第10話 幼女領主様はお怒り気味
オレのケモミミと尻尾を思う存分モフり倒したゼフィさんたちは皆ツヤツヤ顔で満足気にくつろいでいた。
「ゼフィさん、それで話の続きニャんですが」
「ん、ああ……何だったかな?」
そろそろ落ち着いただろうと、オレは中途半端になってしまっていた魔族に関しての話を再開する。
ゼフィさんは完全にくつろいでしまっていて、まるでひと仕事終えた後のようなスッキリした雰囲気を醸し出してるけど、まだ何も始まってないから!!
さすがにこの状態では話もクソもない。
オレはテーブルを叩こうと勢いよく手を振り上げたが、衝撃がすべて肉球に吸収されてしまった。これではまったく格好がつかない。
ごまかすようにオレは声を張り上げゼフィさんに詰め寄る。
「対魔族連合の事ニャ! ブラン様に話を通して欲しいって言ってるニャ!!」
「……っは! そうだった!! 私は一体何を!?」
その言葉にゼフィさんはようやく正気を取り戻した。
真面目で仕事熱心なゼフィさんすら正気を失うとは、我ながら恐るべきケモミミ魔力。
回復したゼフィさんとの話し合いの結果、急ぎこの地域一帯の領主であるブラン様の元へ向かう事になった。
領主様相手に急な訪問は不躾だろうが、そんな事を言ってる場合でもないだろう。
「えへへ、いってらっしゃーい」
夢見心地のサリィがフラフラとおぼつかない足取りでオレたちを見送ってくれる。
ゼフィーさんやタトラさんがもう正気に戻っている事を考えると、幼いサリィにはモフモフは刺激が強すぎたのかもしれない。
本人は幸せそうなので大きな問題は無いだろうけれど、やっぱりむやみやたらと他人に耳や尻尾をモフらせるの控えたほうが良さそうだ。
一度触らせると満足するまで相手は動かなくなるし、触られている間、変な声が出そうになるのを我慢するだけでかなり気力を消費してしまう。
とくに尻尾の付け根とかポンポンされると、自分の意思とは無関係に自然と腰が上がってきて、んな゛ーんな゛ー鳴いてしまうので尻尾の付け根は封印しておきたい。
獣人がむやみに耳や尻尾を触らせない理由はこの辺にもありそうだ。
他人に好き勝手にされるのにちょっと気持ちいいのがまた困りもの。
ともかく、オレたちはブラン様の屋敷へと到着し、例によってスムーズに謁見の間へと通されてしまった。
前に来た時も急な訪問だったのに対応してくれたし、ブラン様ってもしかして暇人……って、そんなわけないよな。
謁見の間では、小さな体に比べ不釣り合いに大きな椅子に座った幼女がオレたちを出迎えてくれた。
獣人を除くこの世界の偉い人は大体幼女の姿をしている。目の前のブラン様も幼女の姿をしてはいるものの、身のこなしや思考から察するに、オレよりも絶対に年上のおっさんなことは間違いない。
「ゼフィ、急ぎ報告があるとのことでしたが、トレット様、それにタトラさんまで一緒ということは、魔王の件についてですね。見慣れない方が居ますがそちらは……ん? もしや……イオリさんですか?」
ブラン様はオレたちが来ただけで目的を察したようだ。
相変わらず話が早くて助かる。
「はいですニャ」
「まさかとは思いましたが、本当にイオリさんなのですね。……一応、確認なのですが、イオリさんはもともと獣人というわけでは無いのですよね?」
「違うニャ。これには色々あって、今はこの姿から戻れなくなってるんですニャ」
「そうですか……。ふむ。しかし、これはちょうど良いかもしれない」
答えを聞いたブラン様はそのまま顎に手を当て考え込んでしまった。
オレが獣人だと何か不都合があったのだろうか。まさかブラン様までオレのケモミミの虜に?
不思議に思い、オレは小首をかしげブラン様に尋ねた。
「ブラン様?」
「ああ、すみません。考え事をしていたもので。それで、魔王の件でしたね」
「正確には魔王と言うよりも魔族の問題ですニャ……」
オレは獣人帝国で仕入れた情報をブラン様に伝え、対魔族連合の構想と、ガーデニア王国の連合参加に協力を求められないか、お願いをする。
話の間、ブラン様は何も言わずただオレの話を聞き、説明を終えると小さく頷いた。
「対魔族連合ですか。面白いことを考えますね。確かに魔族相手に我々だけで対抗することは不可能でしょう。獣人帝国の力を借りることが出来るのであれば、これほど心強いことはない。トレット様、エルフとしてはこの話、どう思って居るのでしょうか」
「むろん、賛成に決まっておる。魔王封印の際にも種族を超え立ち向かったのじゃ。人類の危機ならばエルフとて協力は惜しまんのじゃ」
トレットの言葉を聞き、ブラン様は椅子から立ち上がると協力を宣言してくれる。
「わかりました。微力ながらわたしも協力させてもらいましょう」
よし、やはりブラン様は話が早くて助かるな。
これで王国の事はブラン様に丸投げ出来る。心のなかでガッツポーズを取っていると、ブラン様はそのままオレに歩み寄ってきた。
あれ、なんで腕掴まれたの。
「それではイオリさん、一緒に王都へ行きましょうか。魔族の侵攻が迫っているというのなら時間が惜しい。今すぐ出発します」
「フニャ? ブラン様、でもオレはその前の隣国との小競り合いでそのですニャ……」
ブラン様は可愛らしい見た目に反して、かなり強い力でガッチリオレの手をホールドしてくる。
以前、ガーデニアと隣国が国境線で睨み合っていた時、オレはちょっとしたことから、敵味方関係なく戦闘不能にして争いを止めてしまった。
人的被害はあまりないはずだけれど、ガーデニアからすれば国に弓を引いた犯罪人として指名手配されていてもおかしくない。
及び腰になるオレを、しかしブラン様は一向に離す事無く、逆に力を強めてきた。
「ええ、知っています。ですから先程丁度いいと言ったではないですか」
その時、ようやくブラン様の顔にちょっぴり青筋が浮かんでいる事にオレは気付く。
恐る恐る、オレはブラン様に尋ねてみる。
「あの……もしかして、ブラン様怒ってますかニャ?」
「怒ってないと思ってたんですか?」
これ以上無いぐらい素敵な笑顔で、ブラン様は大層お怒りだった。
次回
幼女領主の威圧に身を固くする主人公。
幼女領主の怒りのわけとは。
伊織の必殺技が炸裂する――