第3話 魔境と魔族
「トレットちゃん、マオちゃんが魔王って本当なの?」
「うむ、ワシもその場に居たから間違いないのじゃ」
今まで一緒に旅をしてきたマオが封印された魔王と告げられたタトラさんは、困惑しながらトレットに尋ね、その答えを聞いてまた呆然としてしまう。
驚くのも無理はない。伝説の魔王が手乗りサイズのドラゴンになって、きゅぴきゅぴ可愛く鳴いているなどと誰も予想できないからな。
そもそも、魔王の封印が解かれたのも全くの偶然。決して悪意を持って魔王の封印を解いた者は居ない。あれは事故、不幸な事故だったのだ。
フリーズしていたタトラさんだったが、何かに気付き正気に戻る。
「……えっ、じゃあさっきの空に浮かんでいた影が言っていたのって、なんなんですか?」
「わかんニャい」
魔王復活は本当に予期せぬ出来事だったので、どうやって魔族が魔王復活を察知したのかまったく見当がつかない。
偶然魔王復活を察知して行動を起こしたのか、はたまた魔王復活というのは待ったくのデタラメで、他に何か目的があるのか、それすら定かではないのだ。
「あ、たしかにマオは魔王ニャンですけど、今は封印されているから人を襲うとかはニャいんで安心してくださいニャ」
「マオちゃんが危険な存在じゃないって事はわかりますけど、それだと空の影はなんであんな事言ったんでしょう……」
結局、タトラさんにマオの説明をした所で話しがふりだしに戻ってしまう。
魔族が何を考えて宣戦布告なんてしたのか、もし本当に魔族が侵攻してくるなら止める手立てはあるのか。
と、そこで根本的な事を思い出した。オレ、魔族に関して何も知らないんだよな。
魔族と戦うにしても、どんな相手なのか全く知らないままじゃ手のうちようもない。
「そもそも、魔族ってどこに住んでいるんニャ?」
「大陸の南部じゃな。魔境と言われておる」
「そうですね。今いる帝国がこの辺で、ここから南はすべて魔境です」
タトラさんが大陸の図を書いて魔境の範囲を示してくれる。
うーん、大陸の2割ぐらいが魔境って感じだろうか。これ、帝国の領土より広いんじゃないか?
「結構広いんだニャ」
「うむ。じゃが、ほとんど人の住めぬ荒れ地じゃからの」
領土は広くても、数はそれほど居ないってことか。
「それじゃあ、ぐらいの魔族が住んでいるんだろうニャ?」
「わからんのじゃ。魔境に好き好んで行くものなどおらぬし、行って帰ってきたと言う話も聞かんのじゃ」
そりゃ人間と敵対する魔族の領土、しかも荒れ地に興味を持つ奴なんているわけないか。
タトラさんの描いた地図を見ながら、オレはポツリと漏らす。
「うーん、いっそ魔境を削って大陸と切り離すとか出来ニャいかな……」
「何を考えておる!! 出来るわけ無いじゃろ!! それに、そんな事をしたら大陸にどんな影響が出るかわからんじゃろ!! 魔王でもそんな乱暴な手は使わなかったのじゃっ!!!」
オレの思いつきにトレットが珍しくツッコミを入れてくる。
出来るか出来ないかで言えば、以前アシハラの国で行ったような複数人の可愛さを束ねた大規模儀式の応用で大型魔法を使えば不可能では無いと思うけれど、トレットの言う通り、他の地域への影響を考えると現実的ではないよな。
環境問題、元の世界でも問題多かったしなぁ。
「冗談ニャ。やっぱりダメだよニャ」
「……お主が言うと冗談に聞こえんのじゃ」
「そうですよ。大陸を割るなんて危なすぎます」
なぜかふたりとも出来ないとは思ってない様子。
さすがにオレひとりどころか、トレットとタトラさんの力を借りても不可能だろう。
現実的にそんな事をしようと思えば、複数の国に協力を求めて人を集めなくてはならない。
そんな連携が今の大陸の諸国で出来るかといえば、ガーデニアと隣国との間ですら戦争が起こるような現状では不可能だろう。
「魔族の強さ……可愛さってどれぐらいなのニャ」
「程度の違いはあるが、単体で言えば獣人よりも可愛いじゃろうな」
「魔族は獣人の身体能力とエルフの魔法を同時に使えるって言われてますから、数で勝っていてもまともに戦えば甚大な被害が出ます……」
タトラさんは耳を垂れさせて肩を落とした。
魔王のことは別としても、宣戦布告した魔族が侵攻してきたら人間にも多くの犠牲が出るか。
人類すべてを守りたいなんて青臭いことは言わないけれど、もし魔王復活が今回の魔族の侵攻に関わっているのなら、少しだけ責任を感じてしまうので、なんとか被害を減らしたいというのも正直な気持ちである。
どうしたもんかと考えていると、どこか遠くで爆発音が鳴り響いた。
方向は背後。振り返ると、オレたちが逃げてきた帝都から煙が立ち上っている。
「イオリさん!!」
「フニャ!!」
何が起こったのか不明だが、先程の宣戦布告から原因不明の爆発じゃ確認しないわけにいかない。
オレたちは話を打ち切り、帝都へ向け荷馬車を走らせる。
その途中、空から黒い粒がこちらへ向かってきたかと思うと、オレたちの前に舞い降りてきた。
「あぁ、こんなところに居た……城に居なかったから、随分探したわぁ」
それは、紫色の肌をした、妖艶という言葉がピッタリの美女。頭にはヤギに似た巻角が生え、背中にはコウモリの翼、腰からは黒い尻尾が伸びている。
オレはその姿に見覚えがあった。
「お前は……ペガス!!! どうやって逃げたニャ!!」
彼女はコウモリの獣人に化けて前皇帝を誘惑し、獣人帝国を意のままに操ろうとした魔族。
オレたちとの戦いに破れ、拘束されたはずなのになぜこんなところに居るんだ?
次回
主人公たちの前に再び現れた魔族。
彼女の目的とは一体。
伊織と魔族の戦いが始まる――