第6話 魔族娘撃退
「うぅぅ……」
髪に小枝や葉っぱを刺したボロボロの紫肌のおねーさん魔族、リプルが苦しげに呻いている。
ぴーちゃんは攻撃を受けて墜落したリプルを追って森の中に突撃すると、地面に刺さっていた彼女を咥えてオレたちの元へ戻り、戦利品よろしく地面へ置いた。
トレットがぴーちゃんをねぎらい、小さな手で身体を撫でると嬉しそうに目を細める。
その姿を見て、ぴーちゃんと一緒に戻ってきたマオが、自分も褒めて欲しそうに近寄ってきたので頭をなでながら、喉元もかいてやった。
中々微笑ましい光景なのだが、戦利品がボロボロのおねーさんなので絵面が非常によろしくない。
事情を知らない人が見たら、通報案件間違いなし。
と、うめき声をあげるだけだったリプルがようやく目を開ける。
周囲を囲むオレたちとぴーちゃんの姿を見て観念したのか、逃げ出す様子は無いが代わりに頭をかきむしってわめき出した。
「ここは……っ! あなた達、一体なんなよっ! バカみたいに強力な魔法を打ちまくって! ドラゴンは見たこともない凶悪なブレス吐くし、あの大きな鳥はなんなの!! あんなのに勝てるわけないじゃない!! 魔王様だってもう少し可愛げがあるわよ!! もう良いわっ!! 殺すなら一思いに殺せぇっ!!!」
その魔王様もボコった仲間に居るんだけどなぁ。封印状態ではあるけど。
さんざん喚き散らしたリプルは逃げ出す力もないのか、ついに駄々をこねる子供みたいに地べたに寝転んで、手足を振り回して泣き出してしまった。
泣きながら暴れるその姿からは、大人の色香とか魔族の妖しさとかは吹き飛んでしまっている。
さすがにちょっと気の毒になって、オレは駄々っ子モードになったリプルの側にしゃがみこんだ。
「まあ落ち着くニャ。大変だったニャ」
「うぅ、そうよぉ。あたしだってね、好きで帝国に潜入したわけじゃないのよ……」
「うんうん。そうだったのかニャ。飴ちゃん食べるかニャ?」
「……食べる」
懐から出した非常食の飴を渡すと、リプルは素直に受け取って口に含む。
糖分を摂取したことで少し落ち着いたのか、泣き止むことはないけど暴れることは無くなったリプル。
いい年した大人が泣きわめいて暴れる姿があまりにアレだったので思わず慰めてしまったけど、なんなんだこの状況。
トレットとタトラさんは例によってオレに丸投げでめんどくさい事には絶対関わらないという鉄の意志を感じるし。
「あたしだって、あたしだってねぇ。魔都ではモテモテで仕事もうまく行ってて順調だったのよ。それをあいつが無理やり「魔王様の復活は近い!」とか言って獣人帝国なんかに派遣するから!!」
「そうかニャー。ひどいやつも居たもんだニャ」
「でしょ! あなたもそう思うわよねっ!!」
あー、完全に愚痴りモードに入ったぞこれ。
こういう時、下手に慰めるよりも、ただ頷いて話を聞いてやったほうが案外落ち着くものだ。
正論でアドバイスをした所でいっぱいいっぱいな相手にはだいたい逆効果だし、愚痴を吐く事で自分の心の整理をして勝手に納得する答えを見つける。
昔はよくこの手で離職したいと相談してくる後輩をなだめて落ち着かせたものだ。
……まあ、結局冷静になった後輩は改めてこんな職場やってられるかと離職していったんだが。
「ニャンでお前はそんなやつの命令に従ってるのニャ?」
「そりゃあ、あいつは四天王筆頭だし、四天王でも一番下っ端のあたしが逆らえるわけないじゃない」
「四天王?」
「そう、魔王四天王筆頭、シェード=イア。あなた達も見たでしょ空に写ったあいつの姿を」
ああ、あの魔王もどきの演出したあやしい影のことか。
それにしても、魔王封印されてるのに魔王四天王とか作って魔族は何してんだ。さっきも魔都とか聞き慣れない場所の話もあったし。
突っ込みどころが多いけど、今は聞き役に徹したほうが有益な情報が得られそうだ。
「ああ、あいつかニャ。傲慢で陰険そうだったニャ」
「そうなの! 魔王様が居ないからって好き勝手に他人に指図して自分はいいとこだけ奪っていくのよ!! 他の四天王もろくなヤツが居ないし!!」
「うんうん。大変だったニャー。リプルは偉かったんだニャ」
愚痴の仮想敵としてシェードとか言う怪しい影をやり玉に上げたところ、リプルは管を巻きながらとりとめなく故郷である魔都のことやら他の四天王の愚痴やらを話し続ける。
あれ、リプルにあげた飴玉ってアルコール入ってないよな? 完全に酔っ払いの愚痴と変わらないぞこれ。
「うっ、もう嫌。四天王なんてやめたい……」
ひとしきり話をぶちまけたリプルは地面に寝そべったまま丸まってしまった。
これは良いタイミングかもしれない。
「……リプルはよくやったニャ。そろそろ自分の気持に素直になってもいいんじゃニャいか?」
「自分の?」
「そうニャ。無茶な要求をしてくるクソの事ニャンて忘れて、故郷で新しい生活をはじめるのニャ。本当に自分がしたいことだけをするのニャ」
「でも、あたしは四天王で……」
丸まったまま尻尾だけウネウネと動かすリプルの背を優しくなでてやる。
ぷにぷにの肉球でさすられれば、多少安心もできるだろう
「そんな肩書無くても、リプルはきっと大丈夫だニャ」
「本当に、そう思う?」
「当たり前ニャ! オレの言うことが信じられないのかニャ?」
「……ううん。そうよね。何のコネもなしに四天王まで上り詰めたことを思えば、なんだって出来るじゃない!! ありがとう。あたし、故郷に戻ってもう一度1からやってみる!!!」
いい感じに気力を回復させたリプルは晴れやかな顔でオレたちに挨拶すると、魔都があるという南へ向かって飛んでいった。
あとに残されたオレたちはその姿を無言で見送り、完全に姿が見えなくなった所でトレットが口を開いた。
「……なんだったんじゃ。アレ」
「さあ。オレにもわからニャい」
自分でやっといて何だが、まさかこんなにうまくいくとは思わなかった。
極限状態に置かれると、人はだれでも正常な判断ができなくなるものだが、魔族もやっぱりそうなんだなぁ。
そこに空中戦ということでずっと存在感の無かったタトラさんが、おずおずとオレに尋ねてくる。
「あの、逃しちゃってよかったんでしょうか? また仕返しに来るとか……」
「多分大丈夫だニャ。一度里心がつくと、自分でもどうしようも無くなるから、きっと当分戻ってくることは無いニャ。正気に戻る前にシェードとか言う奴の計画を潰せば、ニャンの問題もないニャ」
それに、仮に想定より早く正気に戻ったとしても、野外ならぴーちゃんを召喚すればどうとでもなるだろう。
次回
魔王四天王の一角を退けた主人公一行。
彼らは来たるべき魔族侵攻に備え、行動を開始する。
伊織は魔族の侵攻を食い止めることが出来るのか――




