善により食材として買えるようになった高級品の生クリームとはちみつ、卵黄を小さなボウルの中で根気よくホイップさせていく。
氷の冷気で間接的に中の素材が冷え、徐々にとろみがついて、やがて粘り気のあるアイスクリームとなった。理想とする口当たりの滑らかさは無いものの、これは飾り付けなくてもそこそこイケる。
余った卵白は泡立ててメレンゲにした後、小麦粉を少し加えて丸い小さな焼き菓子に。リンゴやイチゴ、柑橘類の果肉を適当にカットして、メレンゲとアイスクリーム、フルーツを交互に器に重ねて土台は完成。
「ふう、」
「ごくっ、イオリ、もう良いの?」
「もうワシは我慢できんのじゃ!!」
「まあ待て、仕上げが一番大事なんだから」
喉を何度も鳴らし、我慢し続けるふたりは「待て」をしている犬状態になっていた。しかし、まだ食べさせるわけないはいけない。
本番はここからだ。肝心なのは可愛さの塩梅。可愛くなければ、甘さもコクも殆ど感じないのっぺりとした果物とアイスを同時に食べるだけになり、可愛すぎればピコハンレベルで食べた相手の意識を刈り取る劇薬になってしまう。
アイスクリームを丸くすくって、メレンゲをふたつ、耳として添える。あえて顔は描かず、シルエットだけでクマさんと見立て、器の縁にうさぎリンゴを乗せれば完成だ。
「……出来たぞ」
「ほぉ!!」
「わぁ……っ!!」
適度な可愛さを維持しながら、可愛さ抜きでもそれなりの美味しさのポレンシャルを持つスイーツとして、オレはパフェを選んだ。これなら盛り付けで可愛さの調整もしやすく、今後、この世界の人間が甘味に耐性が今より出来た時、拡張も可能だと思っての事だ。
ふたりはオレの作ったフルーツたっぷりのパフェを見て、うっとりとしたため息を吐く。
「これは、くまさんやウサギさんの可愛さを抜きにしても素晴らしいのじゃ!」
「本当。こんなにきれいな食べ物、あたし初めてみたよ」
「さあ、食べてみてくれ」
オレが進めるよりも早く、サリィとトレットはスプーンでくまさんアイスをすくって口に入れていた。
「んーっ!!! なにこれ!!!! すごく甘くて、冷たくて、すごいよイオリ!!!」
「冷たいのじゃー! でも氷と違って口の中ですっと溶けてなくなるのじゃー!!! 生クリームにこんな食べ方があったなんて知らなかったのじゃー!!!!」
万が一、これでも可愛すぎて駄目な感じになりそうな時には、強制的にピコハンで眠ってもらい、その間に可愛さの調整をしようと身構えていたが、その必要はなかった。ふたりは一口食べてはキャイキャイとはしゃいでいる。
「あぁぁっ、幸せなのじゃー、天国はここにあったのじゃー。ウサギさんもくまさんもお口の中で仲良しさんなのじゃー」
「ほんとだー。こんなに美味しいもの作れてほんとイオリすごーい」
トレットが恍惚とした表情でよくわからないことを口走っている。きっと頭の中はお花畑なんだろう。トレットもやや幼児化している気がするが、この程度なら許容範囲内。……多分。
ふたりの反応を見て、ようやく人に出せる甘味が出来たことを確信したオレは、自分の舌で成果を確かめるべくスプーンを手に取る。
そして、パフェを堪能しようとしたその時、家が――いや、街全体が激しく揺れた。
「なんだ!?」
せっかくのフルーツパフェが倒れ、中身がテーブルにぶちまけられる。だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
一体、何事かと外に飛び出てみると、街の空に突如として暗雲が立ち込め、街全体を覆うほど巨大な影が現れた。
それは蜃気楼のように揺らめきながら、目だけが怪しく瞬いている。影は大仰に両手を広げ、口を開く。
「――我こそは魔王なり!!! 愚かな人間どもよ、この世で最も可愛い我が前にひれ伏すが良い!!!!」
黒い影は地の底から響くような恐ろしい声で高らかに宣言した。
次回
自ら魔王を名乗る怪しい影。
世界最可愛の存在を前に、伊織はどうするのか。
戦いの火蓋が今、切って落とされる――。